第十七話 リオネルの揺さぶり。ミーア感心す
「聖女ラフィーナさまの一番のご学友とお会いできて光栄でございます。ミーア姫殿下、お噂はかねがね……」
朗らかな笑みを浮かべるリオネル少年。彼は思いのほか賢そうな顔をしていた。それに、どこかラフィーナを思わせるような、そんな美しさがあった。
――いえ、というか、それより後にもっと似ている方がいたような……はて?
と、思いかけるも、すぐに首を振る。
ともかく、このリオネル少年、割と見栄えが良い。
――アベルには劣りますわね。まぁ、シオンにも。あの二人はすっかりたくましく精悍になっておりますから。それにキースウッドさんのような色気もございませんけれど……ふむ、可愛げがある顔をしているから、割と人気を得るかもしれませんわね。
ミーアは冷静に分析し……。
――強力な対抗馬とまでは思いませんけれど、油断は禁物ですわ。
そう結論付ける。
相手はベルよりも年下、どちらかというとパティたちと年齢の近い、子どもだ。けれど、決して気は抜かない。
そう、獅子は、相手が子猫でも決して油断しない。かつてのラフィーナがそうであったように……ラフィーナの獅子の気概を受け継いだミーアは、全力でリオネルと戦うことを決意する。
――とりあえず、こちらのほうだけ情報を知られているというのも癪ですし、ここは反撃しておくべきかしら?
ミーアはニッコリと、獰猛な笑み(ミーア比)を浮かべて言った。
「ふふふ、リオネルさん。わたくしも、ラフィーナさまからあなたのことをお聞きしておりますわよ。セントバレーヌのルシーナ司教の息子さんでしたわね。純粋ないい子だったと、ラフィーナさまはおっしゃられてましたわ」
こっちだって、お前のことを知ってるぞ! とアピールしたつもり……だったミーアなのだが……。
「ラフィーナさまが、ぼ……私のことをっ!」
リオネルは、なぜだろう……ぱぁあっと輝く笑みを浮かべた。実に、なんとも子どもっぽい、純粋無垢な笑みだった。
それを見て、ミーア……ピンと来る!
――あら、可愛らしい。この子、もしかして、ラフィーナさまに淡い恋心でも抱いているのかしら?
優れた恋愛脳の持ち主、恋愛熟練者のミーアにとって、純粋な少年の恋心を見抜くことなど、わけないのだ。
――これ、もしかして、ラフィーナさまの特製肖像画とかプレゼントしたら、簡単に懐柔できてしまうんじゃ……?
などと考えていたのだが……。ミーアの視線に気付いたのか、リオネルはハッとした顔で、咳払い。それから、生真面目な顔をして……。
「ところで、ミーア姫殿下に、お願いがございます」
「あら、なにかしら? わたくしに聞けることであればいいのですけど」
澄まし顔で、余裕たっぷりにミーアは答える。そんなミーアにリオネルは、
「ぜひ、私にセントノエルの生徒会長の座を譲っていただきたいのです」
鋭く切り込んできた。
――あらあら、これは……なんとも、ストレートな物言いですわ。
ミーアはその発言に、ある種の感動すら覚えつつ、口を開く。
「それはまた……何故ですの? あなたに生徒会長の座を譲れなどと……」
「かつて、ラフィーナさまは、ご友人のミーア姫殿下に生徒会長の座を譲られた。あの日、正式に選挙を行っていれば、ラフィーナさまは勝っておられた。そうではありませんか?」
一息に言って、リオネルはジッと見つめてきた。それは、決して言い訳を許さないといった態度だった。
「にもかかわらず、ミーア姫殿下は、今、生徒会長をしている。つまり、ラフィーナさまは何かのお考えがあって、ミーア姫殿下に生徒会長の座を預けたということ……ならば、その預けていたものを、ヴェールガにお返しいただきたいのです」
「なるほど。確かに、わたくしはラフィーナさまから、生徒会長の座を譲られた。預けていただいていた……とも考えられますわね。ちなみに、もし、わたくしが、預かり物を返すのを拒んだら、どうなるのかしら?」
「ヴェールガには、ミーア姫殿下が良からぬことをして、ラフィーナさまから生徒会長の座を奪った……と、そのように考える者もおります。そのような者たちの主張に、一定の説得力を与えることになってしまうかもしれません。もちろん、私は、あくまでも、ラフィーナさまは、理由があって預けただけだと信じています。だからこそミーア姫殿下は懸命なご判断のもと、生徒会長の座を明け渡してくださると思っていますが……」
そうして、彼は小さく肩をすくめた。
――つまり、わたくしが生徒会長の座をラフィーナさまから奪ったのではなく、預かっていただけ、と……。そうしておけ……と、そのように言っているわけですわね。逆にそうしないなら、なにか、ラフィーナさまから汚い手で奪ったと主張し、攻撃することも辞さない、と……。
ミーアはリオネル少年の顔を見て、ふむ、と鼻を鳴らした。
――これは意外と、理屈に合ってますわね……。それに、選挙を経ずに譲られたものを、選挙を経ずに返す、というのも筋としては通っていなくもない、か……。
彼とミーアの立場は、かつてのラフィーナとミーアを入れ替えたものだ。ゆえに、ミーアが譲ることに、それほどの違和感もなく……。
要するに、目の前の少年は、自分ではミーアに太刀打ちできないと認めたうえで、戦略を練ってきたというわけだ。
そうして、ミーアは感嘆のため息を吐く。
――この子……頭がいいですわ! パティには及ばないでしょうけれど、ベルなどは簡単に手玉に取られてしまいそうですわ。いや……ベルが手玉に取られない人というのもあまり想像しがたくはありますけれど……あの子、もっとしっかりしないと危ないんじゃないかしら……?
なぁんて、孫娘のことを心配するミーアである。
「どうでしょうか? ラフィーナさまが、ミーア姫殿下に預けていたものを、素直にお返しいただくことで、我が祖国、ヴェールガの疑惑も払拭できるというものだと思いますが」
判断を急かすように、一歩前に出るリオネルであったが……。
「ヴェールガの疑惑……とは、はたして、幾人の司教、幾人の貴族が抱くもののことだろうか?」
不意に、穏やかで……けれど、侵しがたい強さを持った声が響いた。
振り返れば、そこにはアベルが立っていた。
「すまない、ミーア。少し話が聞こえてしまってね。つい、気になってしまったんだ」
それから、アベルはリオネルのほうを見つめる。
「もし、そのような疑念が本当に生じているならば由々しきこと。ミーア自身が行って弁明する必要もあるかもしれないと思ってね。はたして、その疑惑はどれぐらい大きなものなのだろうか?」
アベルの問いに、リオネルは小さく首を振った。
「あいにくと、神ならぬこの身では、人の心の中のことはわかりかねます。しかし、そのような疑惑は、生まれてもおかしくない状況にある……と、そのことをお考えいただきたかったのです」
それから、リオネルは分が悪いと判断したのか、もう一度、ミーアのほうを見て、
「どうか、ご懸命な判断をなさいますように」
それだけ言い残して、去って行った。