第十六話 勇者の弟子
メルクは連れ立って歩く冒険者たちをさりげなく観察して、彼らが身に纏う装備や武器がどれも一級品であることを察した。そしてその中で、一応リーダーであると言うヨナヒムを見て気付いたことがあった。
里長の屋敷で彼を初めてみた時から違和感があったのだ。いや、正確に言えば、彼の所持する剣を見た時から、だ。
「ヨナヒム。その剣、どうやって手に入れた?」
『それ』と気付いた瞬間、メルクは彼を下から見上げて思わず硬い声で問いかけた。
なんせそれは、その剣は、本来であればここにあっていい代物ではないのだから。
「え? ああ、この剣かい? もしかして、この剣が何だか分かるのかな?」
メルクの強張った表情に気付いた様子もなく、ヨナヒムが面白そうに剣の柄の底に手を置いた。柄には何年も握り込まれ擦り切れたような跡がある。
「世間知らずのエルフに分かるわけないでしょう? ていうか、実際に見たこともなければそんな草臥れ切った剣が、『勇者の剣』だなんて誰に分かるのよ」
「……『勇者の剣』?」
侮るようなエレアの言葉に、メルクは首を傾げた。メルクが知る限り、当時その剣はそんな風に呼ばれることはなかった。
いや、たしかに所持していたのは勇者と呼ばれるに相応しい男ではあった。実際、メルクはその男の事を勇者と呼んでいた。彼の事を、フォルディアの事をそう呼んでいた。
「勇者フォルディア――十五年前の大災厄に立ち向かい、彼らのパーティーは見事にそれを払い除けた。そのフォルディアが当時使っていた剣がこれなんだ。だから、『勇者の剣』って呼ばれているのさ」
「……何故、その剣をお前がもっているんだ?」
首を傾げたメルクに、ヨナヒムが分かるように説明してくれたが、そんなことが聞きたいのではない。
フォルディアが世間一般にも勇者と呼ばれるようになっていたことは知らなかったが、そんな事よりも何故ヨナヒムがその剣を持っているのかが分からない。よもや、この十五年の間に、フォルディアの身に何かあったのだろうか?
「この剣を俺が持っている理由かい? 簡単だよ、フォルディアから譲り受けたんだ」
「……は? え、勇者がお前に?」
それは俄かには信じがたい話だった。
あのフォルディアだ。
女よりも飯よりも、剣や盾に愛情を注いでいたあのフォルディアが、誰かに自分の武器を譲る。
それは王が庶民に王冠を与えるに近いほどの暴挙だ。
(あいつ、気でも狂ったのか?)
メルクが失礼にもそう思う程度には驚きだった。
「そんなに変な話かな? フォルディアは俺の師匠なんだよ。皆伝祝いに打ち直した剣を譲り受けたんだ」
メルクの顔があまりにも奇妙なものになっていたからか、ヨナヒムが苦笑しながらそう言った。
「勇者の弟子……あいつが師匠になったってことか?」
「……あいつ?」
「まったく、勇者が師匠をしてくれるなんて恵まれた男よねぇ」
思わず呟いたメルクの言葉を聞き咎めるようにヨナヒムが目を細めるが、しかしそれをかき消すようにエレアが二人の会話に割り込んだ。
どうやら二人で盛り上がっているように見えて嫉妬を覚えたらしい。
だが、メルクはそんなことを気にする余裕もなかった。
(訳が分からん。つまり勇者は弟子をとって、その弟子の皆伝祝いに剣を与えたと……あの勇者が? はぁ、十五年って年月はそれだけ人を変えるものかぁ)
考えてみれば、当時自分よりもずっと若かったフォルディアも、今では三十を優に超えている。あの時のエステルトよりも年上だ。
エステルトだったメルクとて、十五年の内にすっかりエルフの少女が板についているのだ。案外そう言うものなのかもしれない。
「ところで、ヨナヒムの剣に注目するのは良いけど……あんたのその木の棒は何なの? それで武装しているつもり?」
考え事をしていたメルクは、エレアに顔を向けられて我に返る。そして、彼女の視線を追って、自分の腰元にぶら下げられている木の棒に行きついた。
「ああ、これか? まぁ、あくまで護身用かな。エルフは成人するまでナイフ以外の剣の所持は許されていないから」
「ふーん? あれ、あんたって成人してないの?」
「エルフは十六が成人だから」
「え? 十六も越えてないわけ?」
「今年で十四。まぁ、人間で考えるなら成人かな」
「じゅ、十四……」
メルクの歳を聞いて、エレアがメルクを一歩引いた目で見つめた。
エレアの正確な歳は分からないが、おそらくは十七八だろう。同年代の平均以上に背が高いメルクは、そのエレアと比べても身長は変わらない。
「十四……大きい」
二人の会話を聞いていたのか、ルカも少し気にしたようにメルクへ視線を向けてきた。ルカもエレアとそう変わらない年齢だろうが、こちらは明らかにメルクよりも背が低い。少し気にしているのかもしれない。
「へぇ、十四でその背なら、もう少し伸びるかもしれないな。女性にしては背が高くなるんじゃないか?」
メルクよりもずっと背が高いヨナヒムも、感心したように腕を組んで頷く。メルクもかつては男だったこともあって、できれば低いよりも高い方がいいのでそうあって欲しいものだ。
「けど、木の棒って言うのは少し心許ないな。まぁ、完全な丸腰よりはマシなんだろうけど……山には普段、どんな魔物が出るんだい?」
「山にはあまり、魔物は出ない。出たとしても『角兎』が精々だ」
「へぇ、つまり『翼狼』や『炎翼狼』には住みやすい環境ってことか」
「一体、どうやってエルフの里に来たのかしら? エルフの里って、『迷いの森』で囲まれているのよね? エルフ以外の者は、認められない限り入れないのよね?」
そう、エルフの里をぐるりと囲っている森は『迷いの森』と呼ばれ、精霊たちが棲んでいると言われている。
その精霊に愛されたエルフか、あるいはエルフに認められたものしか通り抜けることはできず、通過資格のないものはいつの間にか元の場所に戻されるのだとか。
そのため、メルクの母親が森の関所で警備兵をしているのは、侵入者を見張るためと言うよりも、エルフの里に用がある認められた者へ、立ち入りの許可を出すためなのである。
「もしかして、魔物は関係ないんじゃないか?」
「そうね。山には『角兎』だっているみたいだし……」
「いや、害意を持つ魔物、侵入無理。だから山、魔物少ない」
悩むヨナヒムとエレアに種明かしをしようとしたメルクよりも先に、黙っていたルカが知っている口ぶりで話し出した。
「害意を持つ魔物? 魔物は大抵害意を持っているんじゃないか?」
「本で読んだ。魔物には、自分から攻撃するものしないものがいる。だから『角兎』は大丈夫」
「ああ、なるほど。たしかに『翼狼』なんかは自分から人に危害を加えるが、『角兎』は手を出さない限り大丈夫だもんな……じゃあ、どうやって『翼狼』たちは森を越えられたんだ?」
「飛んだ」
「……え? あっ!」
「『翼狼』、翼がある。森を飛び越えて山に来た」
方法を聞けば誰もが納得するだろうが、しかしなかなかすぐには思いつかないものだ。
三年前も突如として現れた『翼狼』の侵入方法にエルフたちも悩み、そしてようやく思い至ったのが現状だったのだ。
実際に飛ぶ姿を見た者でなければ、翼が付いているとはいえ狼にしか見えない彼らがここまで飛んでくるとは想像しにくいのだ。
「そうか、『迷いの森』も飛べば関係ないんだな。一つ勉強になった」
「ええ。それに、『翼狼』が長距離を飛べるってことちゃんと覚えておかないとね。いっつも倒すとき、あいつら半端な跳躍しかしないから」
「戦闘中、逃げ出す以外は飛ぶ必要なし」
戦いに備え、今得た知識をさっそく共有し合うパーティー。その姿は、前世で冒険者だったメルクには懐かしく、そして仲間と語り合う様子に羨望を覚える。
「……さて、お三方。話し合いも結構だが、これから山に入る。いつ魔物が現れてもおかしくないからな、十分注意してくれ」
手練れであろう冒険者たちに声を掛けるのは躊躇われたが、しかし一応は忠告をしておいた。
これから入るのは、幼い頃に何度も通い慣れた山ではない。手強い魔物たちが巣食う、魔境と化した場所なのだから。




