第四十四話 リオネルの戦略転換
かくて、選挙戦は再びの分岐点を迎えた。
ミーア陣営の分裂……その噂は、当初、スキャンダラスな響きをもって人々に伝えられた。
得体の知れない少女ベルはまだしも、シオンとの対立を思わせるそれは、反ミーア陣営の者たちに喜びをもって受け入れられた。
かのサンクランド王国王子、シオン・ソール・サンクランドが皇女ミーアと袂を分かち、自分たちの味方についてくれる、これほど心強いものはない! と。
されど……。
「私は、一つ誤解をしていたことがあります。それはミーア姫殿下のこれまでなしてきたことを、よく知らず、否定してきたことです。これは大きな誤りでした」
リオネルのその言葉に、彼らは仰天した。今まで訴えていたことと真逆のことを、リオネルが言い始めたからだ。
話が違うと詰め寄ってくる者たちに、リオネルはゆっくりと首を振り、潔く自らの過ちを認めた。それをもって、自分が支持層の中心に据えていた生徒たちとの決別を表明したのだ。
そのうえで、リオネルは言う。
「私は、ミーア姫殿下のなされてきたことを支持します。民への向き合い方、ことに孤児院の子どもたちをセントノエルに招き、そこで学ばせるというのは、中央正教会の教えに沿うものであると考えます。力の弱い子どもたち、貧しい者たちを顧みないような者は、ミーア姫殿下だけでなく、私も看過することができない。統治者の資格なし、とラフィーナさまもおっしゃることでしょう……ゆえに、私もミーア姫殿下が築いてきたものをできる限り継承し、そこに学び、それを守っていこうと考えていきます」
それは、リオネルの戦略の大転換を意味する言葉だった。
そして、レアを窮地に追い込む言葉でもあった。
なぜなら、リオネルは、ミーアの政策の是非ではなく、妹と自分、どちらが上手くミーアの政策を引き継げるのか、という点に争点を持ってきたからだ。
そして、シオンは、その勘所を完全に把握していた。
「私、シオン・ソール・サンクランドは、リオネル殿を推薦する。彼は、過ちを過ちとして認め、それを改め、前に歩みだす、その勇気を持っている。自身の拠り所であった支持層と決別してでも、正義を行おうという気持ちもある。彼がミーアの後を継ぎ、次の生徒会長を務めることを、ぜひ応援したい」
彼らは、これにより、ミーア対リオネルの構図を、レア対リオネルに塗り直して見せたのだ。
「……これはなかなか危機的な状況ですわ……おそらく、この構想はシオンが考えたもの。いえ、あるいは、リーナさんあたりかしら。いずれにせよ、面倒な……」
思わず、舌打ちしたくなるミーアである。
さらに、そこに、ベルの存在が良い具合にはまった。
憧れのシオンのそばで張り切るベルと、それを支えるシュトリナ。シオンのみならず、帝国四大公爵家のシュトリナや、ミーアの妹分として周知されているベルがリオネルの応援に回ったことで、生徒たちは思った。
なるほど、やはり今回の選挙は、文字通りミーアの後継者を決めるもの。
ミーアの後を継ぐのは、リオネルか、レアか、それを選ぶのであって、どちらが勝ったとしても、ミーアの後継者として扱われるということか。
ミーアの陣営から人が送られているのがその証左。であれば、純粋に候補者の人柄を見るべきではないか? などと……。
そんな状況を見て、ミーアは……。
――これは、まずいですわ。実にまずいですわ……。
若干、焦っていた。
リオネルの示した態度に、どこかレアに通じる厳格さを感じたからだ。このままでは、やはり、学食のスイーツは取りやめと言い始めるかもしれない……。
さらにさらに、そこにタイミングよくラフィーナから、お手紙が届いた。
ざっくり内容を言うと、ミーアが推薦するレアを自分も応援する旨と、リオネルに勝ってルシーナ司教の鼻を明かしてやることを期待する! というものだった。
――レアさんが生徒会長を継ぐことを認めてくれるのは嬉しいのですけど……ううむ。
などと思っていたミーアは、手紙の最後に、選挙の日にはラフィーナが直接、応援に寄る! という文面を見つけて……。
「これは一大事ですわ! 万が一にも、目の前で負けることになったら……。実に気まずいことになりそうですわ。それに……」
っと、視線を転じた先には、レアの姿があった。
ミーアの指導の下、レアも頑張っていた。
きちんと原稿を書き、それに集中することで、みなの視線を意識しないようにした。
演説の前、何の意味があるかわからないが「ディオン・アライアよりマシ」と三度唱えるようにと言われたので、律義に四度唱えるようにしている。
モチベーションを上げるため、子どもたちのところに通い、彼らのために何ができるか考えているし、ラーニャやクロエ、ティオーナやリオラ辺りとも積極的に話をして、見分を広げようともしている。
途中で噛んでも決して止まらず、深呼吸をして、詰まりながらも最後まで演説を続ける、根性もある。
そう……、多少、おかしな行動が混じってはいるものの、レアは頑張っているのだ。
もちろん、世の中、頑張ったからと言ってすべてに結果が出るわけではない。そんな単純にはできていない。
努力した結果、なにも報われなかった。そんなこと、世の中には腐るほどありふれている。だから、レアが勝ちを手に入れて当然とは思わない。
けれど、それでも……。
「やはり、レアさんの努力が報われないというのは……納得いきませんわ」
そうならないと、とても、後味が悪くなりそうだ。
そう、これはあくまでも、ミーアの後味の問題なのだ
リオネルの側も努力してるとか、そうそう都合よく話は転がらないとか、報われない世の中だとか、そんなの知ったこっちゃないのだ。
なぜなら、ミーアは自分ファーストなのだから。レアが報われてほしいという気持ちを、優先させるのだ。
ミーアの仲間たち、アベルはもちろん、ティオーナ、ラーニャ、クロエらも応援に動いていた。かつての選挙で、ミーアを後押ししたような応援団も作り、気合が入っている。
「できることはすべてやってやりますわよ……」
そうして、両勢力拮抗のまま、選挙戦は進んでいき、最終日を迎えることになったのだが……。




