第四話 彼らはどこから……?
「ふむ……」
ミーア、ここで、一口紅茶を飲む。
――ヴァイサリアン族は、ガヌドス港湾国に島に閉じこめられた一族だとしか思っておりませんでしたけど、その前は海賊のようなことをしていた。そして、その前があった、と……。
言われてみれば、ヴァイサリアンがどこから来たのか、ミーアは把握していなかった。
邪教的な風習を持つ民族であることから、てっきり、中央正教会に追われたとばかり思っていたのだが……。
「少し、歴史の流れを整理いたします。失礼」
そう言って、ハンネスはおもむろにクッキーを手に取った。
「これは私の推測を交えたものですが……まず、これが初代皇帝陛下、並びに彼に付き従ったティアムーンの民です」
さらに彼はもう一枚のクッキーを手に取る。
「こちらは、ヴァイサリアンの者たち。ガレリア海を越えた先から渡って来た初代皇帝とヴァイサリアンの者たちは、ある場所で出会った」
「ああ、あの無人島ですわね。碑文がございましたわ」
「……はぇ?」
ハンネス、思わずと言った様子で瞳を瞬かせる。
「実は、夏にエメラルダさんの船で辿り着いた島の地下に初代皇帝の碑文を見つけましたの。ついでに混沌の蛇の地下神殿のようなものも見つけたので、現在はヴェールガ公国の調査隊が派遣されているはずですけれど……」
その言葉に、ハンネスは、
「なるほど……さすがは、パトリシアお姉さまの孫娘……素晴らしい叡智です」
感心した様子で頷いた。
ふと見ると、パティは……心なしか、誇らしげに胸を張っていた。
なんか「うちの孫娘がやりました」みたいな顔で、ドヤァッとしていた!
ついでに、ベルも「うちのお祖母さまがやりました!」みたいな顔で、ドヤァッとしている。
連綿たる血の繋がりを感じるミーアである。
まぁ、それはさておき……。
「さて、その島で初代皇帝陛下と出会ったヴァイサリアンの者たちですが、ここに一つ、疑問が残ります。すなわち、彼らははたして、どこから来たのか、と……」
「そうですわね。わたくしは、内陸からガヌドス港湾国を経由して海に出た、と思っておりましたけれど……」
「そう、それが可能性の一つ目でしょう。内陸の、肥沃なる三日月地帯か、ペルージャン農業国の近辺からやって来た……という可能性。それにもっと海寄りのガヌドス港湾国の周辺から、追われて海に出た可能性もあるでしょうか……しかし」
っと、彼は言葉を切って、重々しい口調で続ける。
「私は、むしろ、こちらのほう……。ガレリア海の西南のほうに住んでいた人々ではないか……と考えているのです」
「ほう……。ちなみに、根拠はございますの?」
その言葉に、重々しく頷いて、ハンネスは言った。
「実は……ガヌドス港湾国は近海で漁をする者がほとんどなのですが、ごく一部に遠出をする漁師がいます。その漁師たちの間で、伝説となっている海域があるのです」
「伝説の海域……」
ミーアのつぶやきに一つ頷き、ハンネスは言った。
「ある年老いた漁師からこんな昔話を聞きました。その昔、嵐に巻き込まれた漁師たちが、方向を見失い謎の海に迷い込んだ、と。そこは、霧に包まれた海……。星も月も見えず、ただ、無数の島々のある場所であった……と」
「ふぅむ……」
唸るミーアの前で、ハンネスは続ける。
「そして、これも古い文献で見つけたものですが……ヴァイサリアン族には、こんな歌が古くから伝わっています」
そうして、彼が歌いだしたのは……。
「あら……この歌は、確か、ヤナたちが……」
かつて、シューベルト侯爵邸で耳にした、ヤナたちの歌だった。
「西の夜空に月、三つ。
東の夜明けに、日が六つ。
古き約束より出し、
我ら、いずれ帰らん。かの地へと。
いずれ帰らん、霧の海へと」
「いずれ帰らん『霧の海』へと……」
ミーアは、ゴクリ、と喉を鳴らした。
「霧の海とは……なにやら、意味深なフレーズですわね」
「はい。私もその言葉が、どうにも気になりました。それにその前の数字が入っている箇所も……。もしかするとこの歌は、故郷への帰り方を示しているのではないか、と……そのように考えたのですが……」
そこで、ハンネスはなんとも情けない顔をする。
「そこまでで行き詰りました。この数字の意味をどう解釈すればいいのか……。この数字だけだとどうとでも解釈できてしまいますし、闇雲に船を出すわけにもいかず……。あるいは、歌詞が違っているのか、なにか別のヒントと組み合わせないといけないのか……。ヴァイサリアン族の者たちから聞き取りをして、いろいろと検討したのですが、確証は得られず仕舞いでした」
「なるほど。難しいものですわね……」
ふーむむ、っと腕組みし、眉間にしわを寄せるミーア。っと、その時だった。
「……音」
不意にパティがつぶやいた。
「え……?」
視線を向ければ、パティは興奮した様子で、わずかに頬を紅潮させていた。
「音が違う。歌の最後の部分の音が、ヤナが歌ってたのと違ってる」
「ああ、そういえば……。そんなことをヤナが言っておりましたわね……」
などと頷くミーアの目の前で、パティがハンネスに言った。
「もしも、古代のヴァイサリアンが、私たちと同じことをやっていたとしたら……?」
「音階を使って、なにか、文字を伝えようとしていた……。なるほど。その可能性は考えていませんでしたが……」
「では、早速、ヤナたちを呼んで歌ってもらいましょうか」
ミーアの視線を受けて、心得た! とばかりにアンヌが部屋を出て行った。