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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第三十九話 帝国の叡智の勝利

 図書室に入って来たリオネルは、眉間に皺を寄せたまま、近くのテーブル席に着いた。

 特に本を読む様子もなく、何事か考え込んでいた。

「……ありえない。あの、特別初等部をつぶすなんて……でも。支持をまとめるためには……」

 つぶやきつつ、悩ましげなため息を吐く。

「こんにちは、リオネルくん!」

 たん、っと机に手をついて、ベルが明るく声をかけた。

「うわぁっ!」

 突然のことに、思い切り後ろにのけぞったリオネルだったが……。

「あ、あなたは、ミーア姫殿下の……」

 リオネルはベルのほうを見ると、露骨に顔をしかめる。

「なにか、私に用ですか?」

「いえ、なんだか、浮かない顔をしているな、と思いまして。なにかお悩みですか?」

 興味津々、身を乗り出すベルに、リオネルは眉根を寄せる。

「なぜ、ぼ……私があなたに話さなければならないと? いえ、そもそも、別に悩んでなどいないですが……」

 っと、ベルはすかさず、したり顔で、

「ふっふっふ、決まってるじゃないですか。ボクは、セントノエルの先輩として、後輩の悩みをしっかり聞いてあげないといけません」

 などと言いつつも、野次馬根性を隠しきれていないベルである。

「それは……ミーア姫殿下の理屈です。私がそれに従う必要などない」

「いいえ、誰が言ったか、ではなく、言葉の中身で判断するべきです。君は、ミーアおば……お姉さまの言葉が間違っていると思うのですか?」

 ベルは実に楽しげに言った。別に、年下の少年を正論で殴るのが楽しい……わけではない。ただ、単純に物のわかっていない後輩に、正しき道を教えるのが楽しいだけだ。ミーアと同じく、ベルも他人に偉そうに教えるのは楽しいのだ。

「次の世代に教えるべきことを教え、次なる世代を担う者としてみなで育てていく。その言葉のどこかに、間違いはありますか?」

 再度の問いかけ。リオネルは、うぐぐぬ、と唸りつつ、

「いいえ……。間違っていないと思います」

 しぶしぶながら頷いた。

「ふふふ、そうでしょう。ならば、さぁ、この先輩に悩みを話してみてください」

 ドヤァッと笑みを浮かべて、ベルが自らの胸をぽふん、っと叩く。

「……ちなみに、今から話すことは、全部、ミーア姫殿下に伝わってしまうのですか?」

 ジロリと見つめてくるリオネルにも、ベルは涼しげな顔で首を振った。

「いいえ、黙っていてほしいというならば、黙っています。それが、セントノエルの先輩としての度量です」

 そんなベルの様子にリオネルは、半ば呆れたような、諦めた様子でため息を吐いてから、

「まぁ、いいでしょう。もし、あなたが約束を違えれば、そのことで、ミーア姫殿下を責める口実になりますし……」

 釘を刺すように言ってから、リオネルは話し始めた。

「実は、選挙のため支持層を固めているのですが……正直な話、改めて、ミーア姫殿下の恐ろしさを実感しています」

 それを聞き、ベルはドヤァッと胸を張った。

 帝国の叡智、ミーアお祖母さまは、ベルの中で揺るがぬ誇りなのだ。

「なぜ、あなたが偉そうにしているのかは理解に苦しみますが……、ともかく、ミーア姫殿下の影響は巨大です。それは認めざるを得なかった。だから、ミーア姫殿下の支持を受けたレアに勝つために、ミーア姫殿下に反感を持つ層の票を固めるのが、最低条件だと思いました」

「なるほど。考え方は正しいと思います」

 極めて冷静にそう評したのはベル……ではなく、いつの間にやらそばにやってきたシュトリナだった。どうやら、ベルよりシュトリナのほうが賢そうだぞ……と判断したかどうかは定かではないが、リオネルはシュトリナのほうにチラリと視線をやってから続ける。

「だから、彼らと積極的に話し合い、彼らの意に沿う選挙公約を作ろうと思ったのです。妥協できない部分はなかったし、彼らの考え方にも一理はあるのかもしれない」

 と言いつつも、リオネルの顔には苦悶の表情が浮かぶ。どうやら、なかなかに無茶なことを要求されているらしい。

「……けれど、彼らは言ったのです。特別初等部の存在が、セントノエルの格を貶めている、と。だから、私が生徒会長になったら、それを潰すことを公約にしろ、と……。それだけは……受け入れ難かった」

 リオネルは眉間に皺を寄せて言った。

「そのような者たちと、手を取り合って戦うことができるでしょうか? もし、それで勝利できたとして、私は、どうすればいいでしょうか……?」

 意外とまっとうな悩みに、シュトリナは感心した様子だった。一方で、ベルは……。

「ふむ…………」

 腕組みしつつ唸ってから……。

「ここは、釣りでもしたらいいんじゃないでしょうか?」

「……は?」

 思わぬ答えだったのだろう。リオネルが口をポカンと開ける。

「釣り大会、ミーアお姉さまがやりましたけど、あれはとても楽しかった。あれの規模をもっと広げて開催することを公約にするとか……」

「……ふざけているのですか?」

 リオネルがムッとした顔で睨んでくる。それから、すぐに肩をすくめて、

「いえ、敵であるあなたに相談した私が愚かでした」

 諦めたようにため息を吐く。けれど、ベルは、静かに悟りを開いたかのような顔で首を振った。

「いいえ、ふざけてません。そうですね……一つ、ミーアお姉さまのお話をして差し上げましょう。ラフィーナおば……さま、と最初に選挙で競い合った時のことです。ミーアお姉さまは、当初、公約として『学食の充実』を掲げようとなさっていました」

「学食の……?」

「はい。特にスイーツを……」

「すっ、スイーツの!?」

 目を丸くするリオネル。

どうやら、こいつぁ甘い物に弱そうだぞ? と看破するベルである。まぁ、それはともかく……。

「聞くところによれば、ラフィーナさまの選挙公約が完璧すぎて、対抗する公約が思いつかなかったんだそうです。もちろん、賄賂や卑怯な手を使えば勝てる可能性はあったかもしれない。けれど、ミーアお姉さまはそれをしなかった。それをして勝ったところで、意味がないから。今のリオネルくんと、ちょうど同じ状況です」

 同じ状況……なのだろうか……? 疑問の余地がないではなかったが……。

「だから、釣りを……? 確かに、レアが完全に正しい選挙公約を出して来たら、その正反対のものは出せない。かといって似たような選挙公約であれば、ミーア姫殿下の支持を取り付けているレアが有利。だからこそ、まったく違う方向の公約にする、と。なるほど……」

 顎に手を当て、考え込んだ様子のリオネルに、ベルは厳かに告げる。

 それはかつて、廃墟となった帝都で、誇らしく名乗りを上げた皇女ミーアベルの高貴さを彷彿とさせるような、極めて珍しい光景だった。

「卑怯な手を使ったら、リオネルくんは絶対に勝てません。仮に、ミーアお姉さまに勝てたとしても、君は負けるんです」

 その言葉に、リオネルは思わず目を見開いた。

「けれど、正々堂々と戦えば、君は大切なものを守り抜ける。そして、選挙でも勝てる可能性がゼロではない。だけど……もし、リオネルくんが正々堂々と戦うことを選ぶなら、その時点で、ミーアお姉さまの勝利なのです」

「……どういう意味でしょうか?」

「リオネルくんが生徒会長として、正しく振る舞えるのであれば、ミーアお姉さまはご自分のことに集中できる。帝国のこと、大陸の、世界のこと……。ミーアお姉さまは、とても多忙なので」

 帝国の叡智、祖母ミーアは、いつだってベルの誇りだ。ゆえにベルは、胸を張り、朗らかに語る。

「ミーアお姉さまは、この大陸から飢餓をなくすおつもりです。貧しき者たちに手を差し伸べ、教育を施し、生きていくのに困らないようにしようとなさろうとしています」

「なんと……そのような、ことを……?」

「はい。それは、ミーアお姉さまのされてきたことを見れば明らかなことです」

 ベルは一切揺るぎなく自信満々に頷いて……。

「だからこそ、信用できる方に、セントノエルの生徒会長を任せられるなら、それだけでミーアお姉さまにとっては勝利なのです」

 そうなのだ。ベルはベルなりに考えていたのだ。

どうして、素直にリオネルに生徒会長を譲ってやらないのか、と。

 ――ラフィーナ大おばさまとの約束と言うのは、もちろんあるでしょうけど、それだけと言うのは不自然。おそらく、リオネルさんでは力不足だった。だから、もし譲るのだとしても、選挙でリオネルさんが成長した時とお考えなんだ。

「僕が、勝っても負けても勝利する……? それが、帝国の叡智の戦略……?」

 ベルの言葉を聞き、ゴクリ、と喉を鳴らすリオネルであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 10月にアニメと見て飛んできました。 うれしい、とてもうれしい。 ミーア様の動くとこが見れるうれしい。 最初のアンヌで泣く準備はできている、はよおおおお
[良い点] さすが帝国の叡智
[一言] なんか連載止まってますけど、お休みの予告ってありましたでしょうか? 忙しいならいいんですけど、事故とかだったら心配ですね。
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