第十九話 炎翼狼
「……なんだ?」
「この気配、魔力に疎いあたいでも気付くわよ?」
「……」
『畏れの洞窟』を目前に立ち止まって意識を向けた一行。それを察知したのか、洞窟のある方から禍々(まがまが)しい強大な魔力が圧を伴って押し寄せてくる。
牽制しているのだ、この先にいる力持つ魔物――そう、『炎翼狼』が。
「――っ! 構えろっ!」
魔力に気を取られていた冒険者たちに向かって、無数の『翼狼』たちが押し寄せてくる。
山の傾斜を使い雪崩のように下ってくるその数は、二十を超えている。とてもではないがまともに対処できないだろう。
「ルカっ!」
「――『炎波』」
ヨナヒムの叫びに応えるように、ルカの黒い杖から広範囲の火属性魔法が放たれる。
『ギャワンっ?』
突然目の前に生まれた火の海に、こちらへ襲い掛かろうとしていた『翼狼』たちは急制止をかけて蹈鞴を踏む。せっかくの勢いが削がれてしまった。
その隙を見逃す冒険者達ではない。
ヨナヒムはルカが生み出した火の海の間を上手く擦り抜け素早く駆け抜けた。そして『翼狼』たちの群れへ迫ると次々切り伏せていく。
「はぁっ!」
エレアは槍を振るった風圧で火の海を割り、そこを通って突き進む。飛び上がって火を超えようとした『翼狼』たちを次々突き刺して討ち落としていった。
「――『火矢』」
ルカの創り出した火矢が、頭上からさらに『翼狼』たちを追い詰めていく。見事に『翼狼』たちの強襲を凌いだ形だ。後はしっかりと片付けていけば問題ないだろう。
この状況を見ればそう思えた。
「……統率者のいる『翼狼』か。嫌な予感がするな」
結局出る幕のなかったメルクは、しかし自身のうなじがヒリヒリ痛むのが気になった。何かが起こると、メルクの直感が囁いているのだ。
挟撃に備えて後ろを確認するも、『翼狼』の気配はない。反撃で忙しい『暴火の一撃』の代わりに左右も確認するが、大丈夫そうだ。
通常であればここから劣勢に陥ることはまずないと思うのだが、メルクは何かが引っかかって俯いて考える。
「何か――」
その瞬間、メルクは地面の上を薄黒いものが蠢くのに気づき、咄嗟に構える。が、それは何てことない、誰にでもできる影だった。
ただその影は徐々に大きさを増し、黒色も濃ゆくなり――やがて狼とよく似た姿になる。
「――っ?」
気付いたメルクが頭上を見れば、そこには狼の群れがあった。
赤い炎を背中から翼のように生やした狼を筆頭に、無数の『翼狼』たちが陽光を背にして降ってくる。
皆、翼を折り畳み、極限まで空気抵抗を減らしてまさに飛んでくると言うよりは落ちてくると言うのが正しいだろう。
とんでもない早さだ。
「上だっ!」
叫びその場から離脱したメルクの声に、実力ある冒険者たちは即座に反応して上を見上げた。
「――なっ?」
上から迫る『翼狼』たちに気付き瞠目した彼らに、先頭にいた炎の翼を持つ狼がガバリと大きく口を開いた。
そこに集約される魔力――魔力は流れるように熱を持つ球体へと変化し、そしてそれは一気に口から放たれる。
炎の球だ。
「ちっ!」
その魔力の密度からして、地上に衝突すれば大規模な爆発が起こるはずだ。当然、その場にいる『翼狼』も冒険者も、メルクだってただでは済まないだろう。
もちろん、それをそのまま捨ておけば、の話だ。
「らぁっ!」
まるで迎え討つように頭上で振り上げられたヨナヒムの剣と、とてつもない威力の秘められた炎の球が衝突――そして何事もなかったかのように炎の球が掻き消えた。
「……『魔抗剣』か。本当に、あいつの剣なんだな」
その驚くべきその事象は、だが前世で何度も見慣れた光景だった。
エステルトが勇者と呼んでいたフォルディアが使っていた剣は、『魔抗剣』と呼ばれ、魔力を打ち消す力を持っている。
エレアの持つ『水燃槍』と同様、迷宮の最下層で発見された代物らしく、他に似た効果を持つ剣を所持している者がいるとは聞いたことがない。
とにかく珍しい剣なのだ。
ヨナヒムの一振りによって炎の球が不発に終わった特異な翼をした狼が、唸りながら地上に着地する。そして、続々と後に続く『翼狼』たち。
その姿を見れば一目瞭然だ。
「……そうか、こいつが『炎翼狼』」
ヨナヒムが険しい顔で一際存在感を放つ魔物を睨み付ける。その身から溢れ出る魔力も相当なものだ。
「……気配を感じさせないはるか上空で待機。そして隙を見てこちらを襲う……頭良い」
黒い杖を構えながら、感心するようにルカが呟く。
「まだ十体以上『翼狼』がいるわね。しゃらくさい」
エレアがその場にいた『翼狼』と、再び現れた彼らの数を目で数えたのか面倒くさそうな声を出した。
しかし、構えられた槍を見るに戦意はいささかも衰えていない。
(前回見た時よりも小ぶり……ただ、やはり手強そうだな)
メルクは少し離れた所から戦況を見やり、『炎翼狼』と冒険者たちの様子を見守っていた。もちろん、危なくなれば冒険者たちに加勢する心づもりだった。それが案内を買って出た目的でもあるのだから。
ただこれまでの『暴火の一撃』の戦いぶりを見るに、『炎翼狼』相手でも追い詰められることは無さそうだ。
メルクの出番は残念ながらないだろう。
――そう、ないはずなのだ。
(……何か引っかかるんだけどな)
ついに『炎翼狼』を引きずり出し、対峙することに成功した冒険者たち。だが、彼らが、そしてメルクが見落としている事はないだろうか。
まるでそう言わんばかりに、メルクの首の後ろがヒリヒリと痛み続けるのだった。




