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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第八部 第二次司教帝選挙~女神肖像画の謎を追え!~
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第十三話 消えた卒業式と、それぞれのラフィーナ

 これは、消えた世界の物語。

 大飢饉が幻とはならず、強かに大陸各国を打ち据えた、その時間軸での出来事である。

 聖女ラフィーナの卒業する年、その年は混乱とともに幕を開けた。

 各地で紛争が勃発し、飢餓に疫病、財政破綻によって傾いていたティアムーン帝国はもちろん、その他の国々も、セントノエルに人を送る余裕はほとんどなく。

 なんとか卒業の式典だけでも、という本国の司教たちの言葉を、ラフィーナは涼しげな笑みとともに否定する。

「式典に、無駄なお金をかける必要などないでしょう。今は、民も大変な時。そのお金で、餓えた人々を一人でも多く救いましょう」

 それは、ヴェールガの聖女としては当たり前の判断であったが、ラフィーナがセントノエルに対して、特に思い入れがなかったことにも由来する。

 別に、ラフィーナは、セントノエルを去ることについてなにも思わなかった。

 卒業を心から祝い合う友もいなければ、会えなくなって寂しくなる者もいない。

 サンクランドのシオン王子やティオーナ・ルドルフォンとは緊密な連絡を取り合ってはいたが、それはあくまでも公的な必要のため。

 その二人については、私的にも好意を抱ける者たちではあったが、腐敗した帝国の打倒という目的の前では、友誼を深めることなど些細なことだった。

 そうして、ラフィーナがセントノエルを去る日、ラフィーナはふと学園を振り返る。

「さようなら、セントノエル。これからも、この場所が、各国の王族を薫育し続ける場所でありますように」

 小さく、形ばかりの祈りの言葉を口にして、ラフィーナは島を出て行った。

 以後、彼女がセントノエルを訪れることは、特別な式典を除けば、ほとんどなかった。

 そこは、彼女にとって印象に残らない場所、大切な場所ではなかったからだ。


 これは、消えた世界の物語。

 セントノエル学園に暗く深い闇が落ちた世界……学園のパーティーで毒物の混入事件が起こり、その手痛い失敗から、生徒会長ラフィーナが心に深い傷を負った世界。

 卒業式を迎えたラフィーナは、静かに校舎を振り返る。

 そこで命を落とした一人一人の顔を思い出し、ただ、彼らの魂が安らぐように祈りをささげる。

「ラフィーナさま……」

 その声に、ふと顔を上げる。そこに立っていた友の姿に、ほんの少しだけ笑みを浮かべて。

「ああ、ミーアさん」

 お祝いを言いに来てくれた人、ラフィーナがただ一人、心許せる友人で、心の支えだった人。

 されど……それすら……その友情すらも彼女は失ってしまう。

 皇女ミーア・ルーナ・ティアムーンの暗殺劇。

 怒りに駆られたラフィーナは、自らを司教帝と称し、軍を起こす。

 神の権威を我がものとして、敵はすべて殺した。敵を殺すのを邪魔する者たちも、容赦なく殺して、殺して、殺し尽くした。

 そうして、彼女は居城をセントノエルに移した。

 思い出の地。毒物混入事件が起きたあの日までは、そこは、確かに輝ける場所であった。

 友や、大切な人たちと、共に明るい未来を見たそこは、彼女にとって、甘い思い出と鈍い痛みの記憶の残る、最も印象深い場所だった。


 かくて、時は流転して。


「ああ……。今日で、卒業、かぁ」

 ラフィーナは、そっとため息を吐いた。

 六年間を過ごした生徒会室、その机を軽く撫でる。

 式典まではあともう少し。

 儀式用の、白いローブを身にまとい、すでに準備は整っている。

 そんなラフィーナの心にあるのは、わずかばかりの緊張と、気を抜けば、なんだか泣き出してしまいそうな切なさだった。

 もう自分が、この学校の生徒でなくなるなんて、とても信じられなかった。

 不意に、生徒会室のドアが開いた。

「あら、ラフィーナさま。こんなところにおりましたの?」

「ミーアさん……」

 静かにラフィーナは顔を上げる。それから、いつもと変わらない笑みを浮かべて。

「少しね、考え事をしていたの……」

「考え事……?」

「そう。もしも、ミーアさんと出会っていなかったら、どうなっていただろうって」

 ついつい、想像してしまう。

 もしも、ミーアと出会っていなかったら、どんな学園生活を送っていたのか?

「ただの想像だけど、でも、私はきっと、特に何の思い出もないまま、このセントノエルでの生活を終えていたんじゃないかな、って、そう思って……」

 それから、自嘲するようにラフィーナは笑った。

「きっと、お友だちだってできなかったでしょうね。もちろん、形だけのお友だちはできただろうけど……本音を語り合う、そんなお友だちはきっとできなかったと思うわ」

 寂しげな、笑みを浮かべた。


 そんなラフィーナを見て、ミーアは……。

 ――なんだか、ラフィーナさまが……弱ってますわ!

 驚愕した! 驚嘆した! 吃驚である!

 あの……かつて、笑顔でミーアをばっさばっさと切り捨てていったラフィーナが、弱々しく微笑んでいる。

 なにやら、しゅん、と寂しそうにしていた。

 あの、獅子ラフィーナが……。

 けれど、刹那の混乱から抜け出したミーアは、

 ――ああ、でも……。そう、わたくしは、ラフィーナさまと、お友だちになったんでしたわね。

 それを、思い出した。

 よくよく考えれば、ミーアがセントノエルで最初に友だちになったのは、ラフィーナだった。

 読み友クロエでも、前時間軸の因縁を越えたティオーナでも、ミーアの胃袋を支える姫ラーニャでもない。

 誰よりも早く、ミーアに「友だちになってほしい」と言ってきたのは、ラフィーナだったのだ。

 ――ならば、その友が元気をなくしているならば、元気づけなければなりませんわ。これから、ラフィーナさまの晴れ舞台が待っているのですし……。

 ミーアは、ふん、っと鼻を鳴らすと、ラフィーナの手をそっと握った。

「ミーアさん……?」

「楽しき時間が過ぎ去るのはあっという間のこと、でしたわね」

 ラフィーナの目を見つめて、ミーアは続ける。

「されど、時は巡っていくもの。馬龍先輩が卒業して、新しい人たちが入ってきて、サフィアスさん、エメラルダさん、ルヴィさんが卒業して、クレメンス君や、ヤナ、パティたちが入ってきた。ラフィーナさまが卒業し、わたくしも、その二年後に卒業して、その代わりに新しい子どもたちが入ってくる。わたくしたちは、今度はそれを見守り、育む、大人になっていく」

 それから、ミーアは朗らかな笑みを浮かべる。

「わたくし、思いますの。いつかきっとラフィーナさまと馬龍先輩のお子さまと、わたくしの子が、共にセントノエルに通う日が来るって。そうしたら、また、わたくしたちは、子の母同士、お茶を酌み交わす日だって来ると思いますの。共に、子を持つ親の悩みを分かち合い、励まし合い、笑い合う……。そんな関係に、お友だちに、なっていけたらいいんじゃないかな、って思いますのよ」

 ミーアは言いたいのだ。

 末永く……仲良くしてね? っと。

 なにしろ、卒業しても、ラフィーナはラフィーナ。獅子は獅子。なれば、ミーアとしては、疎遠にならず、密に連絡を取る友だちでいたいわけで。

「卒業しても、ラフィーナさまは、お友だちですわ。形は変われども、ずっと、それは変わることがない。そうではないかしら……?」

「ミーアさん…………ん?」

 ラフィーナは感動した様子で、目をうるうるさせたが……次の瞬間、おや? っと首を傾げた。

「あの、危うく聞き逃すところだったけれど……ミーアさん、私の子がセントノエルに通うというのは、まぁ、いいのだけど……なぜ、私と馬龍さん……?」

「あら? ラフィーナさまは、てっきり馬龍先輩と恋仲なんだとばかり……」

「ミーアお姉さま! そろそろ、式典が……。あ、ラフィーナさまもご一緒だったんですね」

 ニコニコ笑うベルに、ミーアは尋ねる。

「ねぇ、ベル、ラフィーナさまがどなたと結婚するのか、聞きたいのですけど……」

「ちょっ、ミーアさん……?」

 ラフィーナが慌てた様子を見せるも、

「未来のことは、教えられません」

 ベルは、神妙な顔で首を振った。

 それを聞き、ラフィーナは、ふぅっと深いため息。胸に手を当てて……。

「そう。未来のことは神のみぞ知ること。それを無理に暴こうとするのは良くないこと……」

「でも、ヒントぐらいはいいかもしれません。すっごく馬に乗るのが上手い、豪快な人です」

「ベルさんっ!」

 ラフィーナの、混乱に彩られた悲鳴が生徒会室に響いた。

 そうこうしているうちに、時間は過ぎて行き。


 ラフィーナの卒業式が始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三パターンのラフィーナの経過表現が良い。 次世代に思いを馳せ、ラフィーナとの永き友情を約束する表現が良い。 [気になる点] お茶を酌み交わす で、あれっと思いました。 年齢的にはお酒でも合…
[良い点] 心の穴が埋まることがなかった聖女ラフィーナの時間軸、心に大きな穴が開いてしまった司教帝ラフィーナの時間軸、心の穴が埋まって山が出来ている乙女ラフィーナの時間軸、真友ミーアと愉快な仲間たちの…
[一言] 乱世到来編はシカトで暗殺編ではラフィーナ様が戦乱と混乱の世にして覇道を爆走wこの時間軸は感動の卒業ですね
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