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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第百話 化生の民

祝百話っ!


「テテムっ! おーいっ! いないのかっ!」


 燃え盛る屋敷の中に入り周囲の魔力の気配を探るも、人間の者らしき反応は感じられなかった。

 このぶんではおそらく、伯爵自身も一緒に燃えてしまったのだろう。やはりどうあっても逃げられないと悟り、自害したのかもしれなかった。


(だからってテテムを巻き込むなよ……)


 さらっておいて自分の無様に幼気いたいけな少女を巻き込むなど――メルクは今さら意味はないと知りつつも伯爵に対し一層の怒りを募らせた。

 その後も焼ける屋敷の中をしばらく探し続けたが、探し人である少女の姿を発見するには至らない。すでに事切れ炎上している人間は多数見つけたが、どれも探す少女と違うことはその背丈からしてすぐに解った。だが見つけられないだけで、探している少女もきっと――。


 自分の無力さに、メルクは肩を落とす。


「テテム……やはり、だめか」


 本音を言えばもう少し捜索を続けたいが、屋敷が完全に崩壊するのも時間の問題だ。そうなると、いくらメルクと言えどもただでは済まない。

 後ろ髪を引かれる思いを振り切り、手遅れになる前に屋敷の入口へと身体を向けた。


「――つぅっ?」


 その途端うなじに痛みが走り、メルクは思わず足を止める。そしてその瞬間、隣の部屋から微かな息遣いが聞こえたような気がした。


(気のせい……か?)


 なにせ、周囲は火がぜる音で満ちている。息遣いなど聞こえるはずもない。そもそも聞こえたその部屋の扉はすっかり焼け落ちてしまい、燃える木材が部屋の入り口をふさいでいた。

 中が火の海であることなど想像に難くない。おそらく、確認したところで無駄だ。


(……でも、気になるよな)

 

 メルクは徒労に終わることを覚悟で、木材を蹴り飛ばし部屋の入り口を開ける。

 すると中は思ったよりも火の手は回っていなかった。


「木材が火を遮断していたのか? うん?」


 そしてその部屋の一角に見覚えのある銀の髪が見え、メルクは慌てて駆け寄った。


「て、テテムっ! おい、大丈夫かっ?」


 倒れ込んでいた少女を抱き起し、その無事を確認する。


 意識を失っているようだが見たところ怪我もないようで、炎や煙に巻かれた様子もない。完全に無傷だった。安堵しつつもメルクや外の兵士たちの魔力探知に引っかからなかった理由を考え、少女の胸元で光る魔石で思い至る。


(そういや魔力を隠す魔石だったか? 考えてみれば厄介な石だな……)


 運よく発見できたが、うなじが痛まなければ一体どうなっていたことやら。

 とにかく少女を抱えると、メルクは一目散に屋敷の入口へと向かって走った。

 途中、天井のへりや柱などが落下し倒れてきたが、全て弾き飛ばし最短で火の海を駆け抜けた。

 そして見事に腕の中の少女を屋敷の外へと連れ出すことに成功する。


「うおっ?」

「ひ、人が飛び出して来たぞっ!」


 メルクが屋敷から転げ出るように現れると、付近で取り囲んでいた公爵の兵士たちが驚いたような顔をして身を引いた。

 この状況では、生存者は絶望的だと思われていたのだろう。


「……やれやれ。君にしては遅かったじゃないですか? 冷や冷やしましたよ」


 そんな中、一人だけこちらへと一歩近づきアスタードが首を傾げた。その可愛くない台詞に苦笑しつつ、メルクは抱いていた少女を大賢者に押し付けた。


「ふぅ、さすがに疲れた。交代だ」

「あ、ちょっと……まぁいいでしょう。しかし、テテムが無事でよかったですね。彼女まで失っては、博士に申し訳が立ちませんから」

「本当にな。無事でよかったよ」


 そんな会話をしていれば、いよいよフォナン伯爵の屋敷は大きく炎上し、ついに焼け崩れ始めた。メルクたちがまだこの建物の中にいたとすれば、さすがに危なかっただろう。


「しかし、この状況でテテムを救い出しますか……さすがは『化生けしょうの民』といったところですね」


 無残に燃えて行く屋敷を見ながら、打って変わって本音らしき言葉をアスタードが呟く。疲労から聞き流そうとしたメルクだったが、聞き覚えのある単語に首を傾げてアスタードを見た。


「『化生の民』……前も言っていたな? たしか、お前の部屋にいた時か? どういう意味だ?」

「ああ、知らなかったんですね? 君が転生したエルフは昔から『化生の民』と呼ばれているんですよ。その浮世離れした美しい容姿に隠された人間を凌駕する魔力。何年も老化せずに永い時を生きる――まさに化生の類いでしょう?」

「……そりゃあ人種差別だな」


 アスタードの口から紡がれたそんな説明に、今世ではエルフとして生きるメルクは脱力して苦笑した。


「ふぅ……フォナン伯爵を捕まえることはできなかったが、ともあれグローデル博士のかたきは討った形だ。テテムもこうして無事だったし、おそらく屋敷とともに博士の研究資料は燃えて帝国に渡ることもない……これは一件落着でいいのか?」


 事後処理に奔走ほんそうしていると思しき公爵の兵を他人事のように目の端で捉えつつ、メルクは少女を抱きかかえているアスタードへ問いかけた。

 大賢者は一度首肯し、しかしすぐに眉間にしわを寄せ難しい顔つきとなる。


「たしかに事件は落着したように思えますが……まだ色々と不可解なことがありますね」

「不可解なこと?」

「ええ。先ほども言いましたが、伯爵はどのようにしてテテムの存在に気付いたのか。それにどのようにして僕の張った結界を突破し彼女を誘拐、手紙を残したのか……さらに言えば――」

「ああ、たしかに気になるが、こうしてテテムは取り返したんだ。たとえそれらの理由が分かったところで、今さらあんまり意味はないんじゃないか? どうしても気になるんなら、あとでゆっくりと考えてもいいだろう」

「……まぁ、そうですね」


 どのような方法を用いたにせよ、結果的にはフォナン伯爵の誘拐は無駄に終わり、彼の企みを未然に防ぐことができた。

 これ以上の成果はないだろう。


「では、帰りましょうか? きっとケーナも心配しているでしょう」

「けどいいのか? 公爵の兵が事情を聴きたがるんじゃないか?」

「僕らが知っていることは、すでに公爵には報告済みです。必要があればあちらから連絡は来ますよ。それよりもテテムを休ませてやりたいじゃないですか」

「そうだな……帰るか」


 こうしてメルクとアスタードは混乱状態の公爵の兵士たちの間を抜け、意識を失ったままの少女を連れて帰宅したのだった。



 


「――テテムちゃんっ!」

「しっ。まだ寝ているんですよ?」

「あ、すみません……」


 帰宅したアスタードが抱いている銀髪の少女を見るや、ケーナが安堵のあまり大声を上げた。アスタードはそれをたしなめながらも、労わるような優しい手つきでケーナへと少女を手渡す。


「ふぅ、どこかのエルフが全然代わってくれないので、少し肩が凝りましたよ」

「なにを? 博士の家から連れてくるときは、私の方がテテムを長く負ぶっていたはずだ。これくらいでだらしない」

「体力馬鹿な君と一緒にしないでください」

「誰が体力馬鹿だ? 今の私は可憐なエルフだぞ?」

「可憐とか自分で言わないでくださいよ。笑ってしまいます」

「笑ってないじゃないか」

「うっ?」 


 わざとらしく肩を回す大賢者と言い合いの末、メルクは仏頂面のアスタードへ肘打ちを食らわせ黙らせた。

 口が達者で理屈をこねるような奴には、口よりも手の方が話は早いのだ。

 

「……」


 そしてそんな二人のやりとりを、ケーナが少女を抱いたまま唖然とした様子で見ていた。


「あ……」


(しまった……不用意に仲のいいところを見せてしまった。ケーナが誤解しなければいいが……)


 メルクからしてみれば昔馴染みの同性相手に冗談をしたつもりだが、今の姿では知らぬ者が見ればカップルのたわむれととられかねない。アスタードに想いを寄せるケーナにそう勘違いされるのは本意ではなかった。


「……メルクさんって、エルフだったんですか?」


 しかし、ケーナが首を傾げて問いかけてきたのはそんな思わぬ言葉だった。

 そういえば、ケーナには自分がエルフであることを伝えていなかったような気もする。


「あ、まぁな」


 別にケーナにエルフであることを隠す理由もない。メルクは拍子抜けしつつもあっさりと頷いた。

 どうやらアスタードとのやりとりは、別に何とも思わなかったらしい。 


「そうだったんですね? どうりでお美しいと思ってたんです。髪をかせていただいた時も耳が特徴的だなぁって思ってたんですけど……そっかぁ、エルフだったんですね」

「――メルク、言ってもよかったんですか?」

「別に隠す必要もないだろう。人里じゃエルフはたしかに珍しいが、迫害されてるわけでもないんだし」

「……そうですね」


 軽く認めてしまったメルクへアスタードが何とも言えない表情を向けてくるが、メルクとしては単に言う機会がなかっただけだ。

 そもそもアスタードが不用意な発言をしたせいで、こちらがエルフだと知られてしまったのだが。


「けどエルフかぁ……ふふ、納得しました」

「え?」

「いえ、私と歳はそう変わらなさそうに見えるのに、大賢者様ととても仲良しだったから。そうですね、エルフの方なら見た目通りの歳じゃないですもんね」

「……はは」

「ええ。彼女はこう見えて僕よりも年上ですよ」


 ケーナの言葉に笑って誤魔化したメルクに、アスタードがぬけぬけとそんなことを言う。しかしたしかに、エステルトであった時を含めればアスタードよりも年上には間違いない。今世では十四でしかないにもかかわらず、メルクもその言葉を強くは否定できなかった。


「まぁっ。やっぱりそうだったんですか?」


 おまけにケーナは得心がいったとばかりに関心しきりだ。今さら取り繕うことなどできまい。


「メルクさんって、本当に私がイメージしていた通りのエルフなんですね。スタイルが良くてお美しくて聡明で……もちろん秘められた魔力量もすごいですし薬も調合できる……まさに『化生の民』って感じです」

「うん? ケーナもその言葉を知っているのか」


 先ほどアスタードにも言われた言葉をケーナにまで言われ、メルクは困惑しながら首を傾げる。

 前世では一度も聞いたことがなかったが、そこまで広まっている言葉なのだろうか?


「魔法を学ぶ者は大抵聞いたことがあるはずです。なにせ我々魔法使いは、基本的にエルフのような存在になることを最終的な目標として掲げるくらいですから」

「へぇ、そうなのか?」


(なら俺が知らなかったのは、前世じゃ剣士だったからか)


 魔力が乏しく、魔法が全く使えなかった前世でその言葉を知る機会がなかったのも無理はない。おまけにメルクとなってからも今までエルフの里で暮らしていたのだ。エルフが自らを『化生の民』などと自称するはずもないので、今までメルクが知らなかったのは当然ともいえた。


「それではテテムも無事に戻ってきたところで、お昼としましょうか? ケーナ、用意はできていますか?」

「はい」


 ここでようやくメルクとアスタードも玄関から移動し、ケーナの後に続いて居間へと入る。そしてメルクがそこにあったテーブルへふと目を移すと、見覚えのある薬が置かれていた。


「これは……」

「え? ああ、メルクさんから頂いた肩掛けの鞄に入っていたんです。それだけ何の薬か分からなくて……」


 抱えていた少女を傍の部屋に寝かせてきたケーナが、メルクの視線に気付いて首を傾げた。


「――いや、これは間違って入っていたものだ。ケーナには必要のない薬さ」


 小さな四角形の緑色の薬を摘まみ上げ、メルクは首を横に振った。

 それは博士の家で見つけた、心臓の発作を抑える薬だ。どこに行ったかと思えば、ケーナへ渡した薬に混ざっていたらしい。


(もう、この薬は必要ないな……)


 この薬を服用していたであろう博士は自ら命を絶ち死んでしまった。他者が誤って飲むおそれもあるため、メルクは薬を居間の窓から外へと放り捨てた。やがて雨風で跡形もなく消えてしまうだろう。


「これで一件落着、か……」


 地面に落ちた薬を見ながら、アスタードではないがどこか腑に落ちない気持ちを抱き呟いた。

 何かを見落としている気もするが、きっと考えすぎだろう。

 追い詰められていたとはいえ、フォナン伯爵がまさか屋敷ごと自害するとは思わず、少し動揺もあるのかもしれない。

 

(伯爵は死に、こうしてテテムは取り戻したんだ。だから、これでいいんだよな?)


「ケーナ、テテムは起こさないんですか?」

「テテムちゃんはあんなこともあって疲れてるでしょうし、もう少しだけ寝かせておきましょう。あの娘の分も、ちゃんとわけて置いてます」

「そうですか。ケーナはしっかりしてますね……将来は良い奥さんになりそうです」

「へっ? あ、は……ぃ」

「ん? どうかしました?」


 料理をテーブルに並べながら会話をする二人を見やり、メルクは小さな笑みを浮かべた。


(あの二人、なんだかんだ良い感じだな。お邪魔虫になる前に、俺もここを出ないとな)


「メルク。見てないで君も手伝いなさい」


 メルクの意味ありげな視線に気付いたのか、少しだけアスタードがムッとしたように料理の乗った皿を突き出してくる。メルクは苦笑しつつ、その皿を恭しく受け取った。


「かしこまりました、大賢者様」

「うむ、よろしい……」


 珍しく冗談に乗っかってみせたアスタードは、しかし照れくさくなったのかメルクへ皿を渡しそそくさと席へと着いた。そんな相変わらずな大賢者様を少し笑い、メルクも椅子へと腰を下ろす。


 料理を運び終えたケーナも着席し、いっせいに食べ始める。

 

 その食卓にはたしかに、気心の知れた者同士の団欒だんらんがあった――。




お読みいただきありがとうございました。

第百話で切りよく第三章を終わらせようと思ったら、随分と長くなってしまいました。申し訳ありません。

 

そしてうすうすお気づきかと思いますが――もう一話だけ続きます。次話が本当の第三章の最後です。

 

 今話よりもさらに二倍近い文字数となっていますが、ご勘弁ください……。

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