第二十一話 ミーア姫、冴えわたる(ひさびさに……)
さて、風呂から上がり、脱衣所で髪を乾かしている時のことだった。
「ところで、レアさん、ダンスパートナーは、どなたにするおつもりですの?」
会話のきっかけを求めて、ミーアは話題を振ってみた。
「え……?」
「ほら、新入生歓迎ダンスパーティーですわ。どなたかからお誘いを受けているのではなくって?」
見たところ、レアは、なかなか可愛らしい容姿をしている。それに、なにより、ヴェールガ公国の司教の娘である。誰かから声をかけられていても不思議はないかと思ったのだが……。
「え……ええ? い、いえ、その……そんな、相手なんて、私、いなくて……あの」
ぶんぶん、っと首を振りつつ、頬を赤らめるレア。そんな彼女を見ながら、ミーアは少しだけおかしくなった。
――ふふふ、これではまるで、かつてのラフィーナさまとわたくしのようですわね。
セントノエルに入りたての頃を思い出す。この大浴場でラフィーナと出会った時のことを……。
――あの時は、ラフィーナさまにダンスパーティーのことを教えていただいたんでしたわね。あれは、助かりましたわ。もしも、あれがなければ、アベルをダンスパートナーにすることもなかったでしょうし……。っというか、下手をするとボッチパーティーを満喫する羽目になるところでしたわ……。
まぁ、さすがに、誰かからは誘われたと思うし、シオンあたりが誘ってきたかもしれないけれど……。っと、思いつつも、脳裏に深く刻まれていたのは、前時間軸でのボッチパーティーのトラウマだった。
あの、なんともいたたまれない気持ちを思い出しかけて、思わず、ぶるるっと体を震わせるミーアである。
「ミーアさま、大丈夫ですか? お体が冷えたのでは……」
ミーアの髪を丁寧に拭いていたアンヌが、心配そうに話しかけてきた。
「ああ。いいえ、大丈夫ですわ。アンヌ。なにも問題ありませんわ」
微笑みつつ、ゆっくりと首を振り……。あんなことは二度と起こらない、起こらない!と自分に言い聞かせてから、レアのほうに目を向ける。
――しかし、よもや、ボッチパーティーの傷心が司教帝に繋がる、とも思いませんけれど……。どんなに小さな可能性でも潰しておくに越したことはありませんわ。ダンス会場で、誰かが声をかけてきてくれるだろうとか、きっとあの人は自分に声をかけてきてくれる、などと思い込んでいるとするならば、それは大きな誤りですわ!
そう、ミーアは知っている。“待ち”に徹するのは戦略的に誤りなのだ。きちんと冷静に、はたして自分は、殿方に声をかけられるに足る器なのか……? と、きっちりと見つめなおさなければいけないわけで……。
――もし、そうでないなら、自分から動かなければなりませんし、そのことをきちんと教えて差し上げたほうがいいのではないかしら?
念のため、とミーアは口を開く。
「パートナーがいないようでしたら、わたくしも探すのを協力いたしますわよ? ちょうど良い作戦を、いろいろと存じておりますから……」
自分には恋愛軍師もついているし……と、アンヌのほうに目を向ければ、アンヌもふんふん、と頼もしく頷いていた。
……恋愛小説で得た知識を実践してみる機会を探していた二人であった。が……。
「あ、いえ……。たぶん、誰もパートナーがいなければ、リオネル兄さまがなんとかしてくれると思うので……」
レアは、慌てた様子で手を振った。
「あら、お兄さまが、そんなことを?」
「はい。父に、私の面倒を見るように、と言われていたようで、とても気を張っているみたいでしたので……。私は特に何もしなくていいと言われています」
――なるほど。兄妹の仲は悪くない、と……。
話を聞きつつも、ミーアは、再び、おかしくなってしまう。
――しかし、ふふふ、ラフィーナさまも、こんなことを考えながら、わたくしに話しかけたのかしら……? あの時は、純粋に興味半分で聞かれたのかと思いましたけれど、もしかしたら、わたくしが失敗しないように心配して教えてくれた、とそういうこともあったのかも……。
っと、そんなことを思った……瞬間だった。ミーアは、唐突に、とある感覚を覚える。それは、なにか、予感めいた感覚だった。
ふと見れば、レアだけでなく、たくさんの生徒たちの姿があった。セントノエルの、大陸各国の未来を支える、新入生たちの姿があった。
――この方たちに、わたくしは大切なことを教えることができますわ。ダンスパーティーのこともそう。黄月トマトの教訓や、種蒔きと刈り取りのことも……。でも、わたくしは、あと二年間しか、この学園にはいられない……。
漠然とした問題意識が、ミーアの中に芽生えつつあった。そして、意外なことに、ミーアが感覚的に捉えたものは、意外なことに的を射ていた。意外なことに。
お風呂に入るとミーアの知能は何割増かになるのだ。
お風呂に入るとミーアの知能は何割かマシになるのだ。
「あの、ミーア姫殿下?」
ふと見れば、レアが不思議そうに首を傾げていた。
「え? あ、ああ……ええ。なんでもありませんわ。おほほほほ」
誤魔化すように笑ってから、ミーアは言った。
「まぁ、パーティーはいろいろな方との交流が主眼。そういう意味で、別にパートナーをお一方にする必要はありませんわ。約束がなくても構いませんしね。それでは、もしも、暇そうでしたら、お声がけしますわね」
「え? あ、いえ、その、お気遣いには及びませんけど……」
「ふふふ、遠慮は無用ですわ。わたくしは、ラフィーナさまのお友だち。ラフィーナさまの遠い血縁でもあるあなたを気にかけるのは当然のことですわ」
ミーアはニコニコと愛想のよい笑みを浮かべるのであった。