第四十一話 リオネルの覚悟とシオンの想い
その日の夕食時。
食堂に足を運んだミーアは、手早くキノコシチューを駆けつけ三杯した後、シオンのところに足を運んだ。先ほどのベルの話を確認するためである。
「シオン、少しよろしいかしら?」
「おや、ミーア。どうかしたのか?」
不思議そうな顔をするシオン。そんな彼の隣にささっと座ると、ミーアは声を潜めて言った。
「ベルから話を聞いたんですけど、あなた、リオネルさんの味方をするつもりとか……」
「ああ、あれか」
それを聞き、シオンは思わずといった様子で手を打った。
「あれは、なかなかの妙手だったな。俺もつい協力したくなってしまったよ。さすがは、帝国の叡智の孫娘、と言ったところかな?」
実に、感心したという様子だった。どうやら、協力するというのも間違いではないらしい。わかってはいても、舌打ちしたくなるミーアである。
「あるいは、もしかすると、君も似たようなことを考えていたんじゃないのか?」
「おほほ。まさか、あくまえも、あの子の考えたことですわ。まったくもって、わたくしが想像しなかったことでしたわ」
あくまでも、ベルの行動は想定外のこと……とアピールしておく。
すべて計算通りで、勝つ算段すら立っていると思われたら、手加減だってしてもらえないだろう。まぁ、最初から、手加減はほとんど期待できそうにないが……。
「ふふふ、そうか。あくまでも手柄を孫娘に譲るということか。いずれにせよ、帝国の未来は明るいな。うらやましいことだよ」
シオンは愉快そうに笑い、
「それはともかくとして……やるからには全力でやろうと思っているよ」
やっぱり、そんなことを言いやがった。
性格的にそうだろうなぁ、と思いつつも、ミーアは少しだけ驚く。
「あら? ずいぶんと、リオネルさんの肩を持ちますのね?」
全然、手加減してくれてもいいんだよぅ? なんだったら、手抜きしてくれても、オーケーよ? っと力強く主張したいミーアなのであるが……シオンは少し黙って、何事か考えた様子を見せてから……。
「ベル嬢から聞いているかは知らないが、彼は『特別初等部を潰せ』と言った者たちを遠ざけることにしたんだ。一番確実な支持層、確実に味方にできる者たちを、正義に反する者たちとして、ね」
シオンは食堂の外れ、一人で食事をするリオネルのほうに目を向けた。
「なかなか勇敢な行動と言えるんじゃないかな。わずかでも、安全を捨てて、正しいことをしようというのは……」
そう言われ、ミーアも思わず唸ってしまう。
なるほど、確かに、それは評価に値することだろう。その勇気が持てずに、飢饉を呼び込んだ貴族が多かったことを考えれば、躊躇いなく正しい判断ができるリオネルは、十分に評価に値するだろう。
――それに、そういうタイプは、シオンが好きそうですし……。
正義と公正のために、目の前のわかりやすい安全を投げ捨てる。実に、好きそうだ!
「彼は間違えかけた。けれど、悔い改めて正しい道を歩もうとしている。そんな若者を応援したい、応援してやらなければならない、と思ったのさ。ちなみに、俺のほうから、サンクランド貴族に声をかけるつもりはないが、幾人かの者は忖度するだろうから、結構いい勝負になるかもしれないな」
そう笑うシオンに、ミーアは思わず頬がひきつる。
――いい勝負どころか、むしろ、戦況不利な気がいたしますわ。なにしろ、シオンは顔がいいですし、リオネルくんも、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。油断はできませんわ。
負けた時のダメージが減るほどに、勝ちが遠ざかっていく状況。
司教帝の影に怯えるミーアとしても、これはもう、リオネルが勝ってもいいんじゃないかな? などと、ついつい思い始めてしまって。
――そもそも、レアさん自体、わたくしが巻き込んでしまった感が強いですし。この逆風の中で、頑張り続けてくれるかしら……?
それもまた問題だった。これは、いよいよ、ラフィーナを説得するほうが楽なんじゃ……? なぁんて、諦めモードに入るミーアである。そこへ……。
「ミーアさま……、ご相談したいことがあります」
自分を呼ぶ声に顔を上げると、レアがそこに立っていた。
「ああ、レアさん。ちょうどよかったですわ。わたくしのほうからもお話ししておきたいことがございましたの。もう、お食事は済みましたの?」
その問いに無言で頷くレア。
「そう。わたくしもお食事は終わりましたわ。それならば、デザートを食べつつ、わたくしのお部屋で話しましょうか?」
そうして、誰にも何も文句を言われぬよう素早くデザートを手配、それから、レアを伴い、自らの部屋にやってきた。
「ええと……それで、何のお話しかしら?」
そわそわとデザートを待ちつつ、ミーアは話を振ってみる。っと、レアはもじもじとうつむいてから、やがて、静かに顔を上げて……。
「私に……演説の仕方を教えてください」
真っすぐに見つめてくるレアに、
「とっ、とりあえず、デザートが来るのを待ちましょうか」
そう答えつつ、ちょっぴり気まずさを覚えるミーアである。
――うう、せっかくやる気になってきたところを、出鼻をくじいてしまいそうですわね……。