第百十九話 意表
「へっ。『俺たちが何者か』ねぇ……その質問に答える前に聞いてもいいか? あんたたちはこの林の先にある村へ行くつもりかい?」
「なに?」
これまでの狼狽した様子をかなぐり捨て、開き直ったかのようなふてぶてしい態度をとる男。
メルクは怪訝に思いつつも、軽く鼻を鳴らした。
「答える必要はない。答えたところで意味があるとも思わないしな。それよりも、さっさと素性を吐け」
「そうかい。そりゃあ答えねぇわな。まぁいいぜ。どのみち、ここを抜けるんならキレル村は通り道――なら、生かしちゃおけねぇわな」
「ほう? もしかして私を倒すつもりか? 仮に私を倒せたところで――」
――あの男が控えているぞ。
なんてことを言いかけて、メルクは内心で苦笑しつつ言葉を呑み込んだ。
そんなことをこの男に言ったところで理解できるとは思えないし、何より自分が目の前の相手に後れをとるとは考え辛い。
いや、依頼が護衛任務である以上、そんなことは考えてはなるまい。何としてでも襲撃者は無力化し、依頼人を守る必要があるのだから。
「さて、痛めつけないと自己紹介ができないのなら協力してやるよ。幸い私は『治癒』が得意なんだ。ある程度やり過ぎても支障はない」
「おう、おう。おっかねぇお嬢さんだな。あんたみたいな美人になら、金を払ってでも「痛めつけて欲しい」って好事家はいくらでもいるだろうがな? あいにく、俺はもう少し胸の大きな女が好みでな。だからまぁ……来世に期待だなっ!」
不意に懐へ掌を突っ込んだ男が、素早くそこから取り出した石を投擲してくる。それもどうやらただの石ではなく、感じる気配からして魔石だろう。
(何の魔石だ?)
メルクはその魔石のもたらす効果が分からなかったため、念のために迎え撃つことなく後退し、あえて大きめに距離を取った。
どうやらそれが正解だったようだ。
先ほどまでメルクがいた場所が、男が投擲した魔石によって轟音とともに吹き飛んだ。どうやら爆破性能を持つ魔石らしい。
「物騒な物を……」
雑木林の闇を劈く威力を目の当たりにし、メルクは警戒心を高めながら男の挙動を注意深く観察する。
「うおっ? あのイカレ教授、どう弄ればこんな威力になるんだよ。けど、これでまぁ……」
すると男もこの魔石の爆発力は想定外だったのか、少し煙に巻かれながら何やら呟く。そして視線を向けるメルクを警戒するように、じりじりと足を動かしつつ距離を取っていく。
「……ふぅ。さすがにこれ以上は寝たふりきついぜ」
「何ごとじゃっ?」
「ど、ど、どうしたんですっ?」
爆発音を聞きつけたのか、メルクの背後からフォルディアとスウェイミル、そして護衛対象であるエディンまで顔をのぞかせた。
一応、エディンを庇うようにスウェイミルが立っているので問題はないだろう。メルクが先に気絶させておいた男の仲間二人も、残る男の傍に気を失ったまま横たわっている。
動きがあれば目に入るはずだ。
「メルク、こいつは?」
「襲撃者だ。気を付けろ。爆発する妙な魔石を持っている」
「爆発? なるほどのう。先ほどの轟音は、こやつの魔石によるものか」
スウェイミルは伏兵の襲撃に警戒するようにエディンの傍を離れず、メルクとフォルディアが慎重に隙のない動きで男へと迫る。
「……へ、へへ。参ったなぁ、こりゃ。正直、あんたらがこの林へ入る前からただ者じゃねぇとは気付いていたが、これほどまでとはねぇ。まさかお嬢さんにすら勝てないなんてな」
自嘲するように腰を低く落とした男に、魔力で視力を強化したフォルディアが呆れた顔を向けた。
「馬鹿だろう、お前。お前の言うこのお嬢さんこそ、俺たちの中じゃ一番強いんだぜ? 見る目がねぇな」
(よく言う……)
フォルディアの物言いにこそ呆れながらも、メルクは気が逸れないようにその言葉に反論しなかった。
そのため襲撃者の男はフォルディアの言葉を真に受けたのか、ポカンとした顔つきでメルクを見やり、そして納得するように頷いた。
「……なるほど。なら、俺たちが手も足も出ないのは道理というわけだな。あーあ、失敗しちまったな」
そう言うと男は、メルクによって倒されていた仲間の傍に腰を完全に下ろして胡坐を掻いた。
まるで煮るなり焼くなり隙にしてくれと言わんばかりだ。
フォルディアが警戒しながら男に近づきつつ、訝しがるように首を傾げた。
「なんだ? 降参するつもりか?」
しかしそれにしては、フォルディアが疑問を抱いたように男の目はまだ諦めておらず、死んでいない。
「――っ?」
いや、違う。
男の目には企みの色を濃くしながらも諦めが宿っていたし、死を決意した者の悟りが秘められていた。
つまり、だ。
「フォルっ! 下がれっ!」
「なに?」
「へっ。あばよ――」
地面に両手をついてしゃがみ込んだメルクの叫びに近い声を受け、フォルディアは疑問の表情のまま反応して男から距離を取った。
そしてその瞬間――男の周囲の暗闇が爆ぜた。
「『土壁』っ!」
メルクが地面の土を大量に用いて壁を形成すると同時に、爆風と熱波が怒涛の勢いで押し寄せてくる。
仮に直撃していれば、『魔力強化』を施しているメルクや丈夫なフォルディアは別として、スウェイミルやエディンは危うかったやもしれない。
木々は吹き飛び地面は抉れ、周囲の獣たちは恐れをなしたのか飛び去り逃げていく。
男が最初に魔石で創り出した爆発とは、その規模や威力は雲泥の差であった。メルクが造り出した頑丈な土壁も、もう少しで砕けていたやもしれない。
「くそ……やられたっ!」
「び、びっくりしたなぁ……なんだあの爆発は」
爆風が治まり硝煙が立ち込める中、メルクは地面へ拳を叩きつけた。
あれほどの大爆発だ。おそらく、いや確実にあの男の仲間であった剣士も魔法使いも生きてはいまい。さすがにエルフの『治癒』とて、粉微塵の相手を蘇生させるのは不可能だ。
追い詰められた男は、見事に仲間を道連れにして自身の口を封じたのである。
「……さっきの大爆発は、おそらく魔石が誘爆したんだろう。たぶん、私が先に気絶させていた男たちも同じ魔石を持っていて、男が爆発させた魔石に連鎖して爆発――結果、これだけ大規模な威力になったんだ」
「……はーん、なるほど。結局は、規模の大きい単なる自滅ってことか」
「まぁ、言い方を変えればな。しかし、奴らが何者かが聞き出せなかったな」
悔しがるメルクを他所に、フォルディアはどこか楽観するように笑いながら肩を竦める。
「別にいいんじゃないか? 奴らの目的は、俺たちがキレル村へ行くのを阻止することだった。必然、キレル村には何かあるってことなんだろう。そんなもん、行きゃあ分かる」
「……お前はいつもそうやって行き当たりばったりなんだからな。少しは計画性ってものをだなぁ――」
「いやいや。今さら過ぎたことをうだうだ考えても仕方ないぜ? それに俺たちの目的は依頼人を村に送り届け、そんで帝国に行くことだ。奴らの目的を暴くことじゃない」
「それは、まぁ、それはそうだが……」
釈然とはしないが、フォルディアの言うことはもっともである。
メルクは不満げな顔をしつつも頷いた。
「おい、ご両人」
すると、そこにスウェイミルから困ったような声がかかった。
そして二人がそちらへ顔を向けると、
「悪いのう……気絶したエディン殿を起こすのを手伝ってくれい」
「……」
気まずそうに額を掻くスウェイミルと、大きな爆発に驚き、白目を剥いて気絶する依頼人の姿があったのだった。




