第二十七話 次から次へ!
一気に押し切り、レアの了解を取り付けたミーア。そこまでは首尾よくいったものの、実際のところ、あまり時間はなかった。
すでに、リオネルは動き出している。ミーア自身が候補として立つならばともかく、レアが対抗馬となるためには、早々に動き出さなければ厳しい。
「すぐに動き出せるように、生徒会の方々にも話を通しておく必要がございますわね」
ミーアは急遽、生徒会に召集をかけた。
生徒会室に集まった面々を前に、ミーアは改めて事情を説明する。
と言っても、司教帝やらベルの消失のことは、あまり広く知らせると、それ自体が未来に影響を及ぼす可能性がある。
それに、司教帝のことは、説明するにはいささかデリケートな問題だ。
万が一、ヴェールガの耳に入ったりすれば、ミーアの側が敵視していると判断されかねない。
ここは先日、キースウッドが口にした、後進の育成というポイントに絞って話を進めるべきだろう。
ミーアは、共有する情報を頭の中で整理しながら、話し始めた。
「でも、大丈夫でしょうか?」
ミーアの話を聞いて、一番に不安そうな声を上げたのはティオーナだった。
「ミーアさまが生徒会長を退かれるというのは……」
「そうですね。以前にも話題に出てましたけど、今は時期があまり良くないかもしれません」
クロエと、ラーニャもそれに同意した。今現在、上手くいっているものを変えるというのは、勇気がいるものなのだ。けれど……。
「不安がないと言えばウソになりますけれど、おそらく大丈夫ではないかと思いますわ」
ミーアは、あえて堂々と頷いてみせる。理由はとても簡単で、すでに、飢饉に対する体制はできているからだ。
ミーアの声を受けて卒業していった者、在校生たち、飢饉への心備えができている者たちの数は、すでに十分すぎるほどだ。
寒さに強い小麦も、ラーニャの尽力によって、これから広がっていくはず。さらに、天候不順も永遠に続くわけではない。徐々に回復していき、それに合わせて小麦の不作も改善していくはずなのだ。
それゆえ“今回の”危機を乗り越えることは……おそらくできるだろう、とミーアは見ている。あくまでも“今回の”ではあるが。
だからこそ、これから先の新入生たちに必要なのは、大飢饉の危機を乗り越えた先のことなのだ。
――わたくしは、卒業した後、おそらくは女帝に祭り上げられることでしょう。まぁ、それで帝国が安定するなら、仕方のないことなのですけど……。
しかし、ミーアはすでに知っているのだ。帝国だけ安全で、安定していても意味がない。大陸の各国の状況も、帝国に大きな影響を及ぼすわけで……。そちらが平和でなければ、のんびりと寝て過ごすことはできないのだ。
要するに、ミーアとしてはセントノエルがしっかりしていてくれたほうが楽に統治ができるのだ! そのことにミーアは気付いてしまったのである。
――せっかく、不作と言う共通の危機を通して、国々が一致団結するのなら、その状況を長く続けたいものですわ。平和じゃないと、いろいろな国の美味しい物を食べられませんし。
戦争とか起こってもらっては困るのである。
国の統治が乱れて、内戦だの、盗賊の跋扈だの、そういうのは御免こうむりたいミーアである。
ということで、ミーアは静かに告げる。
「わたくしたちは、今回の危機に良く対処できている。これから先も油断なく続けて、今年、そして来年を乗り切りたいと思っておりますわ。けれど、そのために、生徒会長の地位は、すでにそこまで必要ではない、とわたくしは思いますの。むしろ、その有効な使い方は別にあるのではないか、と……」
「必要なものは変わる。その時々、状況ごとに最善の態勢を整える、か」
シオンが腕組みしつつ、つぶやく。
「ええ。特別初等部もそう。国々の垣根を越えて、助け合うという心持ちもそう。わたくしたちが築いてきたものを、次なる世代に引き継ぐために……。わたくしはレアさんに生徒会長をしていただきたいと願っておりますの」
「次世代……」
ぽつり、とつぶやいたのは、クロエだった。
「そうか……。ミーアさまたちと、こうして学園にいられるのも、あと二年なんですね……」
その声は、思いのほか寂しげで……。
「私なんか、あと一年ですけどね」
ラーニャも、同じく寂しそうな笑みを浮かべていた。
「ええ。その通りですわ。わたくしたちはいつまでも学生でいるわけではありませんわ。だからこそ、わたくしたちと志を同じくしてくれる、若い世代を育てたい。そして、それを継承していっていただきたいんですの。できれば、わたくしの子や、孫……そう、ベルの世代までね」
「なるほどな。善政を敷いた王の世継ぎが、ろくでなしで、国が傾くということはよくある。それを避けるための体制を作ろうということか」
アベルも納得の様子で頷いていた。
「本来、セントノエルと言うのはそういう場所ですし。おそらく、ラフィーナさまも、生徒会長をされていたら、そのようになさっていたのではないかしら?」
これならば、ラフィーナにも納得してもらえる。そう思えることが大切だ。
それから、ミーアは静かに頭を下げた。
「みなさんにも、ぜひ、協力していただきたいですわ。わたくしたちの想いを、次なる世代に引き継いでいくために……」
その日、セントノエルに激震が走った。
生徒会長ミーアが、次の会長選挙に立候補しないことと、自分の代わりに、新入生レアを推薦することを表明したためだ。