第百九話 大賢者との別れ
「けど困ったな。アスタードが同行してくれないなら、やっぱり他の魔法使いに頼むしかないか」
アスタードの想いを汲んだフォルディアだったが、そうすると今度はフォルディアの迷宮探索に支障が出てしまう。
フォルディアはもともと、高難度の未踏破迷宮『暗抗迷宮』に挑戦するためアスタードを誘いに来たのだ。このままでは完全な無駄足である。
「すみませんね。君にはケーナを助けてもらったというのに」
「へへ、気にすんなよ。俺にとって武器ってのは何より大事だが、他人様の大事なもんを犠牲にしてまで手に入れるつもりはねぇ。アスタードには劣るだろうが、知り合いの魔法使いに頼むとするさ」
「えへんっ……こほん、こほん」
謝罪したアスタードに片手を上げて見せたフォルディア。そんな彼に、メルクはこれ見よがしに咳払いしてみせる。
「うん? どうした、メルク。風邪か?」
「違う。あー、なんだ? その迷宮探索、私が同行しようか?」
「へっ? いや、たしかにエルフってだけあって今のお前の魔力は大したもんだが……俺は腕利きの魔法使いを探していてなぁ」
メルクの申し出に、微妙な顔つきで彼女の腰元へフォルディアは眼をやった。どうやらメルクの両側の腰に下げられた剣と木の棒を見て、前世と同じく双剣士として鍛えていると思ったのだろう。
「フォルディア。先ほども言いましたが、ケーナの傷を治したのはメルクです。今の彼女は僕以上に魔法に長けているはずですよ。連れて行って足を引っ張られることはないでしょう」
「ええ、本当かよ? エステルトの時には自分の魔力すら感じられず、意図した魔法なんて一つも使えなかったじゃねぇーかっ! いや、武器が木の棒の時点でなにかおかしいと思っちゃいたが、そうか、今は魔法が使えるのか……でも、普通に両方とも真剣にすればいいんじゃないか?」
アスタードの口添えに、フォルディアは一応は納得したように頷きかけたが、しかしすぐに疑問を感じたのか首を傾げた。
今さらなフォルディアのその純粋な疑問に、メルクは答えに窮し鼻白む。
たしかに普通に考えれば、木の棒を使うよりも真剣を使った方がいいだろう。エルフの里にいた時のように、真剣の所持を禁止されているわけでもないのだから。
メルクにしたって、木の棒より真剣が良いのは無論のことわかっているが、かと言ってこの木の棒にはそれなりの愛着があるのだ。木の棒でも魔力硬化によって真剣以上の強化が施せるため、並みの真剣を装備するくらいならこの木の棒で満足してしまっているところがある。
しかしそんなことを馬鹿正直に話すのも少し癪で、メルクは木の棒の柄の部分を軽く叩いた。
「……ふーん? 私の実力とこの木の棒に疑問があるのなら、小屋の表で一戦交えるか? 全力の本気をお見舞いしてやるぞ?」
「……へ、冗談。エルフの馬鹿げた魔力量に加えてアスタード以上に魔法に長けてんだろう? おまけに俺は、剣技であんたに一度も勝ったことがねぇ……勝負にならねぇーよ」
「剣技では、な。魔法を含めた総合的な戦いはお前に軍配が挙がっていたろう? それに、エステルトの時と今の武器は違うぞ?」
「そりゃあお互い様だ。あんたに『与力剣』と『剛剣』がないのと同様、俺の『魔抗剣』も弟子にくれてやってねぇーんだ」
両手を上に上げて掌をひらひらと振るフォルディア。その姿を見れば、どうやらメルクと力試しするつもりは毛ほどもなさそうだ。それからニカリと嬉しそうに笑みを見せる。
「あんたが魔法を使えるってのは分かった。それよりも、気心が知れたあんたがついてきてくれるなら助かるぜ。よろしくな、メルク」
「……そうか。まぁ、お前が納得してくれるのなら、なんでもいいが」
言い出しはしたが、メルクもそれほど戦いたかったわけではない。フォルディアがメルクの魔法の腕を信用してくれるのであれば、無理に戦う必要はないだろう。
「さて、それじゃあ私は公爵の兵士たちにケーナが見つかったことを知らせよう。まだ探してくれているだろうし、ケーナのためにここへ馬車を手配してもらおう」
「お願いします。僕はここでケーナを見ていますので」
「ああ。ちょっと待っていてくれ」
「うん? 何を言っているんですか?」
一旦この場を離れようとしたメルクだが、不思議そうなアスタードの声で蹈鞴を踏む。
「何が?」
「公爵の兵にケーナの発見と馬車の手配を告げたら、そのままフォルディアとチュリセ帝国へ向かって下さい。別に、ここへ顔を出す必要はありませんよ」
「……お前、そういうところは変わらねぇーな」
情緒の欠片もないアスタードの言葉に、フォルディアが呆れたような顔をする。
「いや、たしかに武器が早いところ欲しい俺はその方が嬉しいぜ? けど、せっかくこうして三人が再会したんだぞ? 店で一杯ひっかけるとか、さ」
「申し訳ありませんが、弟子がこのような状態で酒を嗜めるほど薄情ではありませんので。それに……これっきりではないでしょう?」
こちらを見るアスタードの瞳には確信の色が濃く宿り、これから高難度の迷宮へ挑むこちらの無事を微塵も疑ってはいない。
だからメルクもフォルディアと互いの顔を見合わせ、肩を竦めてからアスタードへ笑みを浮かべて首肯した。
「当たり前だ。迷宮を踏破したら、またお前の家に押し掛けよう。盛大にもてなせよ? あと、お前は呑むの禁止だからな」
「な、なんでですか?」
メルクの厳命に抗議するアスタードに「酒癖が悪いからだよ」とは答えず、近づいて掌を差し出した。
「……じゃあな、アスタード。世話になった……元気で」
「ええ、また顔を見せに来てくださいよ。イリエムについて何か分かったら、必ず知らせてください」
「ああ。お前もケーナの記憶が戻るまでは、彼女においたをするんじゃないぞ? ははっ」
冗談めかして告げたメルクに、アスタードは怪訝そうに首を傾げた。
「『おいた』? どういう意味です?」
「はは……」
彼のそんな真面目そのものな声音に、メルクは笑みを引っ込め押し黙る。そして戸惑うフォルディアを連れて無言のまま小屋を後にした。
「メルクっ! 『おいた』って何です?」
背後の掘立小屋からアスタードの声が追いかけてくるが、メルクは聞こえないふりをしてフォルディアに問いかける。
「なぁ、あいつが子ども過ぎるのか? それとも……私が穢れているだけか?」
「……おっ。もうそろそろ真っ暗になりそうだ。少し、急いだほうがいいかもな」
気落ちするメルクの問いには答えず、フォルディアは露骨に話題を変えようとした。無骨ながら、彼なりの優しさの表れであろう。
ただ何と言うか――それは何とも締まらない、残念な別れだった。




