第五十七話 ウキウキ、妄想、ギャラリーデート
「へぇ、こんな店があったのか」
「あら、アベルは、来るのは初めてですの?」
興味深げに店内を見回すアベルに、ミーアは笑みを浮かべて言った。
「そうだね、不勉強ながら。セントノエル島に絵画が楽しめる店があるとは思ってもみなかったよ。王族として恥ずかしくない程度には絵画にも通じているつもりなのだが……」
「まぁ、では、もしかして、ご自分で描いたりも……?」
「いや、生憎と見るほうが専門だね。なにせ、知ってのとおり我が国は、芸術より軍事力が重視される国なものでね。一応、戦場を把握する一環として、地形図の描き方なんかは、習ったことがあったが……。ははは、風情に欠けることこの上ないな」
そうして、肩をすくめるアベルであった。
「ミーアは何度か、来たことがあるのかい?」
「ええ、そうですわね。以前、来た時には確か、この辺りにラフィーナさまの肖像画を集めたコーナーがございましたわね」
そう言えば、自分が一緒に描かれた肖像画もあったっけ……っと探してみるも、どうやら、もう展示していないらしい。
――さすがに、ラフィーナさまの肖像画は人気みたいですわね。一枚もなくなってるなんて……。
ちなみに、ミーアは自分の肖像画に対しては、やや気恥ずかしさは感じるものの、そこまで拒否はしていない。自分の黄金の像とか、黄金の灯台とかに対しては抵抗を感じるが、肖像画はそれほどではない。
なにかあった時、燃やされてるのを見るのは、切ないだろうが……それで国が傾くはずもなし。
――お父さまの怒りを買うような物でなければ、特に気にする必要もございませんわね。
達観しているミーアである。
いや、達観ではなく……、それは、油断だったのかもしれない……。
「いろいろな趣向の絵が取り揃えてありますから、少し回ってみましょうか」
そうして、二人は並んで、お店の中をゆったり歩いた。
まるで……セレブのデートのようだった! 珍しいことに!
「ああ、この絵はヴェールガの有名な画家のものじゃなかったかな。聖画をメインで描いてたはずだけど、へぇ、こんなふうに風景画も描くのか」
その都度、ちょっとした絵の解説をしてくれるアベルに、ミーアは……うっとり見惚れてしまう。
――アベル、とても博識ですわね。最近、たくましさが際立ってましたけど、こういう知的なところも素敵ですわ。
頬に手を当て、ほぅ、っとため息を吐くミーア。その脳裏に、むくむくむく、っと妄想が広がっていく。
――アベルと結婚したら、部屋に絵を飾ることになるのかしら……とすると……ふむ。アベルはどういった絵が好みか、調べておくのも良いですわね。飾る絵でギクシャクするのもつまらないですし……。
うんうん、っと頷いてからミーアはアベルのほうを見た。
「アベルは、どういった絵が好きなんですの?」
「好きな絵か。うーん、そう、だね……」
腕組みし、小さく唸るアベル。それから、あたりをゆっくり見てから、
「ああ。この風景画なんかは綺麗でいいんじゃないかな」
アベルが指さしたのは、無数の花が咲き誇る野原の絵だった。鮮やかな色味は、なるほど、部屋の中を明るくしてくれるだろう。
――おお、さすがはアベル。なかなか、センスがよろしいですわ。寝室に飾るには、少し派手かしら。とすると……。
結婚後に暮らす部屋の妄想を、ふっくら膨らませていくミーアである。
「こっちの絵もいいな。少し空虚な感じが……。逆に見ていて落ち着くというか……」
それは、薄暗い森の絵だった。
――ふぅむ、これは、葉っぱを数えるには、良い絵かもしれませんわね。退屈な時の暇つぶしにはもってこいの絵ですわ! それに……こっそりと、この木の根元に描かれているキノコもお見事。着眼点が素晴らしいですわ。
ミーアは、アベルの審美眼を高く評価した!
さらにさらに、
「あとは、聖画なんかもいいな。幼い頃から慣れ親しんだものだからね。兄上と一緒に、絵を見ながら神聖典の話を聞いたっけな」
「まぁ。ゲインお義兄さまと……。ふふふ、大人しく、神聖典の話を聞くあの方の姿が想像できませんけど……」
「ふふふ、ちなみに、もっと驚くべきことに、お話をしてくれたのはヴァレンティナお姉さまだったんだけどね」
「まぁ! それは……確かに、まったく想像できませんわ」
とは言ったものの……ミーアは、その光景を想像しようと努力する。
それは、幸せだったレムノ王家の姉弟たちの風景だったから。
ミーアが目指すべき、一つの指針のように感じられたから……。
――アベルが、これから先、レムノ国王と揉め、廃嫡される可能性というのは、否定できませんわ。
それは、かつて図書室で見た記述の未来。
ミーアが退けた可能性ではあったが……。あの時と今とで、レムノ王国にはさほど大きな変化があるとは思えない。
ゆえに、アベルが国を追われる可能性は依然として残ったままだった。が……。
――お兄さまや妹さん、それにヴァレンティナお義姉さま……。せっかく生きて再び会えるようになったのですから、関係を修復するお手伝いができればよろしいのですけど……。
などと、ちょっぴり真面目なことを考えていたミーアであったが……。
「ああ、この馬の絵もいいな。いかにも名馬と言った感じだね」
アベルが指さしたのは、白き馬が草原を駆け抜ける絵だった。
馬は、二人の恋を象徴するようなもの。ミーアの脳内が再び、恋愛モードに移行する。
「うふふ、さすがは、アベルですわ。とても良いセンスをしておりますわね。これは、寝室に飾るのがよろしいかしら……」
なぁんて、上機嫌なミーアである。
ひさしぶりのデートに、心はルンルン、体もウキウキ弾んでいたのだ。
完全に……油断していたのだ。
店の奥までやって来たところで、アベルが不意に声を上げた。
「……むっ、この絵は」
その声に宿った警戒の響きに、けれど、ミーアは気付かなかった。
「あら、どうかしましたの?」
なにか、ほかにも良い絵があったのだろうか? とか、気に入った絵があれば今のうちに買ってしまっても良いかも? などと……当初の目的を完全に忘れていたから……罰が当たったのかもしれない。
アベルを追うように、視線を巡らせたミーアは、そこで、見つけてしまう!
「こっ、これは……」
店の端のほうに、その絵は飾られていた。
それは、少女の人物画だった……。キラキラのドレスと背中に生えた幻想的な翼。背後に三日月を背負った少女は、神々しいまでに輝いて見えた。
実に、美しい絵だった。表面がキラッキラ輝く、変わった絵だった。
けれど、それ以上に……ミーアは、その絵に描かれた少女の顔が、気になった。
サラサラの、美しい白金色の髪、宝石のように綺麗な碧眼……。見惚れるばかりの可愛らしい少女の笑顔……。これは……。
――この美しい少女……わたくしにそっくりですわ!
ミーアは心の中で叫んだ。
……まぁ、その……なんというか……ツッコミを入れたいのはやまやまではあるのだが……今回に限っては、それはできなかった。
なぜなら、そこに描かれていたのは、紛れもなくミーアだったからだ。
その髪も、その瞳も……ミーアそのものだったからだ。まぁ、若干、誇張はされていたが……。
そうなのだ、それは、ちょっぴり綺麗めに描かれたミーア……すなわち、綺麗なミーアの絵だったのだ!
そして、その絵には、こんなタイトルがつけられていた。
『女神ミーアの肖像画』
っと。




