プロローグ 輝け! 純白のミーア灯台!
ガヌドス港湾国での厳しい戦いを終えたミーアは、意気揚々と帝都への凱旋を果たした。
そうなのだ。ガヌドスを出発する頃には、すっかり消沈していたミーアであったが……。
「まぁ、沈んでいても仕方ありませんし……オウラニアさんがまともな判断をしてくれれば、それほど酷いことにもならないはずですわ。うん、そのはずですわ!」
見事に浮上をはたしていた。浮かびやすい海月ことミーアは、わずかでも美味しいもののことを考えると、すぐに気持ちが上向きになるのだ。これから先の誕生祭で待っているご馳走を思えば……なんともないのだ。
それに、ミーアたちに遅れること数日で、オウラニアも帝都にやってくると言っていたし、そこでもう一度、念を押しておけば問題ないだろう。
「ともかく、わたくし、頑張りましたわ! 誕生祭を楽しんで、心を癒してもいいはずですわ」
ミーアが、自らの誕生祭で食い倒れることを決意した瞬間であった。
今年も紫のドレスが必要そうである。
さて、馬車の中、子どもたちが物珍しげに街並みを眺めていた。帝国において、ミーア誕生祭は、近隣諸国で有数の大規模なお祭りである。ゆえに、子どもたちが興奮するのもよく理解できるミーアである。
「すごいお祭りですね、ミーアさま」
呆気にとられた様子で言うヤナに、ミーアは、心なしか胸を張って言った。
「ええ。けれど、今年は少し規模を小さくしておりますわ。不作が続いてますし……」
「あ、ミーアさま、あれはなんですか?」
っと、キリルが指さした先。行列ができているのはミーア焼きの屋台だった。
帝都の新月地区名物、ミーア焼きは、帝都民に愛される焼き菓子として、不動の地位を築いていた。
ミーア的には、自身を模したお菓子の頭が齧られるのを見るのは、若干、複雑な感情があったが……まぁ、いいのだ。美味しいし。
「あれは、帝都名物のお菓子ですわね」
「じゃあ、その隣にあるのは……」
「そちらは……んっ? 眼鏡屋……? なにやら、面白い形の眼鏡が並んでおりますわね。ふふふ、わたくしも、いくつか買っておこうかしら」
上機嫌に街並みを眺めていたミーアであったが……。
「ミーアお姉さま、じゃあ、あれは……?」
小さく声をあげ、パティが指さした先は白月宮殿だった。ミーアもそちらに目を向け……、
「ああ、あれは……」
目を……向け?
「あれ、は…………ナニ?」
思わず口をあんぐり開ける。
白月宮殿の前、いつぞや見たのと同じミーアの形をした雪像が立っていた。
いや、それはいい。よくはないが……少なくとも驚くには値しない。
まぁ、今年もお父さまはやるだろうなぁ、などと覚悟していたミーアである。
だから、まぁ、雪像自体は想定内だし、その大きさが過去より若干大きくなっていても、許容できるのだが……。問題は、その雪像の目が――明々と輝いていたことだった。
「お……おぉ……」
宮殿前に馬車を止め、大急ぎで雪像の下に立ったミーアは、それを見上げて、慄きの声を漏らす。
白月宮殿の前に立つ氷像。いや、ただ、立つなどと言うものではない。近くで見たそれは、どちらかというと、そびえ立つというほうが正しいほどの威容を誇っていた。そして、その目の部分では、松明の明かりが揺らめいていた。
「……あれは、どうなっておりますの? 松明が入っているようですけど、溶けないものなのかしら……?」
「はい。問題ありません。我が師、ガルヴの監督のもと、我が同輩の者たちも何人かが設計に関わっています。さらに、有志の職人たちも作成に協力しています」
スチャッと、音もなく現れて解説してくれたのは、ルードヴィッヒの同輩、バルタザルだった。
ルードヴィッヒの留守の間、もろもろの指揮を執っていた彼はすまし顔で続ける。
「もちろん、お金はかけていません。みな、そうしたいから、そうしたまでのことですので」
「そ、そうなんですのね。それは、お疲れさまでしたわね、バルタザルさん」
「お褒めに預かり恐縮です。ガヌドス港湾国でのこと、ルードヴィッヒから連絡をもらっています。お見事な沙汰に、我ら一同、驚愕しております」
「そう……。わたくしとしては、この雪像のほうが驚愕に値するもののように見えますけれど……。なんというか、灯台のようですわね……」
ミーアが引きつった笑みを浮かべれば、バルタザルは、納得の頷きを見せた。
「なるほど。それは、言い得て妙ですね。ミーア姫殿下の灯台か。なるほど、良きタイトルをいただきました」
「……まぁ、それはなによりですわ。うん」
黄金の灯台の悪夢から逃れてきた先に、純白の灯台が待ち受けているというサプライズに、ミーアは乾いた笑みを浮かべる。この世の不条理を思わずにはいられないミーアである。が……。
――まぁでも、こんなふうに馬鹿みたいなことで笑っていられるのは、良いことなのかもしれませんわ。
前時間軸において、今年の冬はすでに大飢饉の最中である。
街行く人々の顔に笑顔はなく、力なき者たちは容赦なく見捨てられる地獄であった。
ルールー族の森は焼かれ、各地で内乱の火が燃え上がり、疫病が蔓延り、国中を殺伐とした空気が覆っていた時期である。
それを思えば……こんな風に無駄に巨大な雪像を作れることは幸せなことなのだろう。
うん、それを、思えば、思えば……。
ミーアは改めて、巨大な、自らの雪像(目が光るVer)を眺めて、
「いいこと……なんですわね。うん……」
やっぱり小さくため息を吐くのであった。
民のリーダーたる皇女殿下には、当人にしかわからぬ苦労があるのだ。
さて、そんなミーアであったが、城に入ってすぐに、苦労を分かち合える人の姿を見つける。
「ミーアさん、ご機嫌よう」
そう声をかけてきたのは、ヴェールガ公国から駆け付けたラフィーナだった。
「ああ、ラフィーナさま、ご機嫌よう……あら?」
っと、そこでミーアは気付いた。なぜだろう、ラフィーナは笑っているけれど、ちょっぴり、不機嫌な顔をしていた。
「ラフィーナさま? なにかございまして? 帝国になにか、お気に障るようなものが……?」
「ああ……ミーアさん。いえ、なんでもないわ。なんでも……」
そうは言うものの、その涼やかな笑みの中、ミーアはピリピリとした緊張感を覚えた。
それはそう、言ってしまえば、かつてのラフィーナが帯びていた獅子の気配。
――こっ、これは、ただ事ではありませんわ!
慌てたミーアは、すぐにラフィーナの手を取って。
「ラフィーナさま、せっかくいらしていただいたのですから、少しお茶にしましょう。ガヌドスで、色々とお土産を買ってきましたから」
そうして、自らのお部屋に招待することにしたのだが……。
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