第百三話 魔力探知
「……見つからないな。一体ケーナはどこにいったんだ?」
ログホルト市内でケーナに関する聞き込みと捜索を行っていたメルクは、同じく必死な顔つきで彼女を探すアスタードへと声を掛けた。
声を掛けられたアスタードは大賢者と呼ばれている彼らしくもなく、険しい顔で首を横に振る。
「それが分かれば苦労はないんですが……それらしい馬車が通ったという話もこの辺りでは聞けません。おそらくは別の場所へ向かったのでしょう」
「ああ。あいつらはおそらく、帝国の手先だろう。フォナン伯爵が死んだ今、グローデル博士の研究の存在を知っているのは奴らだけだからな」
「ええ。公爵の兵士に化けるなんて怖れ知らずな真似、並大抵の者には無理でしょうし……ログホルト市から帝国へ繋がる道は、全て念入りに探した方が良さそうですね」
「ああ。なんにしても早く見つけないと……夕暮れも近いぞ」
レザウ公爵の兵士に化けた彼らの狙いは、最初からテテムの――テテムに化けた帝国の間者の奪還だったのだ。
それを見抜けず、あろうことかケーナを保護者代わりに付けて送り出してしまった。明らかに、メルクとアスタードの失策である。
グローデル博士の研究成果を狙っていた伯爵が死に、事件が一段落したと油断していた。そもそも、博士の孫に過ぎないテテムを取り戻すため帝国が兵士に扮装するなど想像だにしていなかった。疑うなんて考えすら思いもつかなかったのである。
いや、それは単なる言い訳に過ぎない。
結局は帝国にまんまと出し抜かれてしまったということだ。
伯爵の手によって荒らされた博士の部屋から、テテムに扮した帝国の間者をアスタードの家へ連れ帰った時点で、メルクたちは敵の計略に嵌っていたのである。
後悔しても手遅れだ。
「大賢者様っ! こちらの者が、不審な馬車を見かけたと申しております」
「そうですか。話を聞かせてください」
探索場所を変えようとしていたメルクたちの元へ、レザウ公爵の兵が息を切らせ行商人風の男を連れてきた。
「おい、君。さっきの話をもう一度頼む」
「は、はい。えーと、午前中にラウバダ王国の方角から山の方を通って来たのですが、その途中で獣道を強引に走る馬車を見ました。一瞬でしたが、兵士の着ていた鎧にレザウ公爵家の紋章が見えたような……」
「なるほど。ありがとうございます。メルク、ラウバダの方角……どう思います?」
「ここからラウバダ王国は西側だが、山の途中で帝国のある北側に方向転換可能だ。おそらく山を突っ切った方が、帝国へ早く着くと考えたのかもしれないな」
もちろん目撃者がいることを見越して、正体がバレないようにわざとラウバダ王国へ向かうふりをした可能性もある。メルクは目撃したという商人の言うことを、直感的に「信用できる」と考えた。
むろん、メルクの勘など何の根拠にもなりはしないが、アスタードも吟味するように二、三度頷く。
「それに……山へ入ったのには、他の理由があるかもしれませんしね」
そしてぼそりと小さく呟いたのを、メルクは辛うじて耳に入れ聞き返した。
「他の理由?」
「……ええ。あまり考えたくはありませんが、帝国へ連れて行くのに邪魔な者の後始末です」
「――っ! それって……」
「はい。とにかく、その山へ行ってみましょう」
行商人の案内で、夕暮れ前にメルクたちは不審な馬車が目撃された山へと辿り着くことができた。
夜目の利くメルクはもちろん、魔法によって暗闇を見通すことが可能なアスタードは、日が暮れて往生するようなことはない。だがケーナの安否を思えば、一刻も早く探し出したかったのだ。
手掛かりはないかとしばらくく周囲を探索し、アスタードが目撃地から少し離れた場所でメルクを呼んだ。
「どうした?」
「これを見て下さい」
「これは……」
それは、切り立った崖の傍の地面にばら撒かれた血痕だった。
致死量であってもおかしくない程の血痕が、崖の縁まで続いている。この出血量で仮に生きていても、断崖から落ちてしまえばそうそう助かるまい。
「魔力探知を使います」
険しい顔をして姿勢を正すと、アスタードは自身の身体から魔力を広範囲に放出する。優れた魔法使いに送られる称号『大賢者』と呼ばれるだけあって、アスタードの身体からは人間とは思えない量の魔力が解き放たれている。彼の魔力が及ぶ範囲にケーナがいれば、すぐに居場所がわかるはずだ。
だが――。
「――くっ。駄目ですね……」
おそらく欠乏ぎりぎりの魔力を使用したのだろう。アスタードは額に汗を浮かべた青白い顔で片膝をつく。
魔力探知は体内の魔力を薄く放出し、平常時の感覚だけでは把握できない距離と規模の魔力反応を調べる技だ。そのため広範囲を探せばそれだけ使用する魔力も多くなるが、探索を打ち切れば消費されることなくすぐに魔力は身体へと戻ってくる。なのでじきにアスタードの疲労感はなくなるはずだが、アスタードの魔力量を以てしてもケーナの存在は感じられなかったようだ。
もしかしたらこの周囲にはいないのかもしれない。
「崖を下り、もう一度調べてみましょう」
「……その前に、私もやっておこう。今なら一応、私の方が魔力量だけなら上だ」
「ああ、たしかにそうですね。では、お願いします」
メルクの言葉に、アスタードは顔を顰めることもなく頷いた。別に望んでもいない大賢者と呼ばれることへの矜持は、それほど持ち合わせていないのかもしれない。あるいは単純にエルフと魔力量を競うだけ無駄だと考えているのだろうか。
ともかくメルクが調べ直すことに、特に嫌悪感は見せなかった。
(さて……ケーナは見つかるかな?)
目を閉じ、身体から極限まで濃度を薄くした魔力を放出し、辺りの探索に充てる。
一般的にエルフは人間よりも種族として魔力保有量は多いとされている。そのエルフの中にあって、メルクの魔力は一際抜きんでているのだ。
アスタードがカバーしきれなかった崖下まで軽く探知範囲に収め、なおかつさらに範囲を広げ――。
「――うん?」
「どうしました?」
「……見つけた。ケーナの魔力だ」
「なんですって? 本当ですか?」
驚くアスタードに頷き、メルクはゆっくりと目を開けた。