第十三話 到来の冒険者
エルフの里に冒険者一行が訪れたという知らせがメルクの耳に入ってきたのは、里長が依頼を出して四日目のことだった。
「え? 嘘だろう?」
話を聞いた時、メルクは例のように庭で木の棒を振り回していた。いい感じに汗を掻き始めた頃に、息を切らせてローが帰ってきたのだ。
ローはまるで日課のように、今朝も森の関所へと赴いていたのだが、どうやら冒険者が現れたことをメルクに伝えようと走って戻ってきたらしい。
以前はほとんど家から出ず、体力も同年代に比べて心許なかったローが森から走ってくるなんて成長したものだ――メルクはそんな風に呑気に考えていた。
ローから冒険者到来の知らせを聞くまでは。
「ほ、本当なんだよ。三人組のパーティーが、森の関所に現れたんだっ! お母さんが取り次いで、今は里長の屋敷に向かっているはずだよ」
「ちっ。あ、いや……そうか」
(馬鹿な。『炎翼狼』を討伐するためにエルフの里へ訪れるなんて何を考えてるんだ? しかも三人ってことは、よほど実力のあるパーティーなんだろうな……)
依頼を受ける冒険者が現れないことを見越していたメルクは、当てが外れ内心で苛立ちを覚える。
本来であれば依頼を受ける者などいないと思われていた『炎翼狼』討伐を、冒険者たちが請け負ってくれたのはありがたいことだ。メルクだってそれは分かっているし、自分が身勝手な憤りを覚えていることだって理解している。
しかし、もしも冒険者たちが恙なく依頼を達成してしまえば、メルクが里長に認められる機会が無くなってしまうということ――つまり、メルクがエルフの里を出る算段がつかなくなってしまうということだ。
それは本音を言えば喜ばしくないことだった。
「現れた冒険者っていうのは、どういう奴らだった?」
「え? うーん、男の人一人に女の人が二人だったよ。みんな若くて、人間の歳だったら二十いかないくらいかな? 男の人は剣を持ってたよ」
「へぇ、男一人に女二人か」
冒険者であれば、組む相手の性別など二の次、三の次だ。
無論、よく知らない相手と性別を気にせずパーティーを組めば、性被害の危険は増す。しかし、戦う相性が良く、気が合うのであれば相手が男女の如何に関わらず、組んだ方が冒険はしやすい。性別にこだわる方が非効率的なのだ。
そのため、世の中には男一人に女が複数のパーティーや、それとは逆に女一人に男が複数のパーティーだって珍しくはない。
(……まぁ、浪漫だよなぁ。俺も一度くらいは、女冒険者に囲まれたかった)
そんなメルクのように下心満載で考える冒険者が、単に卑しいだけである。
「よし、実物を見なければはっきりしないし、私たちも里長のところに行くか」
「え? ぼ、僕はいいよ……森の関所で見られたし」
「何言ってるんだよ? お前だって気になるんだろう? 里長が依頼を出してから連日、気になって様子を見に行ってたんじゃないか」
「う、うん……」
あまり乗り気ではない顔をしているローではあるが、実のところは興味津々であるはずだ。何せ、メルクが諫めても諫めても森の関所で冒険者たちが来るのを待ちわびていたのだから。
初めて里に現れた冒険者に、あるいは人間という存在に興味がないはずはないのである。
嫌がる素振りをしているのは単純に、期待と不安が入り混じっているせいだろう。
「ほら、行こう」
木の棒を持つ手とは反対の手でローの手を無理やり掴み、メルクは里長の屋敷へと向かう。
「ちょ、ひ、引っ張らないでよ」
文句を言いながらではあるが、ローも決心がついたのか特に抵抗はしなかった。
里長の屋敷に辿り着いたメルクとローは、屋敷の窓や縁側の障子から中を窺う里の者たちを見つけた。
子どもが大半ではあるが、中には大人たちも混じっている。
どうやら、考えることは皆同じらしい。
「みんな、里に来た冒険者たちが気になるんだね」
「ああ、あまり行儀の良い振る舞いじゃないが、な」
さっそくメルクとローも、知り合いの子どもたちにスペースを空けてもらって中を覗き込む。
見れば里長と相談役、そして向かい合うように三人の人間達が座っていた。ローの話していたように、男一人と女二人の冒険者だ。少年や少女とは言えないが、みな一様に若い。
一人の女は槍遣いなのだろう。正座している自分の脚の横に槍を置き、直ぐにでも手に取れるようにしている。
桃色の長髪を後ろに纏めた、芯の強そうな瞳をしていた。
もう一人の女は、見るからに魔法使いであることが分かる出で立ちだった。
室内にも拘らず魔導帽を被り、春先だというのに真冬のような黒く厚手の外套を纏っている。杖は見当たらないが、きっと外套の内側に隠しているのだろう。
どうやら大陸でも珍しい、黒色の髪をしているようだ。
(……二人とも美人だな)
美形の多いエルフに囲まれているおかげで少し美的感覚が狂いそうだが、二人の女冒険者は人間の中では間違いなく美人と言えるだろう。エルフたちと比べたって見劣りしない。そして何より二人とも――胸がデカかった。
「でけぇ……」
「お姉ちゃん?」
「……なんでもない」
さて、そんな美人で胸の大きい女冒険者に挟まれて座っている男と言えば、これも憎らしいほどの男前だった。
遊び人だとかチャラチャラとした雰囲気は一切なく、里長の話を聞きいる姿も真摯で好青年そのものといった感じだ。見ているだけで勝手に好感度が上がってしまいそうな、そんな理不尽な印象を受ける。おまけに皮鎧に包まれた体格もすこぶるいい。
「あの人、格好いい……」
里のエルフたちにはない凛々しく男らしい顔つきと身体つきに、周囲にいた女エルフたちが嘆息する。メルクとしては何だか悔しい。
「ちっ、何だあの男。耳も尖ってないし、鼻も低いじゃないか」
メルクの周囲にいた男エルフが、嫉妬丸出しの陰口を叩く。
普段であれば陰口などくだらないものと切り捨てるメルクだが、こればかりは素直に同感してしまった。もちろん、口には出さないが。
「剣……は、見えないな」
代わりに気になったのは、ローが言っていた剣である。
どうやらメルクから見える場所の反対側に置かれているようで、辛うじて鞘の先が見える程度である。これではどういった剣か分からない、はずだった。
「あれ?」
しかし、何故かその剣には見覚えがあった。正確に言えば、その剣の鞘の拵え……反り具合や風味、色……そして醸し出される雰囲気――何故かいずれもメルクの記憶の中にあった。
どこかで見た、あるいは感じた懐かしい気配だった。




