第八話 裏切らず、見放さず、付き従うモノ
さて、誕生祭も終盤に差し掛かった頃、オウラニアが挨拶にやって来た。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
白月宮殿前、ちょうど帝都を照らすミーア大雪像の麓に馬車を留めたオウラニアは、ちょこん、とスカートを持ち上げて挨拶する。
「ああ、オウラニアさん。待ってましたわ。ガヌドス国内の様子はいかがですの?」
「ええー。議会の掌握にー、少しだけ時間がかかってしまいましたけど、なんとか上手くやってますー。うふふ、お父さまが大人しくしててくれるから、とってもやりやすいんですよー」
やる気になったオウラニアは、実にしたたかだった。
父が何かしようとすると「なにもしないってー、言ってなかったかしらー?」などと、わざとらしく首を傾げてその動きを封殺していたのだ。
「それにー、今からやる気になっても動けないようにー、議会工作はきっちりやってますからー」
「そう。それならば、よろしいのですけど……」
ミーアは、そうして、オウラニアを宮殿内に案内する。
「ちょうど、ラフィーナさまもいらしてますから、共同研究所のことを相談していくのが良いのではないかしら?」
ミーアの誕生祭は、ある種の政治的会合の意味合いを持つものである。
周辺国の、王侯貴族が集まってくるイベントが、ただの楽しいだけのお祭りであるわけもなく。その裏では様々な話し合いが……そして時には悪だくみが成されるものであった。
「それにしてもー、あの雪像は見事ですねー」
廊下を歩きながら、オウラニアはのんびりした口調で言った。それが、白月宮殿前に立つ、あのミーアの巨像であると察し、ミーアは若干、笑顔を引きつらせる。
「ええ、まぁ……。みなが、わたくしのために張り切ってくれましたわ、おほほ」
「議会前に立てる予定のミーアさまの灯台にも、大いに参考になる部分があると思いますー」
「そっ、そうですの? いや、でも、あれはそんなに参考にならないかも……」
などと、焦りながら言うミーア。なにしろ、あの巨体だ。そびえ立つ巨体なのだ。
あれは春が来れば溶けて消えてしまう期間限定のものだからまだしも、年がら年中、自分の巨像が議会の前にある、というのは、さすがにちょっと微妙なミーアである。それが、オウラニアと二人のものであったとしても、同じことなのだ。
「あー。確かにー、あれを作った人の情熱っていうのはー、あまり参考にはならないのかもしれないけどー」
などと、ミーアの言葉に、違う方向で納得した様子のオウラニア。
「そうですわ。ですから、アレの発想にとらわれることなく……特に、大きさとか? あんまり気にせずに」
「そうですねー。あれを越えると言うことに囚われてしまったらー、そこまでで発想が止まってしまうからー。より良い、最高のものを仕上げるには、良くないのかもしれませんー」
それは、オウラニアの頭の中で目指すべき理想が『ミーア雪像灯台を超えたもの』から、『未だかつて誰も想像し得なかった、歴史に残る超スゴイ灯台』にランクアップを果たした瞬間であった。
黄金の明日を照らす灯台なんだから、本当に黄金で作っちゃうのもありかもー……などと言う思考も一挙に現実味を帯びてきていたが……もちろん、ミーアは気付いていなかった。空気や流れを読むのが得意なミーアにも、残念ながら読心術の心得はないのだ。
「まぁ、見習うべきところといえば、あまりお金をかけずに建てたというところぐらいで……うん、それは見習ってもらいたいですけれど……」
っと、釘を刺しに行くミーアであったが……もちろん、オウラニアは聞いていなかった。
師弟の心はなかなか一つになれないものなのだ。
「ミーアさん、ガヌドス議会前に立てるミーアさんの灯台ってなんのことかしら?」
ふと見ると……、いつから聞いていたのか、ラフィーナがそこに立っていた。
不思議そうにきょとんと首を傾げながら、ミーアのほうを見つめてくる。
「ああ、ええっと……」
ミーア、一瞬、返答に迷うも……。刹那の熟考。ミーアの灰色、もとい小豆色の脳細胞がぎゅぎゅんっと唸りを上げる。
そうなのだ、ここ数日、誕生祭で身に着けてきたFNYは、決して彼女を裏切らない。FNYは常にミーアに付き従い、決して去ることはない、常に共にあるものなのだ。
そんなカロリーを消費し、そうして、出した結論……それは!
「実は、帝国とガヌドスの友情の印として、議会の前に、オウラニアさんとわたくしをモデルにした灯台を建てようということになりましたの」
ポイントは、ミーアだけの灯台ではない、というところと、ガヌドスと帝国の友好の証、というところだ。
ミーアが、個人の自己顕示欲を満足させるために建てた、と思われるのが、最も避けるべきところであった。
――ヴェールガ公国から、何らかの偶像だと見做されるのは、避けるべきですわ。あくまでも、権威の象徴ではなく、平和の証としてのものであることも、きっちりと強調しておかなければ。
そうして、実に、堅実なことを言ったつもりであったのだが。
「そう、ミーアさんとオウラニアさんの灯台……友情の証……ね」
ラフィーナは、美しい唇に人差し指を当てて、考え込むようにうつむいた。それは、可憐で、知的な聖女の仕草……のはずなのだが、こう、なんというか……、小さな子どもが美味しそうなケーキを目の前にしてする仕草のように見えてしまって……。
――あら? わたくし、なにか、まずいことを言ったかしら?
ミーア、ちょっぴり慌てる。けれど、
「いいえー。私がミーア師匠と友情だなんてー、恐れ多いですからー。友情は帝国と我が港湾国との間のものでー、私とミーア師匠とは、師弟の絆ですー」
「師弟の絆?」
「はいー。友情じゃないですー。ミーア師匠は私の大切なお師匠さまですからー」
「師弟の絆……。そう。まぁ、そういうことなら……」
「あの、ラフィーナさま、それで、なにかご用がございましたの? これから、お部屋にお邪魔しようと思っていたところなのですけど……」
ミーア、慌てて話を変える。
ラフィーナは誕生祭の間、この白月宮殿の客室に宿泊していた。だから、そこでガヌドスの今後のことについて話し合いを持とうと思ったのだが……。
「ああ……。ええ、そうだったわね。実は、ミーアさんにご相談したいことがあったの」
神妙な顔で頷いてから、ラフィーナは言った。
「例の……ムカ……、むか……むかりかい……そう。無理解をミーアさんに示している、例の方のことなのだけど……」
――あっ、ラフィーナさま、いま、ムカつくとか言おうとしてましたわ……。
噛み演説の名手ミーアは、他人の噛み方にも鋭い感性を持つ人なのであった。