第三十三話 誰もがミーアのようではなく……
さて、選挙公約も早々に固まり、それを表明すべく、レアは各教室を回ることになった。
ミーアも応援サポーターとしてついて行くことになっている。
――正直、わたくし自身がついて行くと、えこひいきと言う感じが出てしまうかと思いましたけれど……リオネルさんの言葉を聞いていると今さらですわね。
彼は、ミーアがレアを全面的に応援し、影響を与えるとして訴えている。ならば、今さら距離をおいても仕方ない。開き直って全力で応援するつもりである。
その、つもりであったのだが……。
「では、レアさん、高等部の三年生から行きましょうか。みなさん、優しい先輩方ですから、リラックスしていきましょう」
そう言って、レアの肩を叩く。っと! 瞬間、レアがびっくーんっと跳びあがった。
「なっ、どっ、どうしましたの? レアさん」
驚いて問いかければ、レアは、は、はひ……っと返事をして……。
「あ、え、あ、ぅ、いっ、行って、きます」
ぜはーぜはー、っと息を吐き、胸に手を当てるレア。それから、両手両足の動きを揃え、ギクシャクと教室の中に入っていく。それを見て、ミーアは、若干の不安を拭えなかったが……。その不安は見事に的中することになった。
教室前方に出たレアは、その場に集う生徒たちを見て……。
ほわわ、っと口を動かした後、ぶんっと頭を下げ……。
「み、みなさん、は、はじめまして。レア・ボーカウ・ルシーニャ……」
噛んだ……。盛大に、噛んだ!
レアは、再び、あわわ、っと唇を震わせる。その顔が見る間に青くなっていき……そして、
クラァッと横に倒れそうになった。
「う、ううん……」
「レアさん!?」
ミーアの悲鳴、直後、咄嗟にレアに駆け寄ったのは、アンヌだった。ミーアの右腕は、極めて忠実にレアが倒れるのを防ぎつつ、さっとミーアのほうに視線を向けてきた。
『どうしますか!? ミーアさま!』
視線で訴えかけられ、ミーアは……、
――え? これ、どうすればいいのかしら?
目をグルグルさせる。今回、ミーアとしては、レアが話した後に、レアを礼賛することしか、考えていなかったわけで……。
「み、ミーア姫殿下、これは?」
クラスの生徒たちが不思議そうにミーアを見つめていた。その内、何人かは、心配そうにレアのほうを見つめていて……、ミーア、咄嗟にそこに活路を求める!
「あ、ああ、ええと、レアさんは、その、あまり体が強くないようで、時折、体調が優れなくなるようですの。ぜ、ぜひ、みなさま、支えて上げていただきたいですわ。お、おほほ」
っと、レアに対する同情票に繋げんとフォローしつつも、ミーアは教室から撤退した。
ほどなくして、レアは目を覚ました。
「申し訳、ありません。ミーア姫殿下。私、緊張してしまって……」
しょんぼり、小さく肩を落とすレアに、ミーアは優しい笑みを浮かべつつ。
「ええ、まぁ……その、こういうことも、ございますわ、ね……うん」
そうは言うものの、内心で頭を抱えていた。
――こっ、これは……想定外でしたわね……。
レアの顔を見ながら、思わず考え込んでしまう。
基本的には小心者なれど、いざみなの前に出ると途端に肝が太くな(FNY)るミーアである。されど、誰もが、ミーアのようであれるわけではない。あるいは、生まれながらにして威風堂々としているシオンやラフィーナのようであるわけもなく。
みなの視線に晒されると、緊張して体が縮こまってしまう、レアのような少女は、むしろ、普通なのだろう。
なにしろ、彼女が対峙するのは、ただの民衆ではない。この大陸の有力貴族の子女であり、なおかつ、そのほとんどがレアよりも年上なのだ。
――けれど、何とかしなければなりませんわね。生徒会長になれば、おのずと、全校生徒の前に立つ必要も出てきますし、訓示を垂れる機会だって増えることでしょう。
ラフィーナの場合には、神聖典の講解説教なども行っていた。ヴェールガの司教の娘が生徒会長になれば、似たような役割を期待されるかもしれないし、いずれにせよ、生徒たちに言葉を届け導く勤めを負うのだ。
ちなみに、一方のリオネルのほうも、緊張はしてるのだろうが、それを押し隠して、人前で話せるだけの胆力はあるらしい。無難に、選挙演説を続けていると聞くし、そういう意味では、彼のほうが生徒会長の資質があると言えるのだろう。
――選挙演説で、この調子だと少しまずいかもしれませんわね。
いかに、レアの政策が無難な物であっても、それを伝えることができないのであれば意味がないわけで……、
――まぁ、仮に生徒会長になれなかったとしても、リオネルさんが上手くやってくれれば司教帝の出現は防げるはずですし……どうとでもな、る……?。
っとミーアが低きに流れそうになった、まさにその時だった。不意に、ミーアの脳裏にラフィーナの笑顔が浮かんだ。それは、涼やかな――獅子の笑みだった!
瞬間、ミーアは悟る。あれ……これ、まずいんじゃあ? と。
そうなのだ。ミーアは、すでにラフィーナに手紙を送ってしまったのだ。
レアに生徒会長を譲るのを納得してもらうため、全力で、レアが生徒会長になることが、さも素晴らしいことのように……。
――ラフィーナさまと共に学園に築いてきた大切なものを継承するために……とか、ついつい、筆の乗るままに書いてしまいましたわ!
そう、上手くいっていたから……選挙で勝つことなど当然といった感じだったから……上手くいきすぎて、いたから……、ついついさらさらーっと書いてしまったのだ。
――ああ、そう、そうですのね。わたくし誤解しておりましたのね……。レアさんが生徒会長になるのは、現状では、唯一の安全策でしたわ。
実際は、まぁ、滅多なことは起こらないとは思うのだが……なにがおこるかわ駆らないのが、歴史の流れというもの。
そして、こうするのが絶対に安全と思える道があるならば、そこを全力で駆け抜けることこそが、小心者に相応しい戦略で……。
――そうですわね。なんとかするしか……ないですわね。
ミーアは、静かに覚悟を決めるのであった。