第百十五話 妙な理屈
「ちっ。なーんか、嫌な予感がするぞぉ」
これから雑木林へと足を踏み入れるという時に、スウェイミルが軽く舌打ちをしてメルクとフォルディアの方へ視線を向けた。
「なぁ、あんさんらは何か感じんか?」
「……この林から送られてくる視線なら感じている」
「ああ、俺もだ」
こちらへ近づく前から気配を感じていたメルクとフォルディアは、あっさりとスウェイミルに頷いた。
どのみち通り道がこの雑木林しかない以上、気配に関して急いで伝える必要はそれほどないと考えていた。それにスウェイミルの力を測るため、どの時点で気付くか試したかったというのもある。彼が林に入るまで気付かなければ、この辺りでメルクが警戒するように切り出していただろう。
(……あるいはこの親父も視線に気づきながら、俺たちを試していたのかもな)
「うーむ、そうか」などと、わざとらしく顎を擦るスウェイミルを見ながら、(喰えない親父だ)と苦笑を送る。
「し、視線? 気配? そ、それって魔物ではないのですか?」
スウェイミルとメルクたちの会話に怯えるように、エディンが怖々と尋ねてきた。それに対し、フォルディアはゆっくりと首を横に振る。
「いや、魔物ではないと思うぜ。魔物なら、俺たちを狙うのであればとっくに襲い掛かってきているはずだ。別に雑木林から出られない呪いなんてないんだからな。仮に待ち伏せを狙うような狡猾な魔物なら、もう少し気配は上手く隠す」
「な、なるほど。では、魔物でないなら、人……でしょうか?」
「ああ、おそらくな。だが相手が人間なら、ちっと面倒だな。だろう、メルク?」
少しも面倒臭さを感じさせない笑みでメルクを見ると、同意を求めるように肩を竦めてくる。
「……そうだな。魔物であれば、気配を察せられている時点で大した存在じゃないと言えるんだけどなぁ」
「それは、相手が人間でも同じことでは?」
「いや、大違いじゃ」
フォルディアに頷いて見せたメルクに疑問を呈したエディン。そんな彼に、考えるように眉根を寄せていたスウェイミルが声を掛ける。
「いいかのう? 人間がこの雑木林に潜むのは生半可なことではない。ルホーの町で聞いた話では、この雑木林に出現する魔物の危険度は最高で『黄緑級』。四等級でも通れると言っておったが、裏を返せば冒険者として四等級程度の実力は必要なのじゃ。それだけの実力者が、これほど分かりやすく気配を気取られるとは思えん」
「おやっさんに同意だ。たぶん、相手はわざと分かりやすくこちらへ害意を送ってきてるんだろう。俺たちを、この林に近づかせないために」
「な、何故そんなことを?」
やはり冒険者ではないエディンには、話についてくるだけで精一杯なのだろうか。発言者が変わる度にキョロキョロと顔を動かし首を傾げている。メルクには、何だかその姿が面白かった。
「さぁて。この雑木林の中に、知られてはならない何かがあるのか――あるいは、この林を抜けた先にあるエディンさんの村に何かがあるのか……」
「ふふっ。相手の目的は分からないけど、どのみちこの林は通り道だ。進むしかないだろう。エディンさんは私とスウェイミルさんとフォルの――ああ、悪い。このデカブツは単なる飾りだ。私とスウェイミルさんの傍を離れないでくれ」
「おい。たしかに俺は護衛依頼は受けていないが、そんなに邪険にしなくてもいいだろう? 酷い奴だな」
先ほどの意趣返しにメルクがフォルディアを雑に扱えば、さも心外だと言わんばかりの顔をする。そんな彼にフォローのつもりか、スウェイミルがしきりに頷きながら肩を叩いた。
「そうじゃな。人間相手であれば、あんたはいるだけで牽制になるじゃろう。見るからに強そうな外見じゃし」
「へっ。実際に強いぜ、俺は」
「……よし、じゃあ行こうか」
すぐ調子に乗る、かつてこの世界を救ったはずの勇者を置き去りにして歩き出すメルク。さすがにスウェイミルも呆れたのか、二、三度首を振ってエディンを伴いメルクに続く。
「いや……その反応は酷くないか?」
取り残されたフォルディアが本気で傷付いたように呟くが、メルクたちは聞こえなかったふりをした。
一行が雑木林に入って間もなくだった。
「――っ? おっと、気を付けるんじゃっ! そいつは『眠蛇』……噛まれると死ぬほど眠くなるでなっ」
樹上より突如として落下してきた蛇を避け、素早く懐から抜いたナイフを振るいスウェイミルが怒鳴った。
彼の言うように、落ちてきたのは白い全身に水色の斑点模様をした大きな蛇で、メルクも前世で遭遇したことのある魔物の一種だった。
名を『眠蛇』。
危険度は下から三番目の『緑級』で、巨体に似合わず俊敏であることが知られる。さらに厄介なことに、この魔物の牙には猛烈な眠気を催す毒があるのだ。噛まれると、どんな者でも二、三日は昏睡すると言われ、無論その間に『眠蛇』に丸のみにされてしまうだろう。
「こやつの急所は、頭のすぐ下の首じゃっ! それ以外の箇所に攻撃しても、なかなか死なんぞ!」
スウェイミルは自分の攻撃を躱した『眠蛇』を注意深く伺いつつ、メルクやフォルディアへと声を掛ける。
無論、メルクもフォルディアもそんなことは百も承知ではあるが、即席パーティーであれば自分が知っている情報を相手に教えて助言や注意を送るのは一般的である。
なかには些細な情報でも渋って出し惜しみする冒険者もいるが、どうやらスウェイミルはその類ではないらしい。
「『眠蛇』か……なんだか久しぶりに見たな。相手するのは何年ぶりだ?」
前世以来、対峙することのなかった蛇の姿の魔物に苦笑しつつ、メルクは木の棒ではなく真剣の方を抜いた。
そして胴体を軸にして俊敏な動きで撹乱するようにこちらへと迫る『眠蛇』を、それ以上の速度をもって迎え撃つ。
まさか自分よりもメルクが素早く動くとは思わなかったのか、気勢が削がれた『眠蛇』が戸惑うように闇雲に顔を突き出してきた。
「――シッ!」
その突き出された睡眠液の滴る牙を軽く躱し、手にしていた真剣を一閃。
狙い過たず、振り返ったメルクが『眠蛇』を見れば、その首元から盛大に血を撒き散らし事切れていた。
「……ほうっ! 大したもんじゃっ」
「うぅ……」
危険度『緑級』の魔物を瞬殺したメルクに、スウェイミルが驚嘆したような声を出す。
一方、突然の戦闘に固まっていた護衛対象のエディンは、青い顔で躯となった『眠蛇』から視線を逸らしていた。どうやら血の噴き出す蛇は、彼には刺激が強すぎたようだ。
「動き、以前に比べても良くなったなぁ」
「……そうか?」
メルクの傍に寄ってきたフォルディアが、感心したように頷く。
実力を知る彼に褒められて悪い気はしないので、メルクはにやけそうになる顔をことさら顰めつつ、剣を鞘に戻そうとした。が、
「――けど、この剣はいただけないな」
「はぁ?」
戻そうとした剣をフォルディアに奪われ、思わず低い声が出た。
「いや、『与力剣』や『剛剣』みたいな迷宮剣はそうそうないだろうが、あんたはもう少し良い剣を使うべきだ」
「……あのなぁ。私がどんな剣を使おうが木の棒を使おうが、お前には関係ないだろう」
いつもの病が発症したフォルディアにげんなりしつつメルクが剣を奪い返すと、フォルディアはやはり、納得いかない顔をする。
「たしかに関係ないけどよぉ……やっぱり俺は、俺よりも強い剣士にはそれなりの剣を使って欲しいんだよ」
「……なんだそれ?」
メルクにはよく分からない、彼なりの妙な理屈だった。
すでに忘れた方もいるかと思うので参考までに。
冒険者ギルドが掲げる危険度の区分:上に行くほど危険度増
赤級 例:???
橙級 例:炎翼狼
黄級 例:土竜
黄緑級 例:翼狼
緑級 例:剛猪
青級 例:犬鬼人
紫級 例:魔馬




