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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第五十一話 ……と、ミーア

 ――おお、レアさん、なかなかすごいですわ……。

 じっくりと、固唾を飲んで見守っていたミーアは、聖堂内の空気が変わるのを感じていた。

 最初、あざとくも転びかけ、上級生の庇護欲をくすぐった直後、レアは立派に、堂々と演説をやってのけた。リオネルの演説の中で、頷けるものはきちんと取り入れつつ、それを上回る論理を展開してのけたのだ。

 途中、もともとの原稿から外れた時にはどうしようかと一瞬焦ったが、レアのほうはまったく慌てる様子は見せなかった。

 その威風堂々たる話しぶりは、今までの応援演説とは一線を画すもの。ずっとうつむき、目を合わさず、ただ原稿にだけ集中していたレアとは違い、今日のレアには、清らかな威厳があった。

 それを見た誰もが思った。

「これは、本当にあの、自信なさそうにしていたのと同じ少女だろうか?」

 と。

 そして……感じた。

 ミーアの言葉の正しさを……。

 なるほど、このレアという少女は、確かに弱々しく頼りなかった。けれど、今日、演説をした彼女は十分に、人の上に立つ風格を備えていた。成長が、あったのだ。

 であれば、ミーアの言うことも頷けるのではないか、と。

 レアの成長を信じる、レアならば必ず生徒会長ができると信じる、みなの支えと助けを受けて成長するから、と、その言葉に一定の説得力が生まれた。

 さらに、話し終えた、まさにそのタイミングで、レアが眼鏡を外した。瞬間、何人かの生徒たち……特に、男子生徒たちが息を呑んだ!

 そう、俗に言う「分厚い眼鏡を取ったら美少女でした」というやつを、目の当たりにしてしまったからである。選挙演説で回っていた間は、いつも、ちょっぴりうつむき気味であったゆえに、あまり見てはいなかったが……こうして見ると、レアはとても愛らしい顔をしていた。

 しかも、レアのまとう空気感も微妙に変わっていた。なんというか、こう、弱々しくて、つい守ってあげたくなるような、小動物めいた雰囲気が戻ってきたのだ。

 レアは……ギャップの塊だった。

 少し前の立派な演説との間に生じた激しい落差に、何人かの生徒がクラァッと来ていた。

 ……大丈夫なのだろうか? セントノエル……。

 ……大丈夫なのだろうか? 大陸の未来……。

 まぁ、それはともかく。

 その後、司教の祈りの後、投票の時間に移った。すべての生徒が、前方の投票箱に票を投じた後、集計作業が始まる。作業にあたるのは、ヴェールガ本国から選挙のために派遣された司教たちだ。

 そうして、しばしの静寂の後……司教の口から告げられたのは、レアの勝利だった。


「ミーア姫殿下……」

 投票の儀の終了が告げられ、にわかに生徒たちにざわめきが戻って来たところで、リオネルが歩み寄ってきた。

 ミーアのそばまでやって来た彼は、一瞬、悔しそうに唇を噛んだが、すぐに首を振り、深々と頭を下げる。

「どうか、レアのことを、よろしくお願いします」

 それから彼は、レアのほうに目を向ける。

「しかし、本当に大丈夫か? レア……。父上が期待した生徒会長の大任を、本当に……」

 っと、そこまで言ったところで、彼は口をつぐんだ。

「いや、なんでもない……。これじゃあ、ただの負け惜しみだ。選挙で負けた私に、何を言う資格もないな。負けたんだから……」

 悔しげに唇を噛むリオネル。しょんぼりと肩を落とした、その居たたまれない姿を見たミーアは、ちょっぴり可哀想になって……声をかけようとして……。その時だった。

「お二人とも、見事な選挙戦だったわ」

 涼やかな声が響いた。

「らっ、ラフィーナさま!?」

 ぴょんこっと跳びあがり、姿勢を正すリオネル。

 つい先ほどまでの悲壮な顔はどこへやら……その顔に浮かぶのは、憧れの舞台女優に会えた少年のような……ウキウキのワックワクの顔だった。

 そんなリオネルに微笑ましげな視線を向けて、ラフィーナは続ける。

「リオネルさんも、素晴らしい演説だったわ。さすがは、将来のルシーナ伯。立派でしたよ」

 それから彼女は、そっとリオネルの頭に手を置き、優しく撫でた。

 それは、聖女がするような慈愛の行為ではなく、少しだけ親しみのこもった、親戚のお姉さんが、傷ついた少年に向ける優しい仕草だった。

「だから、そんなに自分を卑下しなくてもいいのです。セントノエルは生徒の成長と学びの場。であれば、あなたの成長だって、ミーアさんは考えていた。そうよね、ミーアさん」

 ラフィーナの言葉に、ミーアは、一瞬、あら? そうだったかしら? と思わないでもなかったが……そんなのはおくびにも出さずに、澄まし顔で頷いて、

「ええ、そのとおりですわ!」

 いけしゃあしゃあと言い切った!

 それを聞いて、騙されたリオネルが、驚愕の表情を浮かべる。

「ぼ……私の、成長を……?」

「ええ、そうよ。あなたは、ここに立つ前に、すでに一つの成長をしている。そうでしょう?」

 ラフィーナは、まるで、自分のことのように誇らしげに言った。

「あなたは、ミーアさんが成したことを見て、知った。そして、それを維持するのが正しいことだと考えた。これは立派な成長だわ。だって、あなたは、この学園に来る前、ミーアさんのしたことを悪しきことと思っていたのでしょう?」

「それは、確かに……」

「それに、ミーアさんのあの応援演説……あれは、あなたの問題を指摘したものだったでしょう?」

「はい……」

「あれは、あなたの成長を期待してのもの。あなたがすべきことを、指し示すものだった。あなたは、もっと妹を信じなさい、というミーアさんのメッセージを、しっかりと吟味するといいでしょう。妹を大切にすることと、信用せず、何もさせないこととは違うのだから」

 それから、ラフィーナは何かを思い出すように、遠くを見つめて……。

「なんでも自分でやることは簡単よ。そして、気も楽でしょう。けれど、それはレアさんのためにならない。レアさんの可能性を潰してしまう。そして、あなた自身も……」

「私、自身も?」

「そう。一人ですべてを背負い込んでは、いつか潰れてしまう。人は神ではない。なんでも自分一人ではできないの」

 諭すように言うラフィーナ。

「だから、あなたは、信じて任せることを学ばなければならない。そのために、今回の選挙は良い機会だったでしょう。この選挙は、神意を明らかにするための儀式。であれば、その結果は最善であり、すべての人に意味があるものとなる。生徒会長に選ばれた者にも、選ばれなかった者にも、ね」

 その言葉を噛みしめるように、一瞬黙ってから、リオネルは再び頭を下げた。

「お心遣い、ありがとうございます。ラフィーナさま。考えてみます」

 そう言って、踵を返そうとした彼を、レアが呼び止めた。

「待って、兄さん」

 遠慮がちに、けれど、しっかりと届くように……。

「あの、生徒会の副会長を、お願いできますか?」

 その言葉に、リオネルは驚いた顔をする。

「いいのか? レア、それで……。それじゃあ、今までと何も変わらないんじゃないか?」

「確かに、兄さんの力を借りたら、振り出しに戻ってしまうのかもしれない。だけど、これはもう、私がどうこうじゃないから。生徒会長の地位は私にとって挑戦で、成長の機会かもしれないけど、それよりも大切なものがあるから……」

 そうして微笑むレアは、けれど、もうすでに、与えられ、守られてばかりの者ではなかった。

 彼女にはやりたいことがあり、そのために力を欲していた。

 だから、一番、信頼が置ける兄の力を借りようとしている。それこそが、レアの成長の証であった。

 そして……。

「妹を裏から支え、その想いの実現のために尽力する……。それが、神の意思だというなら……」

 リオネルは、静かにそれを受け入れるのであった。


 こうして、新生徒会長レアのもと、新たな生徒会が活動を始める。

 副会長には兄、リオネル…………とミーアを迎え、さらに、セントノエル・ミーア学園の共同研究プロジェクト担当として、オウラニアを迎え入れた生徒会メンバーは……概ね今までと変わらない顔ぶれになっていた。

「……妙ですわね、楽ができると思っておりましたけれど、これじゃあ、なにも変わらないんじゃ?」

 などとしきりに首をひねるミーアであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミーア姫殿下……」  投票の儀の終了が告げられ、にわかに生徒たちにざわめきが戻って来たところで、リオネルが歩み寄ってきた。  ミーアのそばまでやって来た彼は、一瞬、悔しそうに唇を噛んだが、…
[良い点] 堂々とアドリブで演説するレアちゃんに思わず涙…。 ミーアもそうなんだけど、たまに本心が乗ったときの感情威力が結構強くて、それが人を惹きつけますね。 これはベルを押し退けて後継者第一位間違い…
[一言] > ……大丈夫なのだろうか? 大陸の未来……。 > まぁ、それはともかく。 なんか大陸の危機が軽く流されていますけどw
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