第十二話 聖女ラフィーナ、私情を捨てて……
「ふぅ、まぁ、なんとかこれで、上手くいってくれるとよろしいのですけど……」
新年の挨拶を終え、ミーアは、ホッと安堵の一息。けれど、そこで休んでいるわけにはいかない。
勝負は、すでに始まっている。
ラフィーナから勝ちを厳命されている以上、ミーアとしてはきっちりと選挙準備しておかなければならない。今の内から、生徒の支持をできるだけ集めておかなければならないのだ。
「さて、生徒会の方たちにも話を通しておく必要がございますわね」
ということで、翌日には、ミーアは生徒会に召集をかけた。
ミーアにしては珍しい、比較的、迅速な行動だった。そうして、部屋に集まった面々の前で、ミーアは改めて今年の抱負を告げる。
「今年もわたくし、生徒会長になろうと思っておりますの」
その言葉に、反対の声は上がらなかった。
「しかし……まぁ、正直なところ、わたくしとしては、少々荷が勝ちすぎるので、別にシオンにやっていただいても良いのですけど……」
チラッと目を向けるも……。
「いや、この時期に無理に変える必要はない。今は、ともかく、安定を図るべきだろう」
すげなく断られてしまった。他の者たちも、どうやらミーアの言葉は冗談だと思ったらしく、和やかな笑みを浮かべている。
まぁ、仕方ないか、と思い直し、ミーアは小さく頷く。
「このような時ですものね。あまり陣容を動かさないほうが良いのでしょうけれど……」
でもなぁ、面倒くさいんだよなぁ、っと、微妙に歯切れが悪くなるミーアであった。
っと、その時である。
「よろしいでしょうか? ミーア姫殿下」
手を挙げたのはキースウッドだった。通常であれば従者には一切の発言権がない場ではあるのだが、ミーアは細かいことは気にしない。
誰かの意見を聞かなかったせいで状況が悪化するのは避けたいし、この場にいる誰の意見も、自分よりは優秀であろうことを、ミーアは知っているからだ。
「なにかしら、キースウッドさん」
「以前、ミーア姫殿下は、ラフィーナさまに対抗する候補がいないと、選挙が機能しなくなる、というようなことをおっしゃっていたと思いますが、その辺りのことはどうお考えですか?」
「ああ、その懸念は不要よ。キースウッドさん」
答えたのはラフィーナだった。いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべて、ラフィーナは続ける。
「ヴェールガ公国からは、今年、立候補者が立つことになっているから」
「ヴェールガ公国から……?」
「ええ。マルティン・ボーカウ・ルシーナ司教の長男、リオネル君が、生徒会長候補として立つ、とすでに連絡を受けているわ」
「ルシーナ司教というと、今、セントバレーヌに赴任されている司教さまですか?」
尋ねたのは、アベルだった。地理的に、セントバレーヌはレムノ王国とも近い。特に、レムノ王国南方の貴族の中には、セントバレーヌとの繋がりが深い者もいるのだ。
「ええ、そうね。アベル王子は面識がおありかしら?」
「いえ。生憎と……。しかし、ヴェールガから候補が立つとなると、もしや、ラフィーナさまは……」
みなの視線を受け、ラフィーナは静かに瞳を閉じる。
「ええ。ヴェールガから立候補者が立つ以上、仕方ないわ。私としては、たいへん心苦しいところなのだけど、ここは私情を捨てて……」
ラフィーナは、涼やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「ミーアさんを、応援するわ!」
その一言に、室内に静寂が立ち込めた。
「……うん?」
キースウッドが、聞き間違いかな? という顔で首を傾げる。
他の生徒会の面々も反応は様々ながら、概ね、驚きの表情をしている者が多い。
「ええと、ラフィーナさま……? 私情を捨てて、ヴェールガの候補者を応援する、わけではなく?」
ラフィーナは静かに頷き、
「リオネル君とは、以前、会ったことがあるの。私をとても慕ってくれる、純粋な男の子だったわ」
――ふむ、ラフィーナさまは、どちらかというと年上趣味っぽいですし……。年下の男の子にはあまり興味がない、とか、そういうことかしら?
などと、恋愛脳ミーアが、若干、ポンコツなことを考えているが、それは気にしないとして。
「けれど、私はあえて知人への私情、同国人への想いを捨てて、ミーアさんを応援するわ。それが、それこそが公義だと信じるゆえに……!」
そのラフィーナの言葉に、アンヌは深々と頷いていた。
ミーアの味方をすることこそが、世界のためになる、と心から信じて疑わないためだ。
同じように、シュトリナも深々と頷いていた。
友の味方をすることこそが、絶対なる正義である、と心から信じて疑わないためだ。
ただ一人……キースウッドだけが、微妙な顔をしていた。
確かに……政治的な手腕、道義的な正しさにおいて、ミーアという人は文句のつけようがない人ではあるが……できれば、料理に関しては無条件に協力したりはしてほしくないなぁ、などと思うキースウッドである。
人は誰しも過ちを犯す者、ブレーキ役として、ラフィーナさまには動いてもらいたいな! できれば、料理については! などと、心から祈っているキースウッドである。
まぁ、それはさておき……。
「もっとも、私は、選挙の時には卒業してしまっているから、あまり意味はないのかもしれないけれど……」
そんなことを言うラフィーナであったが、その影響は、やはり計り知れないものがある。卒業後にミーアを支持すると……せめて、リオネルは支持しないと、表明してもらえるだけでも意味があることなのだ。
「感謝いたしますわ。ラフィーナさま。それでは、わたくしは、全力をもって生徒会長の任を務めさせていただきますわ」
ミーアの言葉に、ラフィーナは嬉しそうに微笑むのだった。
 




