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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第三十六話 ミーアはそっと自らのこめかみに触れ……

「レアさん、大丈夫、大丈夫ですわ」

 どうどう、っと、手を動かしつつ、ミーアは、課題を素早く整理するために、目の前に用意されていたお茶菓子に手を伸ばす……お菓子を食べるために、考えて、カロリー消費をしようとしたわけではない。念のため。

 ミーアが手を伸ばした先には、大きなお皿が置かれていた。それは、ミーアとレアの真剣なやり取りに気を使ってか、アンヌがこっそり用意してくれたものだが……バッチリ視界の外れで、捉えていたミーアである。

 ちなみに、今日のオヤツは薄いクッキーに、バターと甘い豆のペーストがのったものだった。

 サクリ、ホロホロリと口の中に溶けるクッキー生地、その味は仄かに塩気を感じるもの。そこに、濃厚な甘味を持った豆ペーストのトロリとした舌触りと、サラリと舌の上で溶けるバターのコクのある味が合わさり、実に味わい深いものとなっている。

 ――これは……ただのクッキーより数段上のお味……実に素晴らしいですわ。うんうん。

 その極上の味は、ミーアの頭を覚醒させ、クリアにし、伝えるべきことを明確にしていく。

 ――問題は、レアさんが、選挙演説を難しく考え過ぎていること……かしら。もしかして、レアさん、絶対に間違えないように、とか、考えていたりしないかしら?

 ミーアは経験上、知っている。

 そちらに向かって行っては駄目だ駄目だ、と思うほど、そちらに向かって行ってしまう法則があるのだ。馬に乗っている時など、特にそうだ。そっちに行くと泥が跳ねて服が汚れちゃうなぁ、嫌だなぁ、嫌だなぁ、と思っていると、大抵、馬がそちらに向かって行って泥の中に突っ込む羽目に陥る。

 ちなみに、その傾向は、荒嵐に乗っている時に、より顕著に表れるのだが、まぁ、それは些細なことである。

 ともかく、ミーアは思うのだ。

 ――間違えたらダメだと思えば思うほど、間違えてしまうものなのですわ。であれば、むしろその逆。間違えたっていい、と思わせることが大事ですわね。

 ミーアは腕組みし、偉そうな顔でレアに言ってやる。

「間違えたって、やり直しができますわ」

 そのぐらいの気持ちでいたほうが、むしろ間違えずに済むのだ。にもかかわらず、深刻に考えすぎるから、ドツボにはまってしまうのだ。

 ……そもそも、そんな必要はまったくないのだ。だって、ここはセントノエルで、今は平時なのだから。

 目の前の人々が、一切話を聞かずに暴徒化することもなければ、腐った卵を投げつけられることもないではないか。

 一言でも言い間違おうものなら……というか、そもそも、言葉を間違えなくたって、殺気立ち剣を振り上げる連中を相手にすることに比べれば、なんと平和なことだろうか?

 仮に言い間違えても、笑ってくれるのだ。

 ミーアは、数多、自身が行ってきた演説を思い起こし……つくづく思う。

「相手が話を聞いてくれるということを、感謝するべきですわ」

 心から、思う。

 言葉が通じるとは、なんと幸せなことだろうか?

 話せば、とりあえず耳を傾けてくれるというのは、実に幸せなことではないか、と。

 それから、ミーアは、柔らかな笑みを浮かべる。

「大丈夫ですわ。間違えたって、言い直せばいいだけのことですもの。伝わるように誠実に、もう一度、話せばいいだけですわ」

 あくまでも、選挙演説なんか、簡単ですよ、と。間違えたってなんともないですよー、と強調しておく。だから、絶対に間違えないように、とか難しく考えなくってもいいよー、と。

「みんな、あなたの言葉を聞きたいのですから、たっぷり時間をかけて大丈夫。落ち着くまで待って話し出せばよろしいのですわ」

「私の言葉を、聞きたい……?」

 不思議そうに目を瞬かせるレアに、ミーアは重々しく頷く。

 それから、軽くこめかみのあたりを指で触れ、いささか偉そうな顔をして……。

「いいですこと? レアさん。そもそも、誰も話を聞いていないなら、言い間違えてもなんともありませんでしょう?」

「それは、まぁ……」

 何を言いたいのか、と首を傾げるレアに、ミーアは堂々と言う。

「そして、誰かが注目している、あなたの話を聞きたがっているのなら、多少は言い間違えたところで問題ないはずですわ」

 その指摘を聞いて、レアは思わずといった様子で目を見開いた。

「な……なるほど。つまり、どちらにしても、多少の言い間違えは問題ない、と……」

 それは、極めて合理的な話だった。

 聞きたがっていてもいなくても、言い間違えても問題ない、という……。実に、実に! ミーアらしくない合理性だった。

 それもそのはず、このロジックを考えたのは、ミーアではない。

 こめかみのあたり、幻の眼鏡の位置を直しつつ、ミーアは笑う。

 ――ふふふ、クソメガネはこんな感じで、えっらそうに、わたくしに言っていたのですわね。ふふふ、気持ちいいですわ。

 ……要するに、かつて呆れ顔のルードヴィッヒに言われたことを、繰り返しただけであった。いつものやつである。

 それから、ミーアは腕組みする。

 ――しかし、理屈では納得できたとて、それで解決とはなりませんわね。他の手もいろいろと考えておくべきですわ。話すことを原稿化しておいて、当日は、それを読み上げるだけにするとか……。演説の形としてはいまいちかもしれませんけれど、確実ではあるはず……。むしろ、余計なことを言い出さない分、良いかもしれませんわ。

 などと考えつつ、さらにクッキーに手を伸ばしかけたところで、不意に、ミーアの肩に手が置かれた。

「ミーアさま……これ以上食べるとお夕食が食べられなくなってしまいますから……」

 振り向けば、アンヌの生真面目な顔……。さらに、ふと視線を巡らせれば、少し離れたところに、特別初等部の子どもたちの姿が……。

 なにやら、観察するように、ミーアたちのほうをチラチラ見ている。先日、ダンスパーティーで仲良くなったレアのことが気になるのか、それとも、美味しそうなクッキーが気になっているのか……。

 いずれにせよ、オヤツの食べ過ぎで夕食を食べられない、などと言う醜態を、見せられるわけもなく。

「ふむ……レアさん、これからお時間はございますかしら?」

「え? あ、はい。大丈夫、ですけど……」

「それはよかったですわ。実は、特別初等部の子どもたちへ、ダンスの手ほどきをして差し上げようと思いますの。少し体を動かしたほうが頭もスッキリするでしょうし、いかがかしら、ご一緒に……」

「あ、はい。わかりました」

 素直に頷くレアに、満足げな笑みを浮かべるミーアであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クソメガネ時代のルードヴィッヒ師匠の教えが今のミーア師匠の思想を培ったのですね!そしてそれがレアやオウラニア、初等部の子達を始め学園のみんなに受け継がれ進化していく…… [気になる点] 荒…
[良い点] >……そもそも、そんな必要はまったくないのだ。だって、ここはセントノエルで、今は平時なのだから。 >目の前の人々が、一切話を聞かずに暴徒化することもなければ、腐った卵を投げつけられることも…
[良い点] レアの琴線に触れる言葉を投げかけていた裏側の半分くらいはクッキーの事か……。 しかも自らの経験に基づいているとはいえ、ほとんどルートヴィッヒの丸パ……引用とは。 あまりにもいつも通りで乾い…
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