第百二十話 入口
謎の襲撃者の自爆や何体かの魔物との遭遇などありはしたが、メルクたち一行は翌日の昼前に雑木林を抜けていた。
「ふぅ……みなさんっ。もうすぐで私の村につきますよ!」
雑木林を抜け、なおもしばらく歩いたためくたくたになっていたエディンだが、自分の村が近づいてきたため元気を取り戻したようだ。溌溂とした笑顔で、ここまで護衛してきたメルクたちへ告げる。
「そうかい。しかし久しぶりの護衛依頼だったが、まぁ、わりと楽しめたな」
「お前は依頼を受けていないだろうが」
後頭部に両掌を当て呑気に呟くフォルディアに呆れた眼を向ければ、「そうだった」と惚けた顔で頷く。
そんなフォルディアに、スウェイミルも苦笑を送った。
「フォル殿。それにまだ村にはついておらん。昨夜は何者かによる襲撃もあったことじゃし、油断は大敵じゃ」
「お、そうだな。おやっさんの言う通り、最後まで護衛をまっとうしなきゃだぜ」
「……だからお前は依頼を受けていないだろうが」
場を和ませるためにわざとやっているのか天然なのか分からないフォルディアの言動に辟易としつつ、メルクも周囲を警戒しながらエディンの後をついて歩く。
すると道の脇にある小さな畑に、鍬を持った老農夫がいることに気が付いた。距離があるためどうやら畑を耕しているらしき農夫はこちらに気付いていないが、エディンはその農夫を知っていたらしい。
「あれは……ネッドさんかな? 変だな……なんだってネッドさんが今さら畑なんか耕してるんだ?」
「うん? 知り合いか?」
怪訝な顔つきで首を傾げるエディンに問いかければ、彼はこちらを見ないままに頷いた。
「ああ。家の近所に住んでいるお爺さんなんだ。昔は畑仕事をしていたけど、今は歳をとって息子さんに田畑は任せていたはずだよ。なんだって今さら畑に……それも、息子さんの姿も見えないし」
「昔の血が騒いで、息抜きに畑仕事がしたくなったんじゃないか?」
エディンの深刻そうな顔がいささか大袈裟に思え、メルクは茶化すように肩を竦めた。実際、働いていた頃が忘れられず、時折ふらりと自分のいた職場や現場に顔を出す老人だって少なくはない。
「うーん。そうだと良いんだけど、ネッドさんの性格上、一度譲った畑に手を出すとは思えないんだ。それに周囲の畑に誰もいないって言うのも気になって……なんだか奇妙な――胸騒ぎがする」
「ふむ? とりあえず、声を掛けてみてはどうかのう?」
「……そうですね。おーい、ネッドさーんっ!」
スウェイミルの提案に頷き、エディンは畑に近寄り老農夫へと声を掛けた。すると突然声を掛けられ驚いたのか、農夫は持っていた鍬を取り落とし、慌てたようにエディンの方へ顔を向ける。
そして一瞬嬉しそうな顔を浮かべた後、すぐさま眉根を寄せた。
「え、エディン? お、お前さん、帰って来てしまったのかいっ!」
「はは、お久しぶりです。それにしたってなんです? その言い方。まるで帰ってきてはいけなかったみたいじゃないですか」
「いかんいかんっ! いかんに決まっとるじゃろうがいっ!」
「え……」
笑いかけたエディンに、老農夫は強い剣幕で怒鳴りつけた。そしてそれを受けて驚き呆然とするエディンに対し、反対に驚いたように首を傾げる。
「エディン……お前まさか、デネミスからの手紙は読まんかったのかい?」
「デネミスの手紙? 家内からの手紙なら、三か月前から届いていなくて……だから心配になって様子を見に来たんですよ。ほら、護衛までお願いして」
そこでエディンが掌で指し示すと、老農夫は初めてメルクたちに気付いたようだ。会釈したメルクたちに硬い表情のまま会釈を返し、鋭い目つきでエディンへ顔を向け直した。
「とにかく、お前も護衛の方々もここで待っていてくれ。儂には判断できん。少し待て。少し待っていろっ!」
そして強い口調できつく言いつけると、老農夫は腰の曲がった身体を懸命に走らせ、村の方へヨタヨタと駆けて行った。
「なんだ、あのご老体は?」
「ネッドさんと言うらしい。エディンの知り合いらしいが、それにしたって妙な言動だったな」
フォルディアに問われて小声で返し、メルクも首を傾げる。
話が見えない以上、メルクたちは困惑せざるを得なかった。
「エディン殿。あの老人はいつもああなのかのう?」
「いえ……少々頑固なところもありますが、いつもは道理を弁えた優しいお爺さんなんです。今日は、いったいどうしたんでしょう?」
村人であるエディンにも分からないのでは、この場にいる誰にも理解できないのは仕方ないことだった。
結局、メルクたちは老農夫に言われたように、しばらくここで待つことにした。
「おっ。どうやら戻ってきたようだぞ?」
待つこと数十分。
駆けて行った時と同じように、老農夫であるネッドがヨタヨタとこちらへ戻ってくる。
そしてそのネッドは、口を布で覆った若い青年を連れていた。
「エディンさん。ネッドさんが連れてきたのは誰だ?」
「え? あ……誰でしょう? あんな人、私が知る限り村にはいなかったはずですが」
エディンよりも少し年下に見えるその青年は、どうやら彼にも面識がないらしい。おそらくはエディンがログホルト市へ出稼ぎに赴いた三か月の間に、キレル村へやって来たのだろう。
「あの雑木林を抜けてきたのですか……」
青年はメルクたちの傍に来るや、口元の布をずらして開口一番そう言った。
「うん?」
青年の唐突な質問にメルクが首を傾げると、彼も真っ先に話す内容ではなかったと反省するように小さく会釈した。
「……いえ。魔物の蔓延る雑木林を抜けて来られる方がいるとは思わず、驚いたもので。申し遅れました。僕はバザル。旅の薬術師です」
「『旅の薬術師』さん? ああ、どうりで見覚えがないはずです。私はエディン。この村の生まれで少しの間出稼ぎに行っていたんです。そしてこの方々は、ここまで護衛して下さった冒険者の皆さんです」
「儂はスウェイミルじゃ」
「私の名前はメルク」
「俺はフォルで……おっと、フォルだ。まぁ、護衛というより単なる同行者だがな」
メルクたちもそれぞれ自己紹介すると、バザルは眉根を寄せたまま頷いた。
「そうですか……しかし、あなた方をここで足止めできたのは幸いでした。知らせてくれたネッドさんにはお礼を言わなくては」
「なんの。儂もよもやこの道からエディンが現れるとは思わんかった。手紙は届いておらんかったようじゃし」
「それは奇妙なことですね。まぁ、何か手違いがあったのでしょう」
「おいおい。そっちだけで納得しないでくれよ。何だって俺たちがここで待たされたのか、説明してもらう権利くらいはあるだろう?」
何やらバザルとネッドの間だけで会話が進み、それに対してフォルディアがやんわりと割って入った。
「ああ、そうですね。では、単刀直入に言いましょう。今、キレル村ではとある病が猛威を奮っております」
「……なに?」
「その病は伝染するため、感染者や感染したと思われる者は隔離しており、現在は村への立ち入りは制限しているんです。無論、村の出身者や関係者も例外ではありません」
「キレル村で病が……そんな――」
絶句するエディンとは対照的に、事実をありのまま述べるために意識しているのか、バザルは淡々と言葉を紡ぎ、やがて決定的な一言を告げる。
「ここから先へ進めば、あなた方だっていつ感染してもおかしくありません。せっかくですが、どうぞここでお引き取りを――あなた方が、健康な身体でいられるうちに」




