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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第三十五話 ついに……

 その日、ルードヴィッヒは、自らの執務室で仕事をしていた。

 ミーアの片腕として政治全般に関わるようになってから、ルードヴィッヒの立場は、いささか、微妙なものになった。

 未だ、その所属は金月省であるものの、その仕事の幅は、一月省に留まらない。皇女ミーアから全権を委託された彼は、どちらかと言うと皇女ミーア直属の文官と言う扱いであり、小宰相などと呼ぶ者もいるほどであった。

 あまりその状況を好ましく思わない者もいたが、ルードヴィッヒとしては構ってもいられない。ミーアの思惑を実現するためには、遠慮などしている暇はないのだ。

 そんな彼は、現在、金月省のほど近くに建物を用意し、そこで政務にあたるようにしていた。

 表向き、そこは、特別行政区である新月地区の税体制を整えるための、金月省の特命機関という扱いになっている。

 後の世に、新たなる月省「紫月省」と呼ばれることになる機関である。

 そんな建物に、その日、来客があった。

 フォークロード商会の長、マルコ・フォークロード、ミーアの友人クロエの父にして、今は帝国の食料事情を支える重要人物である。

「これは、マルコ殿、しばらくぶりですね」

 笑顔で彼を迎えたルードヴィッヒは、挨拶もそこそこに、早速、本題に入る。

「それで、いかがですか? 他国の状況は……どこかで、飢饉の兆候はございますか?」

「いえ。小麦の不作と、それに伴う食料不足の傾向は確かにありますが、それでも、各国ともに持ちこたえている、といってよいでしょう。我々のほうに助けを求めて来る国もございますが……大まかに言えば、食料は足りています。しかし……」

 と、そこで、マルコは黙り込んだ。

「なにか、問題がありますか?」

 眼鏡を軽く押し上げて、ルードヴィッヒが問う。っと、

「噂は、どこからともなく広まっていくもの。小麦の不作への不安感は、やはり高まっているように感じます」

 民衆は食料不足を知らない。できるだけ知らせないように、取り計らったのだ。

 流通の混乱が飢饉を生む。それゆえに『普通』の維持こそが肝要、とミーアが方針を定めたゆえである。にもかかわらず……。

「流通が、きちんと動き続ければ、この不作は乗り越えられる。そのようにミーアさまが取り計らわれました。我ら商人はその辺りを肌で直接感じ取ることができるが、人々はそうではありませんので……。だからといって、現状を素直に明らかにしてしまえば、やはり、不安感から暴徒を生みかねない」

「難しいものだ……」

 ルードヴィッヒは思わず、天を仰ぐ。

 商家に生まれたルードヴィッヒの思考は、どちらかと言えば、商人のものに近い。

 数字に忠実な合理主義者、いかに心に不安があれど、理を優先させることができる。感情を、ある程度は客観視し、切り離して考えることができる。

 ゆえに、いかに不安であれど、計算によって足りると導き出せるのであれば、それを信じることができた。が……誰もがそうであるわけではない。不安が合理的結論を上回り、略奪が起こりかねないわけで……。

「ミーアさまへの信用、それこそが、おそらくは鍵でしょう」

 不安感を上回る、ミーアへの信頼、それさえあれば乗り切れるであろう、とマルコは断言する。けれど……。

「帝国内では、帝国の叡智の名は、すでに知られたもの。だが、ヴェールガ公国並びに、その南にある諸国の民にとっては、まだまだミーアさまの名は遠い、か」

 商人たちは、ミーアネットの存在を知り、驚嘆しているものの、人々には直接関係はないのだ。むしろ、食料不足の危機下にあっては、自分たちの港、セントバレーヌから、食料を奪っていく者……と言う見方をする者すらいるかもしれない。

「セントバレーヌが近くにあれば、海産物や海外からの食料輸送も比較的容易だ。彼らは、ミーア姫殿下の恩恵に、直接的には与っていないのです」

 マルコの言葉に、ルードヴィッヒは思わず唸ってしまう。

「なるほど。ミーアさまのことをあまり知らない者にとっては、ミーアさまの訴えは、却って不安感をあおるものである、と」

 深々とため息を吐いてから、ルードヴィッヒは首を振った。

「遺憾ながら頷ける状況ですね。不安とは、具体的正体のない、されど、放置すれば見る間に大きく膨らみあがる厄介な代物……。さて、ミーアさまは、その辺りをどうお考えだろうか……」

 まったく、考えていないはずはないだろうが……。

 ルードヴィッヒは遠くセントノエルにいるミーアのことを思う。

「信用を得るのは、容易なことではない。となると、もしかすると、我々が思ってもみなかった方向で、策を練っておられるかもしれないな」

 いつだって、ルードヴィッヒらの想像を超えていく。それこそが、帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンである。

「農作物の不作は、もうしばらく続く。ならば、人心の安定は絶対に必要なこと……。どうやって……」

 マルコと別れて後、ルードヴィッヒが向かったのは、白月宮殿の大図書館だった。

 なにか、ヒントはないものか……。分厚い本を眺めていると……。

「あ、ルードヴィッヒさん」

 突然、声をかけられた。視線を向けると、そこには眼鏡の少女が立っていた。

「ああ、君は……確か、ミーア姫殿下のお抱え作家の……」

「はい。エリス・リトシュタインと申します」

 エリスは小さく頭を下げてから、

「図書館に、なにか御用ですか?」

「いや。少し考え事をね。君のほうは執筆かな?」

「はい。アンヌお姉ちゃんに、原稿を届けてもらおうとしていたところです」

 そうして、エリスはニコリと微笑んで、

「ようやく、一冊分がまとまりました。これならば、本にしても問題なさそうです」

 差し出された紙の束……。それは、貧しい王子と黄金の竜の、第一巻の完成原稿だった。

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― 新着の感想 ―
ルードヴィッヒ、ミーアから全権委任されてて小宰相と呼ばれ、独自の執務棟用意できるってことは流石に三等税務官じゃないよな? 金月省の組織図とかは分からないけど、省の中での地位も相当上がったんだろうな
[良い点] エリスお母さまキター!断罪王世界線では病弱だった彼女も毒死世界線では頼れるタフでカッコいいママでしたね! [気になる点] 蛇の情報操作、確かに私が蛇なら「ミーアネットは食糧を買い占め戦争準…
[気になる点] そういえば……今の時間軸だと、 普通の小麦の値段ってどうなってるんでしょう? 小麦秘話ヒストリー(433話)では、 例年の1.5倍ほど、とされていましたが。 当時からしたら未来だった…
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