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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
序章 決意の鐘
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第二話 彼女の始まり


――人生とはまったく、奇なるものだ。


 今年で十一歳になるメルクは、薪割りをする手を休めて周囲を見た。

 

 メルクのいる自宅の庭から見えるだけで、四、五人の人影が近くにあった。誰も彼もが整った容姿をしており、一般的な人間と比べて耳の上が尖っている。


 森の住人、あるいは精霊の友とされる『エルフ』と呼ばれる種族の特徴だ。そう、ここは人間とほとんど関わることのないエルフの住む里で、メルク自身もエルフなのである。


「――なんというか、この光景には慣れたけど……やっぱ今でも違和感あるよなぁ」


 辺りを呆けて見ながらメルクは呟く。その幼い少女の口から発せられた高い声質ながらも、随分とおじさん染みた口調に気付く者は誰もいなかった。もちろん、メルクだって他人に聞かれないように呟いたのだが。


 金髪に翡翠色の双眸をしたエルフの少女メルクには、とある秘密があった。

 里の外で人間たち相手に教師をしている父も、警備兵として里を守っている母も知らない秘密――。


 それは、人類を脅かす災害級の魔物と戦った剣士、エステルトという男の人格を持っていることである。


 いや、メルクからしてみればエステルトという名が本来の自分だ。現在の名前はエルフの里に生まれた時につけられた新しいものだという認識だった。


(まさか俺が女に――それもエルフに生まれ変わるとはねぇ。それも、記憶を持ったまんまかよ……)


 生まれ直してから何回目になるかも定かではない愚痴を内心で留め、メルクは再び薪割りを再開する。

 生まれた当初こそは戸惑いや混乱も大きかったが、既にこの姿で十年以上経っている。慣れたくなくともいい加減に慣れるというものだ。

 

 今では用を足すのも水浴びをするのも全く無心で行える。もう少し成長すれば妙な気も起きることがあるかもしれないが、現状十一歳のこの身体では起こりようもない。

 エルフの身体は成長が遅いという話なので、しばらくは育った時の心配も必要ないだろう。

 メルクに小児性愛の気はないのだから。


「おーい、メルク。未だ薪割り終わらねぇーのか?」


 新たに薪を五、六本割ったところで、庭の入口に赤い髪をした少年エルフが現れた。

 自称メルクのライバル、同い年のガナンである。


「へっ! とろい奴だな。俺なんて、もう今日の目標分は割ったぜ」

「……ガナン、何度も言っているだろう? その歳で薪割りはまだ早い。危険だからやめとけ」

「なっ! 馬鹿にすんじゃねーよっ! そもそもお前だって俺と同い年だろうがっ」

「私はいいんだよ。慣れてるから」


 言う間にぱっぱっぱっと追加で薪を割っていくメルク。その姿にガナンは呆けたように「すげぇー」と呟いて、しかしすぐさま首を横に振った。


「へ、へんっ! お、俺だってすぐに慣れるぜ。それよりも薪割りが終わったら山に行こうぜ」

「悪いが今日は、身体に魔力を循環させる自主練習。そのあとは師匠のところに行くんだ」

「なんだよ、またルゾーウルムのところか? あんな婆さんにいったい何を教わってんだ?」

「何度も言ってるだろう? 薬術の知識だよ」

「知識? メルクの父親は教師だろう? オロン先生に聞けよ」

「父さんに習えることは全部教えてもらった。薬術の知識は父さんにはないよ」


 話しながらもガナンに一瞥もくれず薪を割り続けるメルク。その姿に諦めたのか、ガナンは苛立ったように捨て台詞を吐いた。


「もういいよっ。バーカ、バーカっ!」


 わざとらしく走り去る足音を立てて、ガナンは山の方へ向かった。メルクはその姿を溜息を吐き出しながら見送る。


「まったく、健気な坊主だなぁ」


 メルクのライバルを自称しているガナンが、実のところメルクを好いているであろうことは何となく察していた。何せメルクにも経験があるのだ。いや、メルクの前世にも経験があると言った方が正しいか。


 メルクの前世、つまりエステルトにも初めて好意を抱いた女に難癖をつけて敵視していた記憶がある。けれどよくよく思い出してみれば、あれは全て好意の裏返しだったのだ。

 現にガナンだって散々喧嘩を売るような真似をしながら、「一緒に山に行こう」なんて言う始末だ。額面通り嫌っているのであれば、まずそんなお誘いはしない。


「まぁ、初恋は叶わねぇもんさ」


 ガナンの振る舞いは微笑ましくいじらしいと思うが、残念ながらメルクがあの少年をそういう対象に見ることは永遠にないだろう。


 中身はいい年をした中年で、それも男だ。これで十を過ぎたばかりの少年に好意を抱くのはあまりにも業が深すぎる。それにメルクはどちらかと言うと、胸のデカい大人な女性が好みだった。

 そういう意味では女性が種族的に良く言えばスレンダーな、悪く言えば起伏の乏しいエルフの里に生まれたのは少し物足りない。

 メルクとして生まれ変わってからこの方、巨乳と言える女性に会ったことがなかった。無論、会ったからといってどうすることもできやしないが。


「……さて、薪割りはこれぐらいにして、魔力操作の練習をするか」


 それからも少し薪割りをした後、汗を掻いてきたところでその作業を切り上げた。薪を片付け、ゆっくりと庭の地べたに胡坐を掻いて座り、精神を集中させる。


 これは、自分の身体の中に眠っている魔力を意識させるための行為だ。ある程度の魔力を保有している人間であれば、精神を落ち着けて探ってみればそれと気づくことができる。


 エステルトであった前世ではほとんど魔力を持っていなかったため、精神を集中させたところで魔力の魔の字も感じ取れなかった。だが、エルフであるメルクに転生した今世では、十分すぎるほどの魔力を保有している。エルフは種族的に魔力量が多いのだ。


 メルクとして生まれ、五つの時からこの訓練をしている。そのため、自身の内に眠る魔力を探り当てることは数秒でできるようになった。しかし、その魔力を自在に体内で廻らせるのが難しい。


(……胸、そこから広がるように腹、首……手、足……)


 魔力を血液に乗せるイメージで体内に循環させ隅々まで行き渡らせる。これまで毎日繰り返し行ってきたことではあるが、未だ容易には行えない。

 優れた魔術師であれば一瞬で身体を魔力で覆えると言うが、メルクは到底その域には達していなかった。


(やはり、独学には限界があるか……)


 数分かけてようやく爪先から頭の先まで魔力を巡らせることに成功したメルクは、今度はその魔力を右掌に集中させ、一気に体外へ放出した。


 もちろん、魔法や術式に変換していない魔力なんて放出したところで何にもならない。ただ、メルクの身体から魔力が一気に減るだけだ。

 なぜこんなことをするかと言えば、魔力を大量に消費しておけば、回復した時に最大量が少し増えるからだ。増加量は微々たるものではあるが、幼い頃から鍛えていれば成長するまでに塵も山となっていることだろう。


 加減を間違えて魔力を全て使ってしまえば、魔力欠乏症に陥り最悪の場合死に至ることもある危険な訓練だ。だが、メルクはこれまでの修行でそのぎりぎりを見極めることができていた。

 少しずつではあるが着実に魔力量も増えているため、全く無駄な行為ではないはずだ。


「よし、朝の修行も終わったし……師匠のところに顔を出すか」


 魔力を大量に失ったため少しふらつきながら立ち上がり、メルクは薬術の師匠の下へ赴くことにした。




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