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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第十五話 卒業式 ミ視点

 卒業式の開始のオルガンが始まった時、ミーアは、思わず安堵の吐息を吐く。

 ――無事に今日までこぎつけて、良かったですわ。

 実のところ、ここ最近、ミーアは結構なプレッシャーを感じていたのだ。

 今回の卒業式、生徒会の責任は軽くない。

 そしてその生徒会に、ラフィーナは含まれない。彼女は送り出される立場である。

 かつてであれば、仮に卒業式が台無しになったとしても「準備している側に聖女ラフィーナさまがおりますが、なにか?」と言えたところを、今回に関しては言えないのだ!

 これは、なかなかにプレッシャーだった。

 無論、準備にはラフィーナはもちろん、司教やセントノエルの職員なども関わっている。が、生徒会の準備している部分に関しての責任は、ミーア他、生徒会の役員たちにかかるわけで……。

 しかも、生徒会の役員を選んだのがミーアなのだから、最終的な責任はミーアが問われることになるのだ。

 ――万が一、なにかまずいことがあれば、その辺りを生徒会選挙で突かれる可能性もございますわ。次の生徒会長に選ばれるまでは、できるだけミスは避けるべきですわ。

 そうして気を張り詰めていたゆえに、今日という日を無事に迎えられて、ミーアはホッと安堵したのだ。

「今日という日を無事に迎えられたことに、神に感謝を」

 その言葉に、心から同意するミーアである。

 本日は、特にミーアには役割は与えられていない。大勢の前で話す場面もなし。ミーアは完全な裏方として式を見守ればいいわけで……気楽なものであった。気楽なものになるはずであった!

 あとは、居眠りしないように気をつければ、なんて……完全に油断していたものだから、ミーアは咄嗟に、目の前で起きた出来事に理解が追い付かなかった。

 ラフィーナが……あの、眠れる獅子ラフィーナが! 突然、泣き出したからだ!

「………………はぇ?」

 思わずヘンテコな声を出し固まることしばし。ミーアは内心で叫ぶ!

 なぜだっ! っと。

 ――なっ、なな、なぜ、ラフィーナさまが、あんなに感動を? 

 そう思いつつも、ミーアはすぐに、式の前のことを思い出す。

 生徒会で切なげな顔をしていたラフィーナ。あの時、自分は、確かに彼女が弱っていると気づいていたはずで……。

 ――くぅ、あの伏線を見過ごしていたとは、何たる失態。

 ミーアは頭を抱えつつ、ラフィーナを見守る。

 儀式の最中に、突然、席を立って、あの場に出ていく? そんな注目を集めることなどできるはずもなし。そう、絶対にできないし、やりたくない。それをやれば自身の評判が落ち、生徒会選挙でだって不利になるかもしれない。

 

 ……でも。


 ミーアはもう一度、ラフィーナに目を向ける。

 ただ一人立つラフィーナに、誰も手を差し伸べられない状況を見て……ぐぬっと一つ唸って。

 ――ええい、仕方ありませんわ。ラフィーナさまが困っているところを見過ごすと……その、いろいろまずそうですし!

 意を決して、ミーアは立ち上がる。

 仕方ないではないか……。

 なんだかんだで、ラフィーナはお友だちなのだ。

 セントノエルに来てからの四年間で、いろいろと思い出も、絆もできてしまったのだ。

 仕方ないではないか!

 なんだかんだで、ラフィーナは、一番に「お友だちになりたい」と言ってきてくれたのだ。

 どこか不安そうな顔で、それでも勇気を出して言ってきてくれたのだ。

 仕方ないではないか!! 

 そんな人を放っておくと、気分が、とても悪そうだったのだ!

 ミーアは基本的には海月で流れには絶対に逆らわない人なのだが……同時に自分ファーストな姫でもあるのだ。

 せっかくやり直しているのだから、寝覚めが悪いことはしたくないのだ。

 そうして、ミーアは素早くシュシュッと歩き出す。

 向かっている途中でラフィーナが立ち直ってしまい、すごすごと踵を返す……などということになっては恥ずかしすぎる。きっとそれも寝覚めが悪いだろう。ゆえに、ラフィーナのところに一刻も早く向かうことこそが肝要。

 幸いにも生徒会長たるミーアは、聖堂の前方に座っていたため、ほどなくしてラフィーナのところに行くことができた。

 未だに顔を覆い俯いているラフィーナ、ミーアはそっとハンカチを取り出し、その頬の涙を拭う。

 ビックリした顔で自分を見つめるラフィーナに微笑みつつ……考える。考える!!

 ――っていうか……そもそも卒業式って卒業ミサですわよね? これは礼拝で儀礼行為。それをこんな具合に、横紙破りみたいなことをするのはさすがにまずすぎますわ。中央正教会の神さまは割と寛容なところがございますし、ラフィーナさまを助けるためだったので仕方なかったわけですけど……。どうなのかしら?

 むしろ、ラフィーナが自分で立ち直るのを待つ場面だったのでは……? っとか今さらながら後悔しかけるも……。

「ミーアさん、ごめんなさい。私……」

 ラフィーナの困惑したような声を聞いてしまうと、待つのが正しかったとは思えない。ならば、ここまでは間違いではないのだ。

 やらなければよかったと「もしも」を考えるのは、もうやめにする。

 問題は、この後、どうするか……である。

 ミーアが思案に暮れている、その時だった。

「ごめんなさい。ミーアさん。もう、大丈夫」

 ラフィーナの声がミーアの耳に届いた。目を向けると、ラフィーナは、ほんの少し照れくさそうに、頬を赤くしていた。どうやら、なんとか立ち直りつつあるようだった。

 良かった。来た甲斐があったというものである。

 あとは上手いこと誤魔化して、ラフィーナにこの場を引き継げば……そう思っている時だった。

「このハンカチは洗って……」

 ラフィーナが手に持つハンカチ――それを見た瞬間、ミーアは目を見開いた。

 と同時に、ミーアは手を伸ばす。ラフィーナの手が握るハンカチへと。

 ――ああ、そう……そうですわ。確か、あの時も……。

 今日と同じように、儀礼的な順序が破られたことがあったのをミーアは思い出していた。

 生徒会長選挙……あの時の光景がミーアの脳裏を過って……。

 ――あれを再現できれば……。そうですわ。あの時、問題にならなかったのだから今回も問題ない、と強弁することができるのではないかしら?

 そうして、ミーアの手の中にあったのはハンカチだ。純粋にラフィーナの涙が……涙だけが沁み込んだハンカチだった。

 これはいける、むしろいくしかない、とミーアは確信する。激流に身を投じてしまったのであれば、もう、諦めてその波に乗るしかないのだ。

 もし仮に立場が逆ならばこうはいかないところだ。なぜなら、もしミーアであれば、ハンカチを差し出されれば、当然、涙を拭くだけではない。鼻だってかむ。

 そりゃあもう、九分九厘、十中八九、鼻をかむ。

 そうして、出来上がった涙with粘液なハンカチは……さすがにミーアとしても手に取るのははばかられるわけで……。

 だが今回は、その心配はなかった。ラフィーナが極めてまっとうに公爵令嬢として……あるいは聖女としての感覚を持ち合わせていたがゆえに……、活路が開けた!

 それは、ミーアの目には、天の導きのように見えたのだ。

 波だ。大きな波が来ている。ならば、全力で乗らなければ!!

 ミーアは手の中のハンカチを握ったまま、生徒たちのほうに向き直った。

 この状況の落としどころを……言い訳を作るために!

「今ここに、ラフィーナさまの、惜別の涙に濡れたハンカチがございますわ。これは、ラフィーナさまのセントノエルに対する想いの結晶。セントノエルのこれからを思い流された、深いお心。ですから、わたくしは、このラフィーナさまのお気持ちを、今ここで引き継ぎますわ!」

 そう言って、ミーアはハンカチを自らの腕に巻いた。

 若干、二の腕のFNYが邪魔するが、気合で縮めて、ギュッと結ぶ。

 そうして、みなに思い出させる。

 今、自分がやってることは、かつての生徒会長選挙で、ラフィーナがやったことと、同じようなことだよ? と。

 だから、別に、怒られるようなことじゃないよね? っと。

 それから、ミーアはラフィーナのほうを見てニッコリ微笑みかける。

 これにより、ラフィーナを自らの共犯関係に仕立て上げる。よろしくお願いしますわね、裏切らないでね、との祈りを込めて、ちょっぴり困った笑みを浮かべる。

 二人は、同じように儀式の手順を乱した、正真正銘の共犯関係おともだちなのだ!

「卒業生の代表ラフィーナさまのお言葉をお聞きする前に、ラフィーナさまのお志を継いだ、わたくしのほうから、先にお話ししたく思いますわ」

 そうして、ミーアは即興で送る言葉を話し出した。

「卒業生の諸先輩方、そして、ラフィーナさま、ご卒業おめでとうございます。みなさまが、いなくなってしまうのは寂しいですけれど、どうか、安心してこのセントノエルを旅立たれますように。ラフィーナさまの意思を受け継いだわたくしと、みなさま方からの想いを受け継いだ在校生で、このセントノエルを支えていきますわ」

 次期生徒会長として、きっちりアピールしつつ……。

「この学園を旅立っていかれるみなさまには、ぜひ、ここでのことを忘れずにいていただきたく思いますわ。ここで受けた想い、育んだ志をしっかりと握りしめて、ご自分の国に帰っていかれますように、と祈っておりますわ。みなさまの、母国でのご活躍を期待しておりますわ」

 自分の国に帰って、しっかりやれよ! と言いたいミーアである。

 間違っても、蛇の甘言で惑わされたり、うっかり隣の国に喧嘩売ったりするんじゃないぞ? と、きちんと言っておきたいミーアである。さらに、

「わたくしたちも、いずれ、この学園を出て行きますわ。そんな時には、どうか、先にセントノエルを旅立って行った先輩として、セントノエルの仲間として、友として……ぜひ、優しく指導して行っていただければ、と思っておりますわ」

 そうして、ミーアはもう一度、ラフィーナのほうを見る。すでに、泣き止んだラフィーナは、いつも通りの穏やかな笑み、否、それ以上に嬉しそうな心からの笑みを浮かべて拍手をしていた。

 ――やれやれ、これは、なんとか誤魔化せたのではないかしら?

 などと、胸を撫でおろすミーアであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これだけ長く続いてると キャラの性質がブレたりすることがあるのですが 作者様の描くミーア様は全くブレませんね 以前ルードヴィッヒさんがガルヴ師匠に答えた ミーア様の本質 困っているのを…
[良い点] いつも楽しい作品をありがとうございます。こちらの話もとても好きな話です。いつもとは逆に自分の中でいいわけを考えてしまうけれどそれが逆に優しさを際立たせていてとても感動的でした。
[一言] ほんま内面描写ない第三者してんだと聖人にしか見えないミーア様
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