第五十四話 パティ、忠義のメイドのなんたるかを知る
さて、翌朝のことだった。
自室を出たミーアは、廊下をズンズン進みつつ、ふわぁぁむ、っと大きなあくびを一つ。
「ううむ……昨夜は眠れませんでしたわね……」
そんなことをつぶやいた。
そうなのだ。ミーアは、自らの思い付き、エリスの原稿を本にして、ヒット作にする! の素敵さに、ワクワクしてしまい、ついついいろいろ考えてしまったのだ。
こんな表紙はどうだろう? 背表紙の文字はこのぐらい。お店に並べた時に映えるのは、どういうデザインがいいだろう? しおりに押し(あるいは推し?)キノコを挟んでおくのはどうか?
などなど……そんな構想を練っている内に、眠れなくなってしまったのだ。
「目を開けたら、朝でしたの」
そうして、アンヌに微笑みかければ、アンヌはニッコリ頷いた。
「ダメですよ。ミーアさま。夜はきちんと眠らないと、お肌に悪いです」
などと、緩めに注意する。そんな二人のやりとりを見て、
「えっ……?」
思わず、と言った様子で疑問の声を上げたのは、パティだった。
なぜなら、夜中にトイレに起きた彼女は目撃していたからだ。口を開けて、気持ちよさそうに眠るミーアを!
「眠れ、なかった……?」
ついでに、物音で目を覚ましたアンヌが、熟睡するミーアに毛布を掛け直し、それから一緒に、トイレについてきてくれたわけだが……。アンヌは何も言わずに、黙ってミーアの話を聞いていた。
「そうなんですの。ダメですわね。眠る時にいろいろ考えごとをしては。うふふ、あまりに真剣に考えたものですから、途中からお話の登場人物が枕元に現れて……」
「おお! それは楽しそうですね。ボクもあの王子とは話してみたいと思ってました!」
楽しそうに歓声を上げるのは、朝から元気なベルだった。
それって、夢なんじゃ……? というツッコミを……する者はいない!
再度、パティはアンヌに目を向ける。っと、アンヌは優しげな笑みを浮かべてミーアの話を聞いていた。
「……なるほど……これが、忠臣」
忠義のメイドのなんたるかを学ぶパティであった。
まぁ、それはともかく……。
こうして朝食を終え、着替えて授業の準備をしてから、ミーアはいち早く教室にやって来た。
窓際の席、本を開いている読み友のところに一目散に向かったミーアは、
「あら、クロエ、なにを読んでおりますの?」
「あ、ミーアさま。実は、例の共同研究について、海の食べ物の知識が欲しいって、レアさんとリオネルさんから相談を受けまして」
そうして、クロエが差し出したのは「絶叫! 秘境の珍味レシピ 絶海の怪奇生物料理篇」なる本だった! どうやら、「絶品! 秘境の珍味レシピ」の外伝的な本らしい。
「あら、表紙に描かれている絵は、ポヤァですわね。ふふふ、それを最初に持ってくるとは、なかなかにセンスが良い本ですわ」
「そうなんです。他にも、見るからに奇怪だけど、食べてみたらすごく美味しかった、という食べ物がたくさんで。ほら、このウニィというのも、トゲトゲしたのの中に、ねっとりしたのが入ってて、とっても美味しいんだとか……。それに、このユキフラシというのは、見た目がちょっぴり気持ち悪いんですけど……」
などと、クロエが紹介してくれるのは、どれも、突然、部屋で見かけたら、ちょっと悲鳴を上げてしまいそうなものばかりで……。
「こんなのが食べられるなんて、盲点ですわね。ふふふ、でも、子どもはこういうの好きだから、喜んでくれるのではないかしら?」
「はい。リオネルさんはすごく興味深そうにしていて。レアさんのほうは、そんなに乗り気ではなさそうでしたが、何が食べられるのか知っておくことは、生徒会長として大事なことなんじゃないかって言ってました」
……大切な親戚の子どもたちに、恐ろしい本がもたらされようとしていることを、ラフィーナは知る由もないのであった。
それはともかく……。
「ところで、少し相談があるのですけど、よろしいかしら?」
きょとん、と瞳を瞬かせるクロエに、ミーアは昨夜の思い付きを開示した。
「なるほど。貧しい王子と黄金の竜を本にして、大陸中に広める……」
クロエは、顎に手を当てて、ムムム、っと唸った。
「確かに、あの本は、とても面白い。興奮して、不安感なんかなくなってしまうかもしれません……けど」
っと、そこでクロエは腕組みする。
「あの内容に没入させるために、しっかりとした商品に仕上げなければなりませんね」
「わたくしは、しっかりとした革の表紙にするのがよろしいんじゃないかと思いますの。あの重厚なお話に耐えうる、立派な表紙をつけて上げて……」
「はい。それはわかりますが……あまり値段が高くなってしまうと、庶民には広まりづらいかもしれません。それよりは……。ううん、でも……あまり安っぽくても……。もともと高価な物だし、それならいっそ、値段を上げて、耐久度を上げる……?」
なにやら、ぶつぶつとつぶやいているクロエ。
「キノコをスライスして乾燥させた、押し花のようなしおりを特典につけるのはどうかと思っておりますの」
などと言う、ミーアのアレな言葉も聞こえていないのか……クロエはジッと考え込んで、それから、眼鏡をクイッと上げて……。
「いずれにせよ、そういったものには流行り廃りがありますから、ここは、市場調査が必要なのではないかと思います」
クロエの提案に、ミーアは瞳を瞬かせた。
「ほう! 市場調査……というと?」
「巷に出ている本の装丁や表紙のデザイン、全体の作りなどを調べるんです。下手な物を作ってしまったら、せっかくの原稿が台無しになってしまいますから。挿絵なんかにも、良い絵が見つかるかもしれません。市場で色々と見て回るのがよろしいんじゃないでしょうか」
その提案に、ミーアは重々しく頷いた。
「なるほど。ここは、セントノエル。流行の最先端ですわ。良きアイデアが見つかるかもしれませんわ。わたくしたちだけで回るのも大変ですから、生徒会のほかの方たちも巻き込んで……」
かくてミーア発案のセントノエルの市場見学が企画されることになった。




