第十六話 出会い
さて、卒業式に続き、今度は入学式の準備にミーアは追われた。
「といっても、まぁ、サンテリさんもいらっしゃいますし、なんとかなるのではないかしら?」
というミーアの予感は幸いにも当たり、ラフィーナが抜けた穴は、サンテリら職員や学園付きの司祭と連絡を密にとることで、乗り切れそうだった。そんな自信を深める機会になった入学式を終え、大過なく新入生の受け入れを終えたミーアに、とある出会いが待っていた。
それは入学式直後の、女子寮でのことである。
廊下を歩いていたミーアは、部屋にワイワイ向かって行く新入生を見て……ちょっぴり偉そうに威張る子や、不安そうにソワソワする子たちを見て、思わず微笑ましい気持ちになる。
「……ふむ、そうですわ。新入生歓迎ダンスパーティーのことは、きちんと教えておいて差し上げないとダメですわね。それと、新入生を歓迎する意味でも、ここはお風呂に特製の入浴剤を入れて……パーティー前にみなを誘ってお風呂会をするというのもいいかもしれませんわ」
この年のダンスパーティーはたいそう、輝きに満ち溢れたものになってしまうわけだが、まぁ、それはともかく……。
そうして廊下を歩いていたミーアの、その視界の端に、ふと水色の輝きを見た気がした。
「…………え?」
涼しげで澄んだ色……純粋無垢な聖女を思わせる、その色を見て思わず……。
「ラフィーナ、さま……?」
ミーアはその名をつぶやいていた。けれど、違う。
そこにいたのは、いかにも新入生という、幼さを残した少女だった。
よく見ると、その髪は、ラフィーナの髪色よりは少しだけ薄い、白にも近い水色だった。それに、その瞳の色は、淡い灰色で、それが光の加減で、時に緑色に輝いているのだった。
少女は、ミーアのほうを見て、白い顔をいっそう白くして、あ、あの……とつぶやいた。
「ああ、いえ……。なんでもありませんわ。怖がらせてしまったなら、申し訳ありませんでしたわね。わたくしは、ミーア・ルーナ・ティアムーン。先ほどの入学式でもご挨拶させていただきましたが、セントノエルの現生徒会長ですわ」
スカートをちょこん、と持ち上げて頭を下げれば、少女は、あわあわと口を震わせながら、
「あ、あの……お初にお目に、かかります。私の名前はレア、と申します。ヴェールガ公国の……その、伯爵令嬢です。ミーア姫殿下」
そうして、少女、レアは一歩引いて、スカートの裾を小さく持ち上げる。
「まぁ、ヴェールガの……では、もしや、ラフィーナさまとも血縁がございますの?」
高級貴族の間ではしばしば政略結婚が行われ、複雑な血縁模様が描かれるものだが……。
「はい。あの、公爵家と我が伯爵家とは、遠く、血が繋がっていると聞いたことがございます……」
「なるほど。それで……。どこか、ラフィーナさまの面影がございますわね」
言いつつも、ミーアは腹の中で考える。
――ラフィーナさまの血縁がある伯爵令嬢となれば、優しくしておくに越したことはございませんわね。逆に、変なことをして、チクられたら大変ですわ。ここは最大限、親切に。
みなに愛され、慕われる生徒会長の笑みを浮かべ、ミーアは言った。
「こうして出会えたのも、なにかの縁。ラフィーナさまは、わたくしの大切なお友だちですし……。仲良くしていただけたら嬉しいですわ」
ニッコリと優しい笑みを浮かべるミーア。レアは瞳を瞬かせた後に、
「あ、はい。あの……よろしく、お願いいたします。ミーア姫殿下」
いそいそと頭を下げて、行ってしまった。
「あら……もう少しお話を、と思いましたけれど……。しかし、ふふふ。レアさん……。顔はラフィーナさまとちょっぴり似てますけれど、中身は少し違うみたいですわね」
それから、ミーアは顎に手を当て、考える。
「しかし伯爵家……。どの伯爵家なのかしら……。ヴェールガの伯爵家と言えば、ええと確か、授業かなにかでやったはずですわね?」
基本的に、勉強は嫌いかつ嫌いなおかつ嫌いなミーアであるが、さすがに神聖ヴェールガ公国の貴族事情には、多少は通じている。そんなに数は多くないし、一応、上位の貴族の名前ぐらいは把握しているわけだが……。
「ううむ……むむむ……」
記憶を探りつつ、女子寮を出る。
部屋でじっくり思い出す、などと言うことはしないのだ。頭を動かさなければならない時にミーアが向かう場所は、風呂。あるいは……食堂である。
女子寮を出て、そそくさと、甘い物のところにミーアが向かおうとしたところで……。
「お待ちください。ミーア皇女殿下」
横から呼び止められ、ミーアは静かに視線を向ける。っと、そこに立っていたのは、淡い水色の髪を持つ、一人の少年だった。
深い緑色の瞳に、知的な輝きを湛えた少年は、華麗な仕草で礼をする。
「お初にお目にかかります。帝国の叡智、ミーア皇女殿下。私は、リオネル・ボーカウ・ルシーナ。セントバレーヌに派遣されたルシーナ伯爵家の嫡男でございます」
――ああ、現れましたわね。この子が……。
ミーアは愛想よく笑って、そっとスカートの裾を持ち上げる。
「ご機嫌よう、リオネルさん。ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ」
「ご機嫌麗しゅう。ミーア皇女殿下。聖女ラフィーナさまの一番のご学友にお会いできたこと、光栄に思います」
そうして、リオネルは朗らかな笑みを浮かべた。