第四十八話 ミーア姫、リミット解除!
アンヌからもらった秘密兵器を握りしめたまま、ミーアは講壇に立つ。そこに、そっとその箱を置き、それからミーアは生徒たちを見回した。
ベル&リオネルの演説によって、すっかりと温まりつつある場。生まれつつある流れに、ミーアは敢然と立ち向かう……ようなことは、もちろんしない。
ミーアは海月。流れに乗ることこそ、ミーアの本質。なればこそ、まずは、その流れを利用すべく、ミーアは語り始める。
「今日、こうして応援演説の場に立てることを、わたくしは嬉しく思いますわ。また、特に今回の会長候補であるお二人の成長を、心から喜ばしく思いますわ」
そうして、ミーアはリオネルの演説に乗っかる形で話を進める。
「リオネルさんのお心遣い、とても嬉しいですわ。確かに、わたくしもなにかと忙しい身。わたくしが、他のことに集中できるよう、セントノエルの仕事を自分が担いたい、それができるのは妹ではなく自分だ、という言葉は、わたくしへの思いやりに溢れ、また熱意の溢れるものでした。とても心強く感じましたわ」
ちなみに、本心である。
ミーア的にセントノエルのことを任せられるのであれば、楽ができるし、それに越したことはないのだ。そうして、微妙に本音を交えつつ、リオネルの作った流れに乗りつつも……、
「でも……」
ここで、ミーアは方向を変える。
「それは、無用の心遣いとも言えますわ。なぜなら、わたくしは、次の生徒会長に対してしっかりと責任を持ち、引継ぎをしていくからですわ」
それから、ミーアは来賓席に座るラフィーナのほうに、チラッと視線をやって……。
「わたくしが、ラフィーナさまから生徒会長の任を引き継いだ時も、そうでした。前任のラフィーナさまは、決して手を抜かず、わたくしが会長として困らぬよう、生徒会の中に残って、さまざまな役割を担ってくださいました。わたくしも、そのラフィーナさまの姿に倣いたいと思っておりますの」
まずヨイショ。これが、ミーアの基本である。
そうして、リオネルの主張、すなわち「ミーアに苦労をかけないよう、自分が生徒会長になる」と言う論理を弱めたうえで……さらに、ミーアは追撃をかける。
「そして……それ以上に、わたくしには、どうしても許容できないことがございますの」
ミーアは、静かにリオネルに目を向けた。
ギンッと、リオネルを睨みつけてから、ミーアは、大上段に論理の剣を構える。
そうなのだ、今日のミーアは覚悟をキメているのだ。
なにしろ、レアは、これ以上ないぐらいに頑張っている。
ゆえに、これ以上の上がり目を期待するのは酷というものだろう。であれば……やるべきことは一つだけ。こちらが上がらないなら、相手を下げるしかない。
すなわち、やるべきことはリオネルに対する――ネガキャンである!
基本的にミーアは相手を貶めることが好きではない。自分がやられて大変、腹が立ったこともあったし、自分がいつまでも責める側にいられるとも限らない。やられたことをやり返される可能性は十二分にある。
人は、自らが他人を裁いた秤によって、自分自身も裁かれるもの。なれば、ミーアはできるだけ他人に優しくしていたいのだ。
けれど……今日だけは、そのモットーをかなぐり捨てる。
言うなれば、今日のミーアはリミットを解除しているのだ。
ミーアは再びチラリとラフィーナのほうに目を向ける。その、白きローブのような、ダボっとした服を見ながら、ミーアは小さく頷く。
そうなのだ。ミーアはリミットを解除している。気分はちょうど、帯を緩めて、食事に挑まんとするラフィーナと同じ……唯一MNYの友と同じ気持ちなのだ。
そんなミーアの視線を感じてから、ラフィーナは少し驚いた顔をしてから、穏やかに笑みを浮かべて頷いた。
今まさに、親友同士の心は、重なり合っているのだ!
……そうだろうか?
いや、まぁ、それはともかく……。
ミーアは心の中で「ほわぁあ!」っと気合の掛け声を上げつつ、思い切りリオネルに斬りかかる!
「リオネルさん……あなたは、ずっと言っておりましたわよね……。レアさんでは、わたくしの後継者になれない。妹では、力不足である、と」
問いかけるように、リオネルのほうに目を向け、それから、みなのほうに顔を向ける。
「ずっと言ってきたのですわ。リオネルさん、あなたは、この選挙の間、ずっと、ずっと……妹にはできない、レアには無理だ、と」
それは、誰も否定できないことだった。
確かに、リオネルは、選挙の争点を鮮明にするため、そう主張し続けてきたのだ。
動かしがたい、彼の主張の中心、それこそが、彼が大きく踏み出さんとして揚げた足。ミーアは……それを全力で取りに行く!
「わたくしは、それを許容することができませんわ。それをこそ……許すことができませんわ。なぜなら、あなたのその言葉は、妹であるレアさんが『信じられない』と言っているのと、同じことなのですから……」
その指摘に、思わずと言った様子で、リオネルが腰を浮かしかけるも、ミーアは静かに手を挙げて、それを制した。
「あなたは、レアさんのことを信じることができていないのですわ。リオネルさん。たとえ、それが、心配から来ることであっても、妹が傷つかぬよう守りたいという気持ちから来ているのだとしても……。それは、妹を信じず、結果として成長を邪魔することになるのですわ。それを許容することは、できませんわ」
ミーアは、それから、レアのほうに目を向けた。
「わたくしは、レアさんを信じます。誰が何と言おうと。彼女は、わたくしの後を立派に継いでくれる。今はその力がなかったとしても、弛まず努力して、きっと立派に勤め上げてくれる。ラフィーナさまから生徒会長の座を受け継いだ、わたくしと同じように」
……最後に、若干、引っかかる部分がないではなかったが、まぁ、それはおいておくとして。
ミーアは堂々と、胸を張って言い放つ。
「わたくしは、信じます。信じて任せます。それは、その姿勢が、このセントノエルには必要だと思うからですわ。ここは学び舎。通う者たちが、課題に挑み、努力し、時に挫折しつつ、手を取り合って成長する……そのような場だからですわ。そして、そのためには、どうしても『信じる』という姿勢が必要ですわ……」
そっと胸に手を当てて、ミーアは続ける。
「そして、もしも、失敗してしまったら……信頼に応えることができなかったら……、また、挑戦すればいいだけのこと。失敗の穴埋めはわたくしたち、この学園に通う上級生がいたしますわ。かつて、ラフィーナさまや、他の先輩たちがしてくださったように。そのような営みの中で、成長し高めあう、それこそがセントノエル学園ではないかしら?」
そこまで言って、ミーアは静かに頭を下げて、壇上から降りた。
その手にしっかりと、小箱を握りしめたミーアは、真っ直ぐにレアのもとに戻っていき……。




