第百十二話 受付嬢は見た2
受付嬢の視線の先、メルクと名乗った少女は依頼を一足早く受けていた男へと話しかけた。
「申し訳ない、少しいいだろうか?」
「あん?」
少女に声を掛けられた男――スウェイミルは、ぶっきら棒な声を出して振り返り、声を掛けてきた人物を認めて呆気にとられたようだった。
まさか冒険者ギルド内で、メルクのような美貌の少女に話しかけられるとは思わなかったのだろう。
スウェイミルは初老に差し掛かった、これといって特徴ない顔つきの男だ。おそらく、女性から声を掛けられるなんて経験もそれほどあるまい。
ただ手練れの冒険者だけあって、見慣れぬ少女を警戒するように即座に身を引き、すぐに立ち上がれるような姿勢をとったのはさすがである。
「……なんじゃい、あんさんは?」
「私はメルク、冒険者だ。実はあなたが受けた依頼に便乗させてもらいたいんだが……構わないだろうか?」
「はぁ? 儂が受けた依頼ってのは『キレル村までの護衛依頼』のことか? 何だってあんさんを便乗させにゃならん」
「ああ。私は明日帝国に向けて出発するんだが、どうせ行くのであればギルドで依頼を受けたいと思ってな。だが生憎、明日出発の護衛依頼はあなたの受注した依頼の他はないらしいんだ」
「ふーん?」
メルクの言葉に一定の理解は示したのか、彼女を値踏みするようにジロジロと観察するスウェイミル。そして何気ない様子で自身の顎に蓄えた髭を撫でつけながら、鼻の下が伸びていることに受付嬢は気が付いた。
(この助平じじい、まーた若い子に欲情して……)
普段からスウェイミルに厭らしい眼を向けられることのある受付嬢は、内心で盛大に呆れ顔をしてみせる。
メルクに彼との共同依頼を勧めたのは、誤りであったやもしれない。
「ふ、っく。あのおっさん、マジかよっ。あいつに鼻の下伸ばして……ぶふっ!」
受付嬢がそんなことを考えていれば、彼女の傍にいたメルクの連れの青年が肩を震わせ笑いをこらえているのに気づいた。
連れの少女が他の男にジロジロと見られているのにも拘らずこの余裕である。あるいはやはり、メルクとこの青年は恋仲ではないのだろうか。
「……あんさんと旅するのは良いが、報酬はどうなる? 折半で良いのか?」
「私はそれで構わない。なんなら、あなたが先に請け負っていた依頼だ。三分の一貰えれば十分だ」
「ほう……なかなか話の分かる娘っ子だ。いいだろう、あんさんも一枚噛ませてやるよ。へへ、どうだい? 親交を深めるためにも、今夜近くの宿で一杯――」
メルクの申し出を了承し、彼女へ下卑た視線を向け笑いかけるスウェイミル。だがメルクは彼から視線を外すと、受付嬢と青年がいる場所へ振り向いた。
「おーい。この人が依頼を一緒に受けていいって。同行できるぞ」
「……はぁ?」
スウェイミルは突然のメルクの行動に固まり、そして笑みを噛み殺したような表情で近づいてくる偉丈夫の姿を認めてあんぐりと口を開く。
「やぁ、おやっさん。俺はフォルってんだ。世話になるな」
「あ……な、んじゃあんたはっ! 儂はこの娘っ子だけだと思って了承したのであって、他に連れがいるなんて――」
「うん? 私だけだと思っていたのか? それは失礼した。もしかしてスウェイミルさんは、この男が増えることで報酬の減額を心配しているのだろうか?」
「――へ? あ、ああ。そうじゃ。あんさんは三分の一貰えれば十分だと言ったが、この男にも三分の一払えば儂の取り分も三分の一になるじゃろうがっ!」
青年も同行すると知り、スウェイミルは心外だとばかりに怒鳴り散らす。おそらく彼は――護衛対象の依頼人など忘れて――メルクと二人きりで旅がしたかったのだろう。それが見目の良い若い男も一緒だと知り面白くないのだ。報酬の額など建前だろう。
だが、報酬を建前にしたのがスウェイミルの失敗だった。いや、あえて報酬を言い訳に使うように誘導されたのだ。
「ああ、その心配はないぞ、おやっさん。俺はこの依頼を受けるつもりはないから報酬を受け取る権利はない。依頼の報酬はあんたとメルクだけで貰っててくれればいい。俺は単なるこいつの付き添いだ」
「報酬がいらないじゃと? う、うーむ、そうか……」
報酬の心配がなくなったことで、スウェイミルがメルクたちの便乗を断る理由がなくなってしまった。だがどうしても男の連れがいると分かって共同依頼に消極的になったのか、彼は断る口実を探すように視線を泳がせる。
「じゃ、じゃが……なんだって依頼も受けずに儂に同行なんて……面倒にもほどがあるじゃろう? 儂も依頼を受けてもいない人間に傍におられると、なにかこう……もやもやするんじゃがなぁ?」
あまりにもあやふやな理由で断ろうとするスウェイミルに、フォルと名乗った青年は良い笑みを浮かべて肩を竦めて見せる。
「はは、仕方ないだろう? 俺は別に依頼なんて抜きに帝国へ向かいたかったんだが、この娘がどうしても依頼を受けたいと聞かなくてな。まぁ、あんたが断ってくれるならそのまま出発できて手間も省ける。だから別に、断って貰っても構わない」
「な、なんじゃそれは……」
青年の笑みとそんな言葉に、毒気が抜かれたような顔になるスウェイミル。まさか相手側から「断って貰っても構わない」と言い出すとは思わなかったに違いない。
そして再びスウェイミルは悩まし気に顔を歪め始める。彼なりに計算しているのだ。
報酬の三分の一はそれなりに痛いだろうが、しかし何日も日を跨ぐような護衛依頼は複数人で受けるのが適している。理由は当然、常に気を張っていなければならない緊張による疲労と、野営や野宿の際に立つ見張り番をカバーしあえる存在がいるに越したことはないからだ。
さらに言えばメルクの容姿である。
スウェイミルもきっと、メルクと青年の関係を恋仲だとは思っているに違いない。だがそれでも、彼女を目の保養にする分には何の問題もない。一人で護衛対象を守り続ける旅をするより、たとえ相手がいる少女であっても同行できるなら潤いにはなるだろう。
……あわよくば青年を出し抜いて、少女と仲良くなれるやもしれない。
「……ふーむ、いいじゃろう。共同で依頼を受けるとしようか」
何やらわざとらしいしかめっ面を浮かべて頷いたスウェイミルは、きっとそこまで考えてそんな言葉を絞り出したに違いない――日頃から彼と接している受付嬢は、そんな風に推理した。いや、簡単に推理できてしまった。
「本当か? ありがとう、スウェイミルさん」
「お、おう。へ、へへ」
承諾してもらったメルクは、花も恥じらうような可憐な笑みを浮かべてスウェイミルに礼を言うと、正式に依頼を請け負うために再び窓口まで弾んだように歩いてくる。
その際、スウェイミルからの死角で青年と拳を軽くぶつけ合い、ペロリと小さく舌を出してみせた。
(あらやだ。まさか全部計算付く? 垢抜けないお転婆娘だと思ったけど――そういうところも怖いわね、この娘……)
手入れされていない髪や可愛げのない口調から、容姿に頓着しないタイプの少女だと思っていたが、どうやら自分の価値をきちんと知っているらしい。
少なくとも自身の容姿が、男の気を惹くことができることに気付いているのだ。
「――はい、では『冒険者証明書』を確認させていただきます」
素知らぬ顔でメルクから提示された証明書を受け取って手続きしながら、受付嬢は改めて内心で思うのだった。
(将来有望だわ、この娘……色んな意味で)




