第二十話 苦戦
「エレア、ルカ、『炎翼狼』以外の『翼狼』は任せたっ! 本命は俺が引き付けるっ」
対峙する魔物たちが動き出す前に、ヨナヒムが自身のパーティーメンバーに指示を出した。
「……了解っ!」
「……ん」
少しだけ顔を顰めた後、しかしヨナヒムの意図を汲み取ったのかエレアが鋭い声で返事をする。ルカも相変わらずの無表情で小さく頷き肯定した。
「まぁ、賢明か」
その様子を離れた所で見物しながら、メルクは誰にともなく呟き頷いた。
魔力を持っているとはいえ、『翼狼』は『炎翼狼』と違いそれを使った攻撃をしてくることはない。つまり、魔法攻撃の心配はないのだ。
反対に『炎翼狼』はその膨大な魔力を使った魔法を主な攻撃手段としている。ならば、魔力を打ち消す剣を持つヨナヒムが『炎翼狼』を相手取るのは至極自然だ。
それに、ヨナヒムは最初から「引き付ける」と言っており、倒すつもりがないことは明白だ。
エレアとルカが『翼狼』を倒して、ヨナヒムに素早く加勢することを見越しての指示だろう。
「はぁっ!」
エレアが近くにいた『翼狼』へ向けて槍を突き出す――が、『翼狼』は俊敏に動いてその攻撃を躱した。
そして槍を繰り出して隙ができたエレアに近づき反撃に転じるかと思いきや、一定の距離を保って様子を窺っている。妙な反応だ。
「なに? 来ない気? なら、別のをっ!」
今度は狙いを変えて、別の『翼狼』へ素早く向かうエレア。だが、その動きを読んでいたかのように狙われた『翼狼』は空高く飛びあがった。いくら攻撃範囲の広い槍とは言え、飛ばれてしまったら穂先は届かない。
飛び上がった『翼狼』と言えば上空から勢いをつけて攻撃するわけでもなく、やはり窺うように翼をはためかせて空中に留まっている。
「……さっきの奴らと戦い方が違う」
まるで戦う気がないような動きを見せる新手に困惑した顔つきとなったエレア。先ほど倒した『翼狼』たちはがむしゃらに向かって来たため撃退するだけで済んだが、逃げに転じられては俊敏性と飛行能力が物を言う。
なかなか追い詰めるのは難しいだろう。
「――『火矢』
不意に、ルカの杖先から生まれた魔法が矢となり、離れて二人を窺っていた『翼狼』たちへ降り注ぐ。
しかし距離があったぶん回避するのは容易く、『翼狼』たちは一射も的中することなく躱しきって挑発するように牙を剥いた。ルカが顔を顰める。
「……把握。奴らの狙いは時間稼ぎ」
「え?」
「あれ」
呟かれたルカの言葉にエレアが聞き返せば、ルカは『炎翼狼』とヨナヒムがいる場所へ指を向けた。
そこには、『炎翼狼』を単身で相手取って苦戦するヨナヒムの姿があった。
『翼狼』とは次元の違う素早さと鋭い一撃に、たしかな実力を持つヨナヒムが明らかに押されている。
皮鎧の至る所に傷を付けられ、頬や額、腕や太腿などから血が滲んでいるのが分かる。『炎翼狼』を油断なく見るヨナヒムの顔つきを見ても、余裕がないのは確かだった。
「ヨナヒムっ!」
苦戦するヨナヒムに加勢しようとしたエレアが、殺気を感じて槍を背後に構え直す。すると、迫っていた『翼狼』が慌てたように距離を取った。だが、再びヨナヒムの方へ向かえば襲い掛かってくるのは間違いないだろう。
「もうっ! やりにくいわねっ!」
魔物とは思えない小賢しい戦い方をする『翼狼』たちに、エレアが憤るように爛々とした目を向ける。
「エレア、ヨナヒムに加勢して。『翼狼』は私が引き受ける」
「ルカ……頼んだわよっ!」
ルカの言葉にエレアは少し逡巡する様子を見せたが、しかしこのままヨナヒムを放ってはおけなかったのだろう。
迷いを断ち切るように強く声を出してヨナヒムへ向かう。
『ガルルルっ!』
そのエレアへ背後から『翼狼』が迫るが、
「――『火槍』
『ギャウンっ?』
良い的だと言わんばかりに、ルカが火の槍を生み出してその身を貫く。貫かれた『翼狼』は、燃え上がってもがき苦しみながら絶命する。
「ここから先は、通さない」
ヨナヒムとエレアが合流すると、『炎翼狼』の援護をしようと『翼狼』たちが二人の隙を狙う。
そんな魔物たちに、ルカが毅然と杖を向けて牽制する。その魔法の威力を知っているだけに、『翼狼』も迂闊には近づけない。何故なら、彼らは『炎翼狼』に時間稼ぎを指示されているのだから。
ルカに近づいてあっさりと殺されてしまえば、時間を稼ぐことなどできなくなってしまう。そう言った思いが、『翼狼』たちの硬直状態を生んでいるのだろう。
「加勢するわよ、ヨナヒム」
「ルカが心配だが……いや、正直有難い。俺一人じゃ、さすがにもうもたないところだった」
一方のヨナヒムたちと言えば、エレアが合流したことにより『炎翼狼』の攻勢が抑えられていた。
『ガァっ』
大口を開けた『炎翼狼』から放たれる火球。それをヨナヒムの剣が掻き消し、その背後から現れたエレアが鋭い突きを送り返す。『炎翼狼』は身軽な動きでそれをひらりと躱した。
一進一退の攻防である。
と、不意に『炎翼狼』が二人から距離を取って、背中から生えた炎の翼を大きく広げる。その翼から、火でできた無数の羽根が二人へ向かって矢のように飛ばされる。
まるでルカが放つ『火矢』のようだ。
「ちっ、数が多い」
優れた剣技を持つヨナヒムと言えども、さすがにこの本数の火の羽根は完全には消し去れまい。その数は優に百は超えている。
「――『水壁』
剣を地面に突き立てたヨナヒムは、両腕を前に翳して目の前に水でできた壁を創り出した。その壁に阻まれ、ヨナヒムとエレアを狙った火の羽根が短い音を立てて掻き消える。
何とか事なきを得た。
「……へぇ、水魔法、ね」
パーティー名にそぐわないその系統の魔法に、メルクは少しだけ首を傾げた。
詠唱を必要とせず、相性が良いとは言え『炎翼狼』の火羽根を防いだ水属性の魔法。その構築速度と練度から言ってヨナヒムの得意系統は水なのだろう。
『暴火の一撃《ドルスウェナ・アベッシオ》』のリーダーを務めているにしては意外だった。
あるいはだからこそのリーダーであり、パーティー名なのかもしれない。敵対する者たちへの裏を掻くための罠として。
「なんにせよ、予想と違って手古摺っているな。あんなに『翼狼』たちが洗練された動きを見せるとは」
今はルカが抑えつけているため身動きをとれていないが、『炎翼狼』に『翼狼』が加勢すれば戦況は一気に傾くだろう。それまでに、ヨナヒムとエレアが『炎翼狼』を倒せるかどうかだ。
(……まぁ私としては、このままやられてしまっても構わんが)
周囲に人はいないとはいえ、さすがにその本音は心に想うだけで留めたのだった。




