第九話 生徒会長選挙、波乱の予感
ミーアが、ビックリしてラフィーナを見つめれば、ラフィーナはいつも通りの優しい笑みで、ん? と首を傾げている。きょとん、と、どうかしたのかしら? みたいに可愛らしく首を傾げているが……。
――ラフィーナさまも、本音がポロリしてしまうことがございますのね。ふふふ、ちょっぴり親近感が……。
などとのんきに考えそうになり、ミーア、ハッとする。
――って、そんな場合ではありませんわ。ラフィーナさまの中の獅子が目覚めそうになっておりますわ!
すぐさま頭を切り替えていく。切り替えが速いのはミーアの武器の一つなのだ。
「わたくしに無理解……というと、例のルシーナ司教、でしたかしら? それとも、伯爵ならば、ルシーナ伯とお呼びしたほうがよろしいのかしら……」
「司教伯と呼ぶ方もいるのだけど……まぁ、それはともかく、そう。そのルシーナさん。あの方のね、長男が今年セントノエルに入学してくるんだけど……」
「あら、そうなんですのね」
考えてみれば、当然のことで、ラフィーナが卒業したからと言って、別に、セントノエルがヴェールガの中からなくなるわけでもなし。ヴェールガの勢力は依然として、学園の中に残り続けるのだろう。
新入生の中にヴェールガ公国の重鎮の子息がいたとして、不思議はない。
そこで、ミーアは考える。ラフィーナは、なぜ、こんなことを言い出したのか……。
刹那の思考、その後、ミーアは答えに辿り着く。
「なるほど。つまり、その方に生徒会長の座をお譲りすればいい……と」
考えるまでもない。これは、政治だ。
ルシーナ司教がいかにムカ……無理解で腹の立つ人物だとしても、まさか正面切って殴り合うわけにはいかない。むしろ、改善すべきはその無理解。すなわちここは、ミーアが理解してもらうために、譲るべき場面なのだろう。
――セントノエルの生徒会長と言う権威を、彼の子に譲ることで、わたくしに邪な考えがないことをアピールしろ、と。そういうことですわね?
そして、それは楽でいいかもしれない……なぁんて、ミーアは思う。
さらによくよく考えれば、ミーアとていつまでもセントノエルの生徒会長をしているわけにもいかない。ラフィーナ同様、二年後にはミーアも卒業しなければならないのだ。
その時に備えて、今のうちにヴェールガ出身の者に生徒会長の座を譲っておくことも有効だろう……っと、安易に考えていたミーアに、ラフィーナは小さく首を振り。
「いいえ、ミーアさん。そうではないの……」
あくまでも穏やかな、そう、とても穏やかな……さながら、獅子の……厳かな息吹のように穏やかな……迫力のある声で!
「ぶっつぶ……もとい。絶対に阻止してもらいたくって……」
「……はぇ?」
ぽっかーんと口を開けるミーアの前で、ラフィーナは指を振り振り言った。
「今、大陸各国は、気付いてはいないけれど危うい状況にある。危急の事態に備えて、万全な態勢をとるべき時期に、無用な混乱を引き起こすようなことは避けるべきよ。セントノエル学園は大陸の縮図よ? どの国に飢餓が起こりそうかとか、どの国で緊張が高まっているとか、そういった情報は、生徒会長をしていたほうが耳に入りやすいでしょう? それに、各国の生徒たちをまとめるだけのカリスマ性は、ルシーナ司教の子にはないと思う。平時ならばいざ知らず、このような時期には、ミーアさんのように、みなを引っ張っていくリーダーシップがどうしても必要だし、この時期にミーアさんがセントノエルに遣わされたのは、それこそ、天の配剤じゃないかと思うの」
ラフィーナ、ちょっぴり早口に言った。ミーアは、なんとなくだが……。
――ああ、ラフィーナさま、ルシーナ司教に言われたことが、よっぽど悔しかったから、彼の思惑を潰すための理屈を頑張って考えてきたんですわね。
っと、察した。
――しかし……これは困ったことになりましたわ。
ミーア的には、どちらかと言うと、生徒会長の座を渡してしまいたいという気持ちがあるわけだが……。どうも、状況がそれを許してはくれなそうだぞぅ、っと彼女の本能が告げていた。
流れが、自分の願いとは違った方向に流れているのを、ミーアは敏感に感じ取っていたのだ。
これが、ラフィーナ個人の感情の問題であれば、ミーアとしても命懸けで諫めることも、できなくはないだろう。そのぐらいの諫言に耳を傾けてもらえるぐらいの関係性は築けているはずだ。たぶん……きっと!
けれど、厄介なのは、ミーア自身も、まぁ、そうだよなぁ、と思ってしまうところだった。
少々(?)の個人的な感情が絡んでいるとはいえ、概ねラフィーナの言うことは正しい。
ミーアが生徒会長でいられる間は、生徒会長でいたほうがいい。
各国は、今のところ落ち着いてはいるものの、いつ危機的状況に陥るかわからない。そんな時、セントノエルの生徒会長の座と言うのは、割と便利なのだ。
それに、聖ミーア学園とセントノエル学園の共同研究所の件がある。ガヌドス港湾国のヴァイサリアン族のために、その施設は、どうしても必要なのだ。
さすがに事情がわかれば、ルシーナ司教も反対はしないだろうが……。
――というか、もし反対でもしようものなら、そこを突いてやれそうではありますけれど……。
ともあれ、面倒事は避けたいのは事実。自分が生徒会長の座にいたほうが、安心と言えば安心なのだ。
――まぁ、仕方ありませんわね。ラフィーナさまの対抗馬として選挙に出るよりは、ずっと勝率はあるでしょうし……。うん、そういうことであれば……。
一つ頷いて、ミーアは言った。
「わかりましたわ。ラフィーナさま。わたくし、なんとか選挙で勝利できるよう、努力してみますわ」
少々気乗りしないまでも、そう請け負ったミーアであったが……。
状況は、ミーアが考えている以上に複雑であった。
まぁ、ミーアが直面する状況というのは大抵の場合はそうなので、驚くには値しないが。