第五十六話 孫○○誕生!
「本を使って、不安感を抑える、ですか……?」
ミーアのアイデアを聞いて、リオネルは眉を潜めた。
「そんなことが可能なのでしょうか? それに、楽しいだけの本を作ることに、意味があるのでしょうか?」
怪訝そうな顔で首を傾げる。
一方で、シオンとアベルの男子勢は、どちらかというと納得の表情を浮かべていた。それは、ミーアへの信頼の厚さを証明するもの……では、実はなかった。
そう……違うのだ。彼らは……すでに、沈められているのだ。女子勢によって……深い、深い沼に!
今や、本にハマっているのは、ミーアとクロエ、ベルだけではない。ティオーナもラーニャもシュトリナも、生徒会の女子勢は、それぞれの事情から、本を嗜むようになっていたのだ。
そして、その影響から、二人の王子たちも、すっかり小説の楽しさを、わからされてしまっていたのだ。
「確かに、読みだすと止まらない本というのは、存在するからな」
「ああ。そうだね。市民に娯楽小説が浸透すれば、暗い世相が改善されるかもしれない」
頷きあう二人を見て、驚愕の表情を浮かべるリオネル。そして、レアは……、と言えば……。
「なるほど……要は、問題を切り分けようということですね」
「…………うん?」
なにやら、よくわからないことを言い出した。
「今回の問題は『食料不足から生じる不安感』ですが、ミーアさまは、食料不足は食料不足で、不安感は不安感で対処する……問題を切り分け、個別に対応しようとされている……そういうことでしょうか?」
どうでしょう? と、ちょっぴり不安げな視線を向けてくるレア。それに応えたのは……。
「ふふふー、よくわかったわねー。さすがは、私の妹弟子だわー。お魚だってそうよー。お頭と尾っぽとでは料理の仕方が違うものー。切り分けて調理するのが、時には有効なのよー」
腕組みし、ちょっぴりドヤァな顔を見せるオウラニアだった。
そんな弟子たち(自称)を横目に、ミーアは神妙な顔で頷いた。
「…………ええ、まぁ、その……そんな感じで大体合ってると思いますわ」
まぁ、レアとオウラニアがそう言うなら、間違ってはいないのだろう、と認めるミーアである。
「なるほど……っ!」
一方で、リオネルは、ようやく納得した顔を見せて……。
「さすがは、オウラニア師匠です。とてもわかりやすい、例え話でした!」
なんと、知らぬ間に孫弟子までできてしまったミーアである!
……まぁ、孫娘がいる時点で、今さらといった感じではあるのだが。
そんなやり取りを経て、市場調査が行われたのは、次の週のことだった。せっかくだから、週の始まりの聖日、市場が最も活発になる日に調査に出ようということになったのだ。
多忙の生徒会を動員して、一行は町へと繰り出した。
ひさしぶりの町歩き、とあれば、ミーアのすべきことは決まっていた。
すすすっとアベルの隣にやって来たミーアは、ニコニコ上機嫌な笑みを浮かべる。
「思えば、アベルと町歩きは久方ぶりという気がしますわね」
他のメンバーがいるとはいえ、気分はすっかり楽しいデートである。
「そうだね。ガヌドス港湾国以来だったかな……」
あの時は、大変だった、と苦笑いを浮かべつつ、自然な動作でミーアに手を差し出し、エスコートするアベル。
ミーアは華やかな笑みを浮かべて、アベルの手を取りながら……。
「そうですわね。オウラニアさんのお兄さまには、いろいろとかき回されてしまいましたけど……、まぁ、上手くいってよかったですわ。ああ、そう言えば、ヴァレンティナお義姉さまの様子は、いかがですの?」
「ん? ああ……そうだね。相変わらずみたいだけど……。例の狼使い、火馬駆が面会に来た、という話はしただろうか……」
「ええ、そう……ですわね。うん、そんな話を聞いたような気がしますわ……」
「そうか。彼と話して、いろいろ思うところがあったらしくてね……。いや、それだけじゃなく、ベルが生きていたということでも、考えさせられたことがあったみたいで。少し様子が変わってきたらしいんだ」
「あら、それは喜ばしいことですわね。ヴァレンティナお義姉さまは、頭の良い方ですから、油断は禁物かもしれませんけれど……」
「ははは、大丈夫さ。もしも、姉さまが逃亡するようなことになれば……ボクがなんとかするから」
覚悟の表情を浮かべるアベル、その手を握る力を、少しだけ強めて、ミーアは言った。
「アベル、無理は駄目ですわよ? いかにお姉さんのことと言えど……一人で背負い込んではいけませんわ。わたくしがいるのですから、一緒に悩んでいただきたいですわ」
そんなふうに、親しげに話す二人を見て、リオネルがすすっと寄って来た。
「あの……つかぬことをお聞きしますが、お二人は、恋仲なのでしょうか……?」
「あら、ご存じありませんでしたの?」
なにを今さら……と首を傾げるミーアに、リオネルは神妙な顔で頷いて、
「はい。驚きました。てっきり、ミーア姫殿下は、シオン王子と恋仲なのとばかり……」
うぐ、っと、小さな呻き声が聞こえたような気がする。
「優れた統治者であるミーア姫殿下とシオン王子はピッタリじゃないかと思っていたのですが……とっても意外です!」
悪意なき刃に刻まれて、シオンのうぐぐ、という呻き声が聞こえてくる。
――ふぅむ……この容赦のなさ……どこかで見たことがあるような……。
「リオネル殿、ちょっと……」
などと、キースウッドが間に入ろうとするが、
「いや、キースウッド、別に構わない。俺だって、そうそう過去に囚われたりはしないさ。ハハハ……」
ちょっぴり、よろよろするシオンを見て、ベルが、腰の手を当てる。
「そうですよ。シオン王子がそんなの気にするはずありませんよ、キースウッドさん。それに、シオン王子は少し影がある感じが、渋くていいんじゃないですか!」
天秤王シオンの熱狂的な信奉者、ベルは、シオンの魅力を知り尽くしているのだ。
シオンにとって、大変、厄介な娘なのだ!
とまぁ、そんな感じで、みなは、いったん分散。
ミーアはアベルと共に、絵画店を訪れた(ちなみに、他の面々はお邪魔にならないように遠慮した。のぞき見をしようとしていたベルも、年少のレアとリオネルの無言の視線に、さすがに耐えかねてその場を離れて行ったという……)
そこは、以前、ラフィーナの肖像画が何枚も飾られていた場所だった。
「ふむ……絵……。そう言えば、クロエが挿絵次第で本の良し悪しが決まるとか、言っておりましたわね……。本につけるのにちょうど良い絵が見つかるかもしれませんわ」
エリスの書く物語、貧しい王子と黄金の竜は、独創的で、冒険する土地も変わった場所が多い。端的に言って、想像しづらい場所なんかもあるわけで……。
「相応しい絵描きを探すためにも、こうした場所を見るのも、良いかもしれませんわね」
一つ頷き、ミーアは、アベルのほうを見た。
アベルは、優しい笑みを浮かべて頷いた。
こうして、ミーアの楽しい絵画店デートが始まったのだった!