第百十三話 依頼人と飯屋の店主
「どうも、あなたたちが私の依頼を受けてくれる冒険者だね?」
翌日の朝、指定された場所にメルクとフォルディア、そしてスウェイミルの三人が赴くと、出迎えた男が笑みを浮かべた。
男はその見た目から三十代半ばで、おそらくはフォルディアに近く、メルクよりは年下だろう――もちろん、外面ではなく内面の話である。
男は名前をエディンと名乗った。
エディンはキレル村の出身らしく、出稼ぎで数か月ほどログホルト市へとやって来ていたらしい。
「いやぁ、ログホルト市へやってきて三か月、街での仕事にもようやく慣れてきたところだったんだけどねぇ」
少し寂しそうな顔をするエディンに、依頼を最初に受けたスウェイミルが首を傾げた。
「街の仕事はどうするんじゃ?」
「仕事は……村に帰ってすぐにここへ戻れるか分からないのできっぱりと辞めました。休職扱いも可能でしたが、場合によっては長く村にいなければならないので」
「ほう? そこまでして帰らねばならん用事か……何があったんじゃ?」
「それが、キレル村には妻と子どもを残しているのですが、定期的に送られてきた手紙が途絶えたんですよ。こちらから手紙を送っても返事がない。何かあったのではないかと心配で心配で」
そんな風に説明したエディンの話を聞いて、今度はメルクが首を傾げて彼を見上げる。
「手紙はいつから来ないんだ?」
「もうじき一月にはなるかな? 通常であれば一週間、遅くても二週間以内には届いていたんだけれど……」
メルクが年下に見えるのか、スウェイミルに対するよりも幾分かフランクに応えたエディン。彼をすっかり年下として扱っているメルクは頓着せず、ただ「なるほど」と頷いて見せる。
「それで、割高になる『緊急依頼』の指定だったんだな? 一刻も早く村に帰るために」
「ええ。実はキレル村からログホルトに来る時には一人で来たんですが、魔物に襲われたり、野盗に遭遇したりさんざんな目に遭ったので……今回は少しお金はかかりますが皆さんにお願いすることにしたんです」
メルクの後を引き継いで話しかけたフォルディアに対し、エディンは真面目な顔で頷いて見せた。
エディンからしてみればフォルディアも年下に見えるはずだが、どうやらスウェイミルと同じように敬意を持って接することにしたようだ。
無論顔に出すことはないが、なんだかそれがメルクには少し面白くなかった。張り合っても意味がないことは重々承知なので何も言わないが。
「まぁ、急いでいるのならさっさと出発するかのう。ここからキレル村は十日はかかる……旅の準備は大丈夫なんじゃろう?」
この場所へ来る前に旅の準備を整えていたメルクとフォルディアは元より、依頼人であるエディンの足元には膨らんだ背嚢が用意されている。これならばすぐに旅に出られるだろう。
こうして、四人はキレル村へと旅立ったのだった。
ログホルト市を旅立って四日目。
キレル村への道行きは、特にトラブルもなく順調と言えた。
ここまでで問題は、依頼人であるエディンの歩みが想定よりも遅かったくらいではあるが、それだって波風立たない旅路であれば気にするようなものでもない。
一行は予定通り、四日目の目的地であるルホーの町へと辿り着いていた。
「へぇっ? あんたたち、これからキレル村へ行くのかい?」
ルホーの町へと辿り着き、取りあえずは腹ごしらえをしようと飯屋に立ち寄ったメルクたちは、適当に入った店の主人に眉を顰められた。
世間話の流れで行き先を尋ねられ、隠す必要もないため軽く答えたのだが、店主の反応は随分と予想外なものであった。
「キレル村が何か?」
「いや……キレル村はこの町を出て一週間ほど歩けば着く距離だが、それは『無金隧道』を通ればの話だ」
「『無金隧道』? それは、この大きな山を通るトンネルのことだろうか?」
「どれどれ……おお、そうだ。ここからしばらく行った先に書かれているこのトンネルが『無金隧道』だ」
「ああ。このトンネルならログホルト市へ向かう際に私も通りましたよ。中は広くて、魔法の灯りが等間隔に並んでいて明るかったなぁ」
メルクがギルドで資料として渡された地図を見せてそれらしいところを指差せば、店主は何度も首肯し、エディンも思い出すように遠い眼をする。
「本来であればここを通ればキレル村まで容易に行けるが……このトンネルは一月ほど前から通れなくなっていてな。今は迂回する必要があるんだ」
「なに? 入り口でも崩れたか?」
店主の言葉に、フォルディアが首を傾げた。
最近では魔法の応用や掘削技術の進歩によって崩れにくいトンネルも増えてきたが、旧来の物は補修でもしない限り崩れやすい。
その『無金隧道』』なるトンネルが古い時代のものであれば、崩れて通れなくなっていても不思議な話ではなかった。
だが首を傾げたフォルディアに対し、店主の方は首を横に振って見せた。
「いや、そうじゃない。『無金隧道』はその昔、金脈だと思われて山を掘り進めた名残でなぁ。まぁ、結局は空振りだったんだが、それでももったいないからと無理やり開通させて、故についた名前が『無金隧道』。ふふん、笑えるだろう?」
「ああ。たしかに面白い逸話だが、その『無金隧道』が崩れたわけじゃないなら何だって通行止めになっているんだ?」
「いや、な。その『無金隧道』だが、どうやら出たらしいんだよ――金が」
「なにっ?」
それは何とも奇妙な話だ。
金が出なかったからこそ『無金隧道』と呼ばれていたトンネルから、新たに金が見つかった。
にわかには信じられない。
「おいおい。それは勘違いじゃないのか? だって、以前に徹底的に調べて出なかったから、今じゃ単なる隧道になってるんだろう?」
「まぁな。だが、実際にトンネルで金の鉱石を発見した奴が現れて、それを領地を保有する貴族に知らせたらしいんだ。なにせ、仮にもし本当に金脈を発見したとなれば莫大な富になる。そりゃあ、お貴族様も躍起になるってもんだぜ」
「……もしかして、通行止めになっている理由と言うのは――」
「ああ、『無金隧道』内部の徹底的な再調査が行われているからさ。その調査には数か月かかる見通しらしい。しばらく通るのは無理だろう」
「な、なんてことだ……」
店主の話を聞いて、エディンが茫然自失と言わんばかりに肩を落として俯いた。キレル村へ帰れなくなり絶望しているのだろう。
「のぅ、なんとかトンネルを通らずにキレル村へ行く方法はないかのう? 迂回はできるんじゃろ?」
そんなエディンを見かねたようなスウェイミルの問いかけに、店主は眉根を寄せて難しい顔をする。
「迂回かぁ。正直、あまりお勧めはしないな。迂回するコースは二つある。一つは村を通り過ぎて一旦チュリセ帝国に入り、そこからキレル村へ行く道だ。この道を行けば、魔物は出ないし路面も比較的なだらかだ」
「時間はどの程度かかるんじゃ?」
「そうさなぁ。道のり自体は『無金隧道』を通って行くのと一日程度しか変わらない」
「なんとっ! 決まりじゃな」
「はいっ――あ……」
店主の言葉を聞き、スウェイミルは笑みを見せてエディンへと笑いかけた。エディンも一度は笑みを見せ、しかし即座に固まった。
「うん? どうしたんじゃ?」
「いえ……その道を行くには、チュリセ帝国へ入らないといけないんですか?」
「ああ。だからこのルートは実質的には無理なんだよ」
「そ、そんなぁ……」
同情するような顔をする店主と、再びがっくりと項垂れてしまうエディン。
メルクやフォルディア、スウェイミルは訳が分からず二人を交互に見た。
「ど、どういうことじゃ?」
「あんたたちは冒険者だからあまり気にしないのかもな。チュリセ帝国は数年前から一般人の入国を取り締まってるんだよ。『冒険者証明書』でも持たない限り、莫大な入国料か、何か月――下手したら年単位でかかる入国審査を受けないといけない。あんたたちはそのルートが使えても、肝心なそこの兄ちゃんが同行できないなら意味ないな」
「な、なんとっ!」
「……上手く、行かないなぁ」
店主の説明を聞いて、冒険者の三人は得心の行く思いであった。
メルクにしたってエステルト――前世――の頃にチュリセ帝国へ行った覚えもないが、当時は面倒な手続きが必要になるだなんて噂にも聞いたことはなかった。チュリセ帝国の入国審査が面倒になったのは、おそらくエステルトが死んでからなのだろう。
「それで? もう一つのルートってのは?」
フォルディアがチュリセ帝国へ入ってからのルートを捨てて尋ねれば、店主は悩まし気な顔で腕組をする。
「うーん。正直、おすすめはできんが……体格のいい兄ちゃん。あんた、等級はいくつだ?」
そしてフォルディアへと逆に問い返してきた。
それに対しフォルディアは、少し面白そうにメルクの方を見て瞬きしてみせた。
(おい、まさか馬鹿正直に答えるなよ?)
メルクが心の中で念を送るが、当然フォルディアには聞こえまい。
だがフォルディアが馬鹿正直に「一等級だ」なんて応えようものなら、即座に彼が勇者フォルディアであることが露見してしまうだろう。
広い大陸を見渡しても、『一等級冒険者』と名乗れる存在は本当に稀なのである。
「……へへ。内緒だ」
心配するメルクを他所に、フォルディアは首を横にゆっくりと振った。そして、意味深な笑みを浮かべて付けたした。
「けど――弱くはねぇーぜ」
「……ああ、そのようだな。なら、問題はないか」
フォルディアのその笑みに納得に足る凄みを感じたのか、店主は一度頷いてから地図を指さした。
「いいか? 『無金隧道』を右に迂回してしばらく進み、この小さな雑木林を通るんだ。ただ、ここは魔物が棲息している。腕が良ければ四等級冒険者でも通れるだろうし、三等級以上であれば間違いはないはずだ。まぁ、あんたらなら大丈夫だと思う」
「スウェイミルのおやっさんも三等級だったよな? 問題ないだろう」
「私は六等級だがな……」
ぼそりと呟いたメルクの言葉は、頷いたフォルディアの言葉によって誰にも届かなかったようだ。皆、気にした様子もなく店主の指差す地図を見る。
無論メルクも言ってみただけなので、周囲に倣って地図を見た。
「よし、ならこの雑木林を抜けて一日程度歩けばすぐにキレル村だ。ここまで教えてやったんだ。無事に村へ辿り着けよ」
「すみません、助かります。なんてお礼を言ったらいいか……」
店主の説明がなければ、『無金隧道』の通行止めで往生していたかもしれない。分かりやすくいろいろと教えてくれた店主にエディンが礼を言えば、
「はっはっはっは! 気にすんなっ! 情報料もしっかりと飯代に入れとくから。はっはっは! ゆっくり食事してくれよ」
そんな抜け目ないことを言いつつ、店主は豪快に笑って店の奥へと去って行った。
「……まったく、敵わないな」
呆れた声を出して店主を見送ったフォルディアの眼は、しかし楽し気に笑っていた。それはフォルディアだけではなくスウェイミルも、エディンも――そしておそらくは、メルクもきっとそうだろう。
そして余談だが、メルクたちが店を出る際に渡された伝票には、追加料金の代わりに『達者でな』との文言が記されているのみであった。




