第五話 メイタン
アンヌに連れられてきたヤナとキリルは、困惑した様子だった。
部屋の中にいた人たちの視線が、一斉に自分たちに向かって注がれたからだ。
「あの……? ミーアさま……?」
助けを求めるようにミーアのほうを見るヤナ。そんな彼女に、ミーアは優しく微笑みかけて、
「そう緊張しなくっても大丈夫ですわ。ただ、少しお願いがありまして。あの、例のお母さんが教えてくれた歌、ここで歌ってもらえないかしら?」
なかなかな無茶振りをした。
「えっ? 歌うんですか……? ここで……?」
突然、わけもわからず歌え、などと言われたヤナは、一瞬、戸惑った様子を見せたが……。すぐに、
「わかりました」
こっくりと頷いた。それから、キリルに目を向ける。っと、キリルのほうも頷き……ちょっぴり照れくさそうな顔をしつつも口を開いた。
そうして二人は小さく息を吸って……歌いだした。
息をひそめるような静寂が支配する室内に、可愛らしい声が響く。
「西の夜空に月、三つ。東の夜明けに日が六つ」
――ふむ、改めて歌詞を考えるならば、月が三つというのは、確かに奇妙な気がしますわね。月は空に一つきり。それが三つとはどういうことかしら……。それに、日も六つというのも、なにやら意味深ですわ。この数は、なんなのかしら……?
「古き約束より出し、我ら、いずれ帰らん。かの地へと。いずれ、帰らん、霧の海へと」
――古き約束……は初代皇帝との盟約のことかもしれませんわね。ということは、いずれ帰らんかの地の『かの地』は、あの島のことかしら? けれど、その後を聞くと、かの地は霧の海のことにも聞こえますわね。ふーむむ……。
迷探偵ミーアは、眉を潜めつつ、ふと隣を見る。っと、同じように腕組みし、眉間に皺を寄せる迷探検(家)ベルと名探偵パティの姿があった。
孫祖母三代のメイタン揃い踏みの瞬間であった。
一方で……。
「なるほど。確かに、音がズレているな……」
ハンネスは聞き取った音を、ヨルゴス式音階に書きとっていた。
ちなみに、ヨルゴス式音階は、ハンネスから音を記号にするという着想を得たヨルゴス神父によって取りまとめられたものらしい。
当初は、ハンネス式にする、と言っていたヨルゴス神父であったが、当のハンネスからストップがかかったのだ。
「さすがに、蛇の耳に入るような事態は避けたかったので」
っと、頬をかくハンネスを見て、パティは、
「ハンネスの名前が歴史に残ったかもしれないのに……残念」
ちょっぴり悔しがっていたが……まぁ、それはともかく。
「あの……音がズレてるのは、その、お母さんが歌が下手だったからで……」
少しだけ慌てた様子で、そんなことを言うヤナに、
「なるほど。そうかもしれない……が」
一つ大きく頷いてから、ハンネスはスッと膝をついた。
「え……え?」
突然のことに、ヤナが戸惑った様子を見せるも、特に気にせずに……。
「少し、額を見せてもらえるだろうか?」
っと、ヤナが前髪を上げる。その刺青をしばし見つめ、次に隣のキリルのほうも確認する。
「なるほど……」
「あら? それでなにかわかりますの?」
立ち上がったハンネスは、顎に手を当てて、ふむ、と唸ってから……。
「紋章学……と言うのをご存知ですか?」
「もちろんですわ。家紋を読み解く学問ですわね。わたくし、とっても得意ですのよ」
かつて、自分とアベルが結ばれたら、どんな家紋になるんだろうなぁ~などと妄想にふけっていたこともあるミーアである。紋章学の大家を名乗ってもおかしくはないだろう。
「彼らヴァイサリアンの額の刺青、三つ目には邪教の影響を受けた宗教的意味合いと、もう一つ、家や一族を表す意味合いもあるのです」
「つまり、各部族ごとに、刺青の入れ方が違う、と?」
ハンネスは頷いて肯定したうえで、
「色や形にも、その傾向が表れるのですが……。彼女たちのものは、とても珍しい」
「と言いますと?」
「端的に言えば、形がとてもシンプルです。私が調べたところ、ヴァイサリアンの刺青は、時代を下るほど複雑になっていく。新たな家庭が生まれ、増え広がっていくたびに、刺青に新しい模様を足していくからです」
それから、ハンネスは濡らした指で、テーブルの上に形を描く。
「例えば、目の形を最も単純に描こうとすれば、黒い丸になるでしょう。あるいは、そこに線を二本つけるでしょうか」
そうして、()の間に黒い丸を描いてみせてから、
「ヤナ嬢の刺青は、その最も簡単な瞳の刺青に一本線を足しただけだ。これを読み解くならば、最も直系に近い支流の家系……。初代当主の兄弟とか、その辺りの刺青をずっと受け継いできたことになるのではないだろうか……」
それから、ハンネスは腕組みして、うむむっと唸る。
「ヴァイサリアン族に族長や、王家というものは、確認できていないのですが、もしかすると、ヤナ嬢は、特別な血筋の方なのやもしれません」
「ほう。つまり、ヴァイサリアン族の姫かもしれない、と……?」
なるほど、言われてみれば、ヤナはとても可愛らしい顔をしている……っとミーアは頷く。
――皇女や王女というのは、美しい顔立ちをしているというのは、わたくし自身のことを鑑みれば明白ですし……。
などと、ちょっぴり、おこがましいことを腹のうちで考えるミーアである。
一方のヤナは、驚いて言葉を失っていたが……これはもちろん、自分が姫かもしれない、などと突然言われたからであって、ミーアのおこがましい心の内を読んで呆れたわけではない。言うまでもないことではあるが。
「そうですね。王族か、あるいは……彼らの故郷の場所を知る血筋、一族の導き手か……。いや、まだ、結論を出すのは早計か」
顎に手を当てつつ、ハンネスは深々と頷き、
「この件に関しては、私のほうで調べさせていただきましょう。ミーア姫殿下は、どうぞ、帝都に一度お戻りになって、ご公務に邁進なさるがよろしいでしょう」
「ハンネス殿お一人では難しいでしょう。何人か、動ける者をガヌドスに派遣いたしましょう」
ルードヴィッヒの発言に、ハンネスは難しい顔をする。
「しかし……あまり、帝国が介入するのも……」
「聖ミーア学園とセントノエルの共同プロジェクトの件もございます。いずれにせよ、人員を派遣しなければなりませんから……」
「なるほど。わかりました。それでは、お願いしましょう」
こうしてハンネスは、無事にミーアの陣営に迎え入れられることになったのであった。
最近、ハモリを我慢する番組をよく見ます。つられないように歌うのって難しいですよね。




