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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第四十六話 頭がスッキリ、思考がクリアにな……った気になるアレ

 同日、午後。

 アンヌは一人、セントノエル島の商店街にやってきていた。

 彼女が急ぎ足で向かった先は、裏通りに建つ小さな商店だった。

 明るく華やかな表通りとは打って変わり、裏通りは薄暗く、汚れていて、治安がいいとはとても言えないような場所――などということは、このセントノエルに限ってはもちろんなく……。

 そこに広がるのは、歴史を感じさせる工房が建ち並ぶ風景だった。そう、そこは島で暮らす人々の家具や、雑貨の修理を請け負う職人街なのだ。

 顔なじみの職人たちと笑顔で挨拶を交わしてから、アンヌは、奥の店に入る。

 雑多に物が溢れた店内、店の奥のカウンターで、一人の男が顔を上げる。

「ああ……来たか。お嬢ちゃん」

 そこにいたのは老齢の男だった。年老いた男は、眼鏡を光らせながら、アンヌのほうに目を向ける。眼光鋭い男に臆することなく、アンヌは真剣な顔で頭を下げる。

「おはようございます……。今回は、ご無理を言ってしまい申し訳ありません。それで、あの、例の物は……?」

「できてるよ。ギリギリだったがね……」

 肩をすくめつつ、男が差し出したのは、手のひらサイズの木の箱だった。差し出されたそれを捧げ持つように受け取って、アンヌが小さく頭を下げる。

「ありがとうございます」

 中身を確認したアンヌは満足そうに笑みを浮かべた。

「完璧なお仕事ですね。さすがです」

 その言葉に、男は、かすかに苦々しい表情を浮かべて、

「そんなものは、ワシからしたら邪道……なんだがね。まったく、そんなものを使って、なにがしたいのやら……」

「使うと緊張が忘れられる、とミーアさまは言っておられました。頭がスッキリして、思考がクリアになる、と」

 アンヌは、その木箱をグッと握ってから、もう一度、男に頭を下げた。

「それでは、急ぎますから。私はこれで……」

「ああ、気を付けて帰りなさい。落とさないようにね」

 アンヌはこくり、と小さく頷いて、小走りに店を出た。

 急がなければならない。

 選挙の最終演説までは、もうあまり時間がないのだから。


 裏通りから、表通りへ。行きの道順を逆に辿るようにして進む。

 近道などは考えない。変に道を変えて迷ったら元も子もない。

 全力で走りたくなる気持ちも抑える。全速力で走ったら、学園にたどり着く前に息が上がってしまう。そうしたら、結果的に遅くなってしまう。

「焦らず、急ごう。大丈夫、ちゃんと間に合うから」

 小さな声で自分を鼓舞しつつも、アンヌは道を急いだ。

「それにしても……これで一体どうするつもりなんだろう?」

 手の中の木の箱を見て、うーん、っと唸るアンヌ。

「前も、ミーアさまは同じようなものを買っていたけど……どうして余分にもう一つ必要なんだろう?」

 首を傾げつつも校門をくぐる。学園の敷地に入り、聖堂が見えてきたところで、アンヌは思わず、ホッと安堵の息を吐く。

「ともかく、間に合って良かった……」

 と足を速めた、次の瞬間だった!

「きゃっ!」

「うわっ!」

 突然、角から現れた人物に激突。その衝撃で、アンヌは尻餅をついてしまう。

 そして、その手から、ひょーいっと例の木の箱が飛んでいき……。

「あ、いたたた……」

 お尻をさすりつつ、ぶつかってしまった人のほうに目を向ける。っと、そこに倒れていたのは……。

「あ、ユリウス先生……も、申し訳ありません」

 慌てて頭を下げると、ユリウスは、苦笑いを浮かべて立ち上がった。

「いえいえ、こちらのほうこそよそ見をしていました。お嬢さんにぶつかられて、転んでしまうとは、我ながら情けない」

 頬をかきつつ、バツの悪そうな様子で、彼は優しく手を差し出した。

「大丈夫ですか? アンヌさん」

 遠慮がちにその手をとって立ち上がるアンヌ。見れば、ユリウスの物だろうか、足元には、彼の荷物だろうか、大量に本が散乱していた。

「大変……ごめんなさい」

 急いで拾い集めようとするアンヌをユリウスが止める。

「ああ、大丈夫ですから。それより、お急ぎの様子でしたけれど、大丈夫ですか?」

 言われて、すぐに思い出す。そうだった!

「ここは、大丈夫ですから。行ってください」

 その言葉に、アンヌは躊躇いがちに頷いて、

「あ、はい。すみません。それじゃあ……」

 そこでようやく、アンヌは持っていた木の箱をどこかに落としたことに気が付いた。けれど幸い、すぐに見つける。それは、ユリウスの足元に転がっていた。

 急いで拾いあげてから、もう一度、頭を下げて、アンヌは聖堂に向かい走り出した。

 走りながら、箱の中身を確認。どうやら、無事なようで、思わず安堵の息を吐くアンヌであった。


 さて、そんなアンヌを見送ってから、ユリウスは落ちていた自分の本を拾い集めていく。今日は、子どもたちに周辺国の歴史を教える予定だった。

「生徒会長選挙も絡めて、何か話ができればいいんだが……」

 ぶつぶつつぶやきつつ、本を拾いあげ……、あたりをキョロキョロ……。

「ああ、こんなところにまで飛ばされてたか」

 彼はおもむろに、少し離れた草むらの中、小さな木箱に手を伸ばした。

 中を開け、中身の無事を確認してから、彼は特別初等部の教室へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あっ、これは入れ替わりましたね……
[一言] そんなものは、ワシからしたら邪道……なんだがね。まったく、そんなものを使って、なにがしたいのやら……」 「使うと緊張が忘れられる、とミーアさまは言っておられました。頭がスッキリして、思考がク…
[良い点] パッと見は入れ替わっても分からないほど似ている品物だったとすると……?
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