第百十一話 受付嬢は見た
趣向を変えて他者視点です。
「はい、キレル村までの護衛依頼ですね? 承りました。では明日の朝、指定された場所に依頼受注票等、こちらの書類をお持ちになってお訪ねください。こちらは依頼者側から緊急指定がされていますので、報酬も一割増しとなります。その他お見落としのないよう、しっかりとご確認ください」
その日の晩、レザウ公国のログホルト市にある冒険者ギルド支部において、いつものように受付嬢は淡々と己の業務をこなしていた。
今も本日何人目になるかも分からない冒険者の受注申請を受理したところである。昼間に比べて夜更けのこの時間帯は人も少ないが、それはいつものことだ。なんら変わったところはない――いや、なかった。
「――っ?」
長年、冒険者ギルドにて受付嬢をしてきた勘とも言うべきものが働いたのか、彼女は閉め切られたギルド入り口の扉へと素早く視線を移した。
扉には覗き穴や覗き窓は設置されていない。仮に設置されていてもギルドの外は真っ暗闇だ。ギルド内が明るい以上、外の様子はわかるまい。
しかしそれでも彼女には分かった。
(何か……誰か来るっ!)
果たして予感はその通りとなる。
「夜分に失礼する」
冒険者ギルドの扉がゆっくりと開かれ、凛とした翡翠の眼差しを持つ金髪の美少女が姿を見せた。
背筋をピンと伸ばした立ち姿は美しく、飾り気のない衣装に包まれた身体は均整が取れ無駄がない。
着飾っていなくとも、誰もが目を奪われるような魅力を醸し出すその娘ではあるが、やはり冒険者なのだろう。両方の腰にはそれぞれ木の棒と真剣が携えられている。お世辞にも似合っているとは思えないが、それでも受付嬢は直感的にこの少女が並大抵の実力ではないことを看破した。
(……この娘、たしかこの前『冒険者証明書』を交付されたばかりの新人だったかしら?)
自身が担当したわけではないためそれほどじっくりとは見なかったのだが、数日前に冒険者試験に見事合格して冒険者となった少女だ。その時も新人離れした得も言われぬ存在感を発していたため記憶している。
その時以来、依頼も受けずにギルドへ一度も訪れていなかったはずだが、わざわざこんな夜更けに依頼を受けに来たのだろうか。
(読めない娘……)
顔には出さず、内心で首を傾げた受付嬢は、
「……へぇ。ここがログホルト市のギルドか」
「――っ?」
少女の後から入って来た偉丈夫に、咄嗟に腰を浮かしかけた。
周囲にキョロキョロと視線を送る二十歳程度のその若者に、一瞬とは言え本能的に気圧されてしまったのだ。
多くの冒険者に対応し、最高で二等級冒険者と対話したこともある。そんな彼女をもってしても、今までまったく感じたことのない存在感だった。
これは少女同様、明らかにただ者ではない。
「おい、ゆう……フォルっ。あんまりキョロキョロするなよ、みっともない。田舎者だと思われるぞ」
「おお、わりぃ、わりぃ。なんせログホルトのギルドは初めてでよぉ。まぁ、特に変わったところは無さそうだな」
「何を期待してるんだか……それより、さっさと依頼を探してみよう」
「あいよー」
少女と少女の言葉に適当な相槌を返した偉丈夫の青年が、ゆったりとした足取りでこちらへと迫ってくる。
すでに彼らからこちらを圧倒するような雰囲気は感じられないが、しかしそれでも受付嬢は額に薄く汗を滲ませていた。
周囲の冒険者たちが気にも留めない、いや、少女や青年の類い稀なる容姿にさり気なく視線を送っているが、警戒などはしていないようだ。
そのため、彼らが受付嬢の怯えように気付けば笑われてしまうだろう。だが――理屈ではないのだ。
彼女は彼らに畏怖を抱いた。抱いてしまった。
受付嬢になって、初めての経験だった。
「すまない。少しいいだろうか?」
受付窓口へと辿り着いた少女が、微笑を浮かべながら声を掛けて来た。やはりその様子を見れば、口調が少し勇ましいだけの可憐な娘だ。怯える必要などどこにもない。
受付嬢は必死に自分に言い聞かせ、笑みを返して頷いた。
「……はい。どうされましたか?」
「私はメルクと言う。依頼を受けたいんだが、つい先日……そう、つい先日に冒険者になったばかりで一度も依頼を受けたことがないんだ」
「ぶっ!」
何もおかしなことは言っていないはずだが、メルクと名乗った少女の言葉に背後にいた偉丈夫が噴き出すように息を漏らす。
メルクと言う少女は背後を見ずにその男へ裏拳を叩きこんだあと、仕切り直すように首を傾げる。
「そのため、作法と言うものをよく知らない。悪いが、チュリセ帝国までの護衛依頼などがあれば教えてもらえないだろうか?」
「……はぁ」
基本的に、本来なら冒険者はギルド内に張り出された依頼書の中で気に入った物を自分で探し出して持ってくる。
以前であれば――冒険者と言う職業に人気がなく、その数が少ないときであれば――受付嬢が彼らの相談に乗ることもたしかにあった。だが、人数が増えた今ではそんなことをしている暇はない。そのため、本来であればそのような申し出は断るべきだ。
(うーん、どうしようかしら……)
しかし今回は、人の少ない時間帯と言うこともあり受付窓口は空いている。
さらに相手は新人で、最初に無作法を詫びている。何よりも、彼らは得体が知れない。機嫌を損ね、何か取り返しのつかない事態になる可能性もありえるのだ。
「ええと、本来であればご自分でギルド内に張り出された依頼書を精査していただき、ご希望の依頼を受注申請されるのが決まりなのですが……今回は特別ですよ?」
少し悩んだ末、受付嬢はメルクと言う少女に協力することにした。
「無理言って申し訳ない、ありがとう。それで帝国行きの護衛依頼はあるだろうか? なければ帝国までの道中で、狩れそうな魔物の討伐依頼でもいいんだが……」
「なるほど、メルクさんたちはこれからチュリセ帝国へ発たれるんですね? ご出発はいつですか?」
「明日の朝だ」
メルクの背後に立っていた偉丈夫が、彼女が応えるよりも先に毅然と答える。それから無礼を詫びるように片手を上げた。
「割り込んで悪いな。俺はフォルで……フォル。こいつの連れだ」
「はぁ……しかし明日ですか? それは急ですね。護衛依頼があっても、明日帝国へ発たれる依頼者はいないようです。護衛募集があと三日で終了して、五日後に帝国へ向かう商人の依頼者はいるようですが――」
「いや、五日後はちと遅いな。じゃあ、討伐依頼の方はどうだ?」
「お待ちください……ログホルト周辺には討伐または駆除の対象となっている魔物はいますが、ここから帝国へ向かう道中で出現する魔物の討伐依頼はこちらの支部では出されていませんね」
受付嬢の調べた結果に、顔を見合わせ浮かない顔をする二人。
「どうする? やはり五日後まで待つか?」
「フォル、お前はどうしたいんだ?」
「俺は……俺はできることなら明日の朝には発ちたいんだが……」
「……分かった。なら、依頼は受けないことにしよう」
「いいのか?」
「ああ。別に依頼はいつでも受けられるしな。帝国への道すがらや、お前との迷宮探索が終わってから改めて受けるとするさ」
どうやら二人の話はまとまり、メルクと言う名の冒険者は依頼を受けずに帝国へ向かうことになったようだ。
(帝国へ向かう……あ、そういえば――)
「図々しく頼んでおいて申し訳ないが、やはり私は――」
「あの、メルクさん」
「――うん?」
思わず話を遮ってしまった受付嬢に、少女は小首を傾げて見下ろしてくる。
「帝国への護衛依頼ではないのですが、その方角への道中を護衛して貰いたいという方はいます。出発は明日の朝です」
「――っ! 本当か?」
「ええ。ただ、すでにその護衛依頼を受注されている方がいますので、その方が共同での受注を了承される必要がありますが」
「……先約がいるのか? しかし、出発は明日だろう? 私はその冒険者の顔も知らないんだが……」
一瞬だけ希望に表情を明るくした少女の冒険者は、すぐに眉根を寄せてしまう。依頼を請け負った冒険者を知らないため、話のしようがないと思ったのだろう。
そんな彼女に、受付嬢は笑みを浮かべた。
「ご安心ください。その冒険者の方ならあちらに」
そして掌で指し示した先、壮年期が終わりかけた男がこちらに背を向け椅子に座っている。おそらくは先ほど渡した書類の確認をしているのだろう。
「あの方が、つい先ほどその依頼を受注された、スウェイミルさんです。もしよろしければ、どうぞ交渉されてください」
「スウェイミルさんか……どうする?」
少し逡巡するように見上げた少女に、フォルと名乗った偉丈夫は首を傾げた。
「うん? 交渉してみればいいじゃないか。あんたは依頼を受けたかったんだろう? 別に俺に気を使う必要はないぞ」
「そうか。たまにはお前と二人旅も悪くはないと思ったんだが……まぁ、お前がそう言うなら声を掛けてみよう。断られないとも限らない」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。けど、護衛依頼ならどのみち依頼主がいるからな。どうあっても二人旅にはならねぇーよ」
「ああ、たしかにそうだな」
「そういや、あんたとの二人旅なんて最後にしたのはいつだっけか? はぁ……何もかも懐かしいなぁ」
その若さで何を懐かしむことがあるのか、偉丈夫は遠い眼でギルドの天井へと視線を泳がせる。妙に似合うその姿に、もしやこの青年は見た目通りの歳ではないのかもしれないと受付嬢は思った。
(そういえばこの二人、一体どんな関係なのかしら? 友達と言うには何か軽いような……やっぱり恋人? いえ、それにしては二人の間に漂う色っぽさが感じられないわね……)
「さて……じゃあちょっくら声を掛けてくる」
「おう、行ってこい」
下世話な邪推をする受付嬢を気にすることなく、冒険者の少女はこちらへ背を向ける男の元へと向かった。
少し長くなったので、二話に分割します。




