第三十八話 ベルーツ
古来より王侯貴族の血筋に関しては、時にスキャンダラスな、時にミステリアスなところがあるのが常と言われている。
神話の登場人物にルーツを持つ騎馬王国の族長しかり、神を王と戴いた初代ヴェールガ公爵しかり。
その風潮はティアムーン帝国においても、例外ではない。
何らかの事情で、サンクランド王国から出た第二王子エシャールと結婚したエメラルダ・エトワ、グリーンムーン、一兵士でありながら、士爵に叙せられた男と結婚したルヴィ・エトワ・レッドムーンをはじめ、イエロームーン家令嬢や、他の貴族たちにおいても、その手の話は後を絶たない。
そして、帝国の叡智の孫娘、ミーアベル・ルーナ・ティアムーンの出自にも、いささかミステリアスかつ、スキャンダラスな一面が存在していた。
と言っても彼女自身や両親に関するものではない。それは、彼女の父方の祖父に関するもので……。
「ねぇ、ベルちゃん、少しいいかしら……?」
その日、ベルは、シュトリナと共に図書館に来ていた。
自らが持つ課題を解決するため……。すなわち、彼女が過去に飛ばされてきた理由を、真面目に検討するため……などではなく……もちろん、単純にテスト対策である。
冬休み明けのテストを見て、さすがにヤバイと気付いたらしいシュトリナとリンシャによって、ベルへの大変厳しい(リンシャ&シュトリナ比)教育が施されようとしていた。
そうして、ルードヴィッヒ作成の、初級(ルードヴィッヒ比)問題集を前に、ベルは悲しげな顔で佇んでいたのだが……。
そんなベルにシュトリナが話しかけたのだ。
「リーナは、ベルちゃんが生まれてくるために全力を尽くそうと思ってるの。だから、教えてほしいことがあるの」
「教えてほしいこと……?」
「うん、そう。ベルちゃんのお父さまって、どこの誰なの?」
唐突な問い。ベルは、んー、っと小さく首を傾げてから。
「はい。そうですね。お話ししておいても大丈夫だと思います」
珍しく、キリリッとした顔をして言った。別に、勉強をやるより楽そうだぞぅ、などと思ったわけでは決してない。ベルだってやる時にはやる人なのだ……たぶん。きっと!
なので、それは、ただ単に、こちらのほうが重要だとベルが判断しただけであって、決してサボれるから、というわけではないのだ。
そういうわけで、ベルは嬉々として、話し始める。
「ボクのお父さまは、ツロギニア王国という国のチャルコス伯爵家の人です」
「ええと……ツロギニアというと、帝国の南方の国だったかしら?」
シュトリナは頬に指をつけて、ちょこん、と首を傾げる。
「あまり大きな国だったという記憶はないのだけど、ずいぶんとミーアさまも思い切ったことをなさったのね。でも、一応、地理的には政略結婚の意味はあるか……」
「それが、そうとも言い切れなくて。実は少し込み入った話があるんです」
ベルは、ちょっぴーり声を潜めて続ける。
「チャルコス伯爵と言うのが、ボクの大叔父に当たる人なのですが、その妹の夫、すなわちボクの祖父と言うのが謎の人でして……」
「謎の人……?」
「はい。お祖母さま……あ、ミーアお祖母さまじゃないほうのですけど、ともかく情熱的な恋に落ち、ボクの父を身ごもった……のは良かったのですが、婚儀までは結ばなかったとか……」
なかなかにスキャンダラスな話に、シュトリナは思わず目を見開いた。
要は、伯爵家令嬢ともあろう者が、誰ともわからぬ男の、子を宿したということなのだから……。
「それって、大丈夫なの……?」
眉を顰めるシュトリナに、ベルはペラペラと手を振った。
「それだけだと大丈夫じゃないんですけど、さらに込み入った事情がありまして……」
それは、例の、かつてベルがやって来た未来の記憶に依存する事情であった。
かの、司教帝ラフィーナの世界……その時の記憶によれば、いささか話は変わってくる。
実のところ、ベルにはかすかながら、祖父と言う人の記憶が残っていた。さる高貴な血筋と聞いたことがあるどころか、そもそも、どこかの貴族の息子であることを聞いたことがあったのだ。婚姻関係もきちんと結ばれていた。けれど、なにかがあった……。ゆえに、祖父のことは公然の秘密のように、母は口に出さなくなっていったのだ。
「なるほど……口に出しづらい雰囲気になったということは、お家が取り潰しになったとか、そういうことかしら……。時の権力者に逆らったとか、あるいは、廃嫡の憂き目に遭ったということも考えられるか……。そもそも、結婚前にご令嬢に手を出すなんて、あまり素性の良くない人なのかも……いや、だけど、ベルちゃんのお祖父さまが、そんなことは……ううん」
難しい顔で考え込むシュトリナ。そんな彼女を尻目に、ベルはこっそーりと問題集を脇に置く。一応、二ページほど進めて、本日のノルマの三分の一は消化したため、罪悪感はさほど……否、まったくない!
さぁて、それじゃあ、なにか面白い本でも読もうかなぁ! と立ち上がったベルの目が、不意に捉えた者……
「あれ……あれは?」
それは図書室に入ってくるリオネルの姿だった。
一人で室内に入って来た彼は、ふぅー、っと深いため息を吐き、椅子に座り込む。
――ミーアお祖母さまの敵対者……これは、少し探りを入れてみる良い機会かも……。
そうしてベルは意気揚々と立ち上がり、リオネルのほうへと向かった。
活動報告更新しました。
来週は遅めの春休みにする予定です。




