第三十七話 楽しみの効用
「今からダンスのレッスンをいたしますわよ。よろしいですわね?」
ミーアは、得意の自分ファーストを発動! 子どもたちを引き連れて、ホールへと向かった。
そこは、先日、新入生ダンスパーティーの会場となった場所だった。
――ふむ、広々としたこの場所ならば、結構な運動量が稼げるのではないかしら……?
ミーアはニコニコしながら、中を見ていた。
「あの、ミーア姫殿下……ここ、あたしたちが使っても大丈夫、なんですか?」
不安そうに聞いてくるヤナに、ミーアは指を振り振り、偉そうに言った。
「正しい使い方をするのに、何を遠慮することがございますの? あなたたちは、このセントノエルの生徒なのですから、胸を張って使えばいいですわ」
ヤナの頭に軽く手を置いて、それから、ミーアは子どもたちを見渡した。
「ところで、先日のダンスパーティー、いかがだったかしら?」
そう問いかけると、子どもたちは、微妙な顔をした。確かに、ミーアやアベル、レアなどにダンスを教わっている間は、楽しかったが、居心地はあんまりよくなかったかなぁ、みたいな、そんな様子だった。
……というか、パティとヤナから聞いた話では、そんなことを漏らす子どもたちが多かったらしい。
「うふふ、その様子では、あまり楽しめなかったようですわね」
そう結論付ける。
それも仕方のないことではあるだろう。なにしろ、特別初等部の子どもたちは、社交界とは縁遠い場所にいたのだ。多少、事前に練習をしていたものの、それでできるほど甘いものでもない。
「以前にも言いましたけれど、みなさんが、将来、確実にダンスパーティーに出ることになるとは限りませんわ。ですから、まぁ、別に踊れなくってもよいといえばよいのですけど……やはり練習は必要ではないかと思いますの。だって……」
一度、言葉を切ってから、ミーアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ダンスができたほうが楽しめますもの」
可愛らしくウインクしてから、ミーアは言った。
それは、今から始めるのが決して、厳しいレッスンではない、と言うことのアピールだ。
自らの空腹具合を促進するために、子どもたちを巻き込んでしまったことに罪悪感を覚えないわけではないのだ。ゆえに、楽しいですよー、ということを強調するのだ。
「いいですこと? いつでも、どんな時でも、楽しめるようになることは、とても大切ですわよ? 楽しさや喜びで、空腹は癒されませんけれど……それでも、それがあれば、顔を上げて前に進む力にはなると思いますの」
あの地下牢でミーアを支えたのは、アンヌと、アンヌが持ってきてくれた楽しいお話だった。あれがあったからこそ、ミーアは絶望に沈まずに済んだのだ。
「そして、ダンスは割とどんな時でも楽しい気持ちになれるスキルですわ。どんな時にだって、ちょっとした手拍子でだって、ダンスはできますわ。だからこそ、できるようになっておいて損はないはずですわ」
などと、偉そうに言うミーアである。
「ということで、今日は楽しく、たっぷりとダンスをしてみましょう」
なにしろ、先ほどは、まぁまぁ食べてしまったので、それを消費しなければ、夕食に差し障りがある。ここは気合の入れどころなのだ。
それから、ミーアは、部屋の片隅に置かれたオルガンに目をやった。
「ふむ、手拍子一つで、とは言ったものの、せっかくオルガンがございますし、どなたか弾いてくださる方がいればいいのですけど……」
ユリウスあたりが弾けないかなぁ、とそちらに目を向けかけたところで……。
「あ、それならば、私が……」
小さく手を挙げたのは、レアだった。
「あら、レアさんはオルガンが弾けますの?」
「はい……いろいろな村で儀式に必要なので一通りは……」
「なるほど。それはいいですわね。では……賑やかな、楽しい曲をお願いできるかしら?」
運動量の多い曲で、一気に先ほどのクッキーを消滅させるつもりのミーアである。
やがて、レアが弾き始めた曲に合わせて、ミーアはダンスを始める。
それは、パートナーがいなければできない社交ダンスとは違う。一人でもできる、即興のダンスだった。月光ダンスによって、ダンスの基礎をその身に刻んだミーアにとって、この程度のことは造作もないことなのだ。
自由に楽しげに踊るミーアに、最初は戸惑う様子を見せていた子どもたちだったが、ミーアがヤナの手を取って踊りに引き込むと、遠慮がちに近づいてきた。
「そう、音楽を聴いて。リズムに合わせるのですわ。ワン、ツー。リズムに合わせて、足を踏み鳴らす」
たん、たたーん、っと足を踏み鳴らし、くるり、と一回転。
笑顔で楽しそうに体を動かすミーアにつられて、子どもたちも体を動かし始めた。
子どもたちのものは、どれも、ダンスとは呼べないようなものだった。ステップも振り付けもバラバラのダンスだったが……ミーアは構わなかった。
むしろ、今は、運動量こそが正義。動きなどバラバラでも構わないのだ。
「そうそう。楽しそうに踊ることが大事ですわ。ダンスのステップとか、型とか、いったん忘れてしまってかまいませんわよ。今日は、楽しむことが大事ですわ」
それを聞いて、レアが、ちょっぴり驚いたような顔をした。けれど、子どもたちの顔を見て、すぐにその顔に納得の笑みが浮かぶ。
「……楽しむことが大事……。楽しむことで、人の心を明るくする……」
噛みしめるようにつぶやき、レアはオルガンを弾き続けた。
さて、しばし即興ダンスで汗を流してから、いったん休憩をとったミーア。
ホールの端で、まだ踊っている子どもたちを見て、小さくため息。
「子どもは元気ですわね……無限の体力ですわ」
などと、自らの加齢について実感するミーアお姉さんである。
っと、その時だった。
「ミーアお姉さま……。お話があります」
パティが、静かに近づいてきた。
「あら、パティ、どうかしましたの?」
「……実は、つい先ほど、リオネル殿も、特別初等部を見学に来ました」
「え……? そうなんですの?」
ミーアは思わず瞳を瞬かせた。
「熱心に、見ていきました」
「リオネルさんが……そう」
それを聞いて、ミーアは思わず考えてしまう。
――特別初等部の粗探しにでも来たということかしら?
いずれにせよ、特別初等部の存在はラフィーナも認めるものだ。そうそう簡単にはつぶせないだろうが……。
「すごく熱心に、話を聞いていきました。特別初等部の意義をユリウス先生から聞いて、いろいろ考えている様子でした」
「ということは、純粋に生徒会長になった時のことを考えて、見学に来ただけということも考えられるかしら……。まぁ、レアさんが選挙で負けても特別初等部を残していただけるならば、朗報なのかもしれませんけれど……」
はたしてリオネルが何を考えているのか……。ミーアは悩まざるを得なかった。