第四十話 ベル足す???、お前もか!?
特別初等部の子たちとダンスに勤しみ、その後、あつぅいお風呂で汗を流したことで、ちょっぴりシュッとしたミーア(自己申告比)は、部屋で考え事をしていた。
そのそば、ベッドの上では、パティがアンヌに髪を梳いてもらっていた。
いつも通りの、夕食前の平穏な風景。
ミーアは、頭の半分をこれからの選挙戦に割きつつ、もう半分を今夜の晩餐のメニューに割いていた。
「久々にキノコが食べたい……いえ、それはともかく、とりあえずレアさんに、原稿を作るように指示しましたけれど、それでどれだけ上手くいくか……。原稿をミニサイズにして、目立たないようにできれば……。いや、それじゃ意味がないかしら? 問題は緊張することですし。ふむ、やはり今夜は六種のキノコグラタンが……」
っと、まさにその時だった。
ドアが開き、ベルが入ってきた。その後ろからは、ちゃっかりシュトリナもついてくる。
「あら、ベル。遅かったですわね」
ベッドの上に横たわったまま、にゅーっと顔を向けると、ベルは、うつむいていた。なにか言い出そうとして、口をつぐみ、それから息を吸って、吐いて……。
「あ、あの、ミーアお姉さま」
「ん? どうかしましたの?」
「ごめん、なさい……ミーアお姉さま。ボク……」
ベルは、そこで意を決した様子で顔を上げて……、
「ボク、リオネルくんの応援演説をすることになってしまいました!」
「…………は……ぇ?」
思いもよらぬ言葉に、ミーアは口をぽっかーんと開けた。
いったん落ち着くべく、座り直し、ベルの顔を正面から見て……。
「……ええと、その、なにがあったのか、聞いてもいいかしら?」
「はい。実は、先ほど図書室でリオネルくんとお話しさせていただいたんですが……」
そうして、ベルは話し出す。
図書室でのやり取り。リオネルの様子や、彼が言っていたこと。そして……。
「彼は、ミーアお姉さまのお考えを聞いて、とても感銘を受けた様子でした。そして、自分はミーア姫殿下の政策を受け継ぐ方向で考えているから、ボクに応援演説をお願いできないか、と言い出しまして……」
「ベルに応援演説を、ね……」
ミーアは思わずといった様子で唸り声を上げる。
「ボクが応援に入ることで、ミーアお姉さまにとってマイナスになることはわかっています。けれど、ボクがリオネルくんをサポートすることで、彼の陣営に入り込むことができれば、必ずやミーアお姉さまのお力になれると思います」
「……それは、中に潜り込んで破壊工作をするとか、そういうこと?」
横で聞いていたパティが興味深そうに物騒なことを言うが……。
「いえ。ただ、リオネル君が道を誤りそうになった時には止められる。そんな立ち位置を確保できれば、ミーアお姉さまの役に立てる。仮にリオネルくんが勝ったとしても大きな問題にはならないと思います。ボクが生徒会の内部に食い込めるわけですから……」
「なるほど……、それは確かに……」
どちらが勝っても問題ないというのは理想と言えば理想。絶対にレアが勝てるとは断言できない以上、ベルの考えはわからないでもないが……。
――しかし、リオネルさんが勝った場合、わたくしはラフィーナさまに大いに謝罪しなければならなくなりますわね。下手をすれば、司教帝ラフィーナさまが復活してしまうかも……。いえ、さすがに、そこまではないかしら……。でも……ん?
っと、ミーアは、気弱になっている自分に気づき、ふと、おかしくなる。
――まぁ、でも、別にベルが敵についたからといって、大勢にそこまでの影響はないのではないかしら? リーナさんは確かに強敵ではありますけど、まぁ、そのぐらいなら……。
ぶっちゃけ、恐るるに足らずでは? と思ったミーアは次の瞬間、
「あっ、それと、実は図書室にキースウッドさんとシオン王子が来ていて……」
「うんうん、うん……?」
なにやら、きな臭いにおいを感じ、思わず固まる。
「それで、ボクたちの話を聞いて褒めてくれたんです。もっともなことだ、って」
「ほうほう……それで?」
「はい。それで、選挙の公平性を確保するためにも、ご自分も応援に回ろうと……」
頬を赤らめて興奮した様子のベル。どうも、天秤王や忠義の従者キースウッドと共闘できることに興奮しているらしい。けれど、ミーアはそんなことに構っちゃいられなかった。
「なっ……シオンが、リオネルさんの側につく……と?」
うぐぬぅ、っと呻くミーア。であったが、なるほど、確かに、理屈はわからないでもない。
なにしろ、リオネルはミーアのやってきたことを正しく評価している。彼がその路線を引き継ぐことになるのだとすれば、応援しない理由もなくなるわけで……。
むしろ、片方に支持を集中させて選挙の形を壊してしまうよりは、きちんと競り合えるよう、状況を整えることも対外的には必要で……。
――しっ、しかし、シオンが敵に回る……? いえ、けれど、まぁ、そこまで本気じゃないのではないかしら? わたくしが、レアさんを応援することはみなに表明してありますし、それでもなお対立候補を応援するようなことは……。ことは……。
ミーアの本能が告げる。
シオンなら、思いっきりやりそうだ……っと。
むしろ、全力でリオネルを応援しそうだぞ! っと。
ああ、ちくしょう。あいつぁ、そういうやつだった……! っと、ミーアは思わず頭を抱える。
――シオンのことですから、融通を利かせろ、とか言っても絶対に聞きませんわ。選挙の公正を損なうから、とか言い出しそうですわ。あら? これって、もしや、結構なピンチなんじゃ……?
いや、まぁ、選挙を公正にというのは、わからなくもない。ヴェールガの手前、それは、とても重要な要素だ。
それに、もしも、シオンがリオネルの応援に回るとするならば、リオネルが生徒会長になった時にも安心と言えば安心だ。その影響力を考えれば、シオンを副会長あたりに据えなければならないわけで、ベルを送り込むよりもよほど信頼がおけるだろう。
いや、むしろ、ミーア自身が院生を敷くより、そのほうが楽だとさえいえるかもしれない。
確かに、そりゃまぁ、そうなのだが……。
――うぐぐ、もし、これで負けたら、ラフィーナさまに次会う時が、すごーく気が重いですわ。
「というわけで、ミーアお祖母さま。今回は胸をお借りするつもりで、全力でやらせていただきます」
それでも、ベルは、レアの勝利、すなわち、ミーアの勝利を全く疑っていない様子だった。あくまでも……これは、あくまでも選挙を一方的な形にしないための手段。そして、万が一、リオネルが勝ってしまった際、彼がまっとうな生徒会運営をするための策だと考えているようだ。
リオネルの勝ちがラフィーナの意にそぐわないということにさえ、目をつぶれば、まさに妙手。ほめてやりたいぐらいである。だが……。
――う、うう、お腹が痛くなってきましたわ……。
ベルの宣戦布告にミーアは、お腹が痛くなってくるような気がした。
…………夕食前の空腹によるもの、という感じがしないでもないが……。