第百三十一話 輝け! 黄金の、海と月の灯台
「さて、懸案となっている灯台のことについてですが、修理するのは当然として……ただ修理するだけでは、いささか知恵に欠ける感じがいたしませぬか?」
オウラニアの登場による騒ぎが収まってきたタイミングで、おもむろに一人の議員が口を開いた。それは、造船ギルド長のビガスであった。
「どういうことでしょう? ビガス殿。私はてっきり、元の灯台の形に補修しなおせばいいだけかと思っておりましたが……」
その疑問に、ビガスは重々しく頷き、
「漁師のための導としてならば、それだけでも足りるでしょう。が、私はあえて主張したい。今回の騒乱、帝国のミーア姫殿下のご尽力があってこそ解決できたものである、と。そのことは、オウラニア姫殿下もお認めになるのでは?」
話を振られたオウラニアは、重々しく頷き、
「ミーア師匠のお働きがなければ、解決できなかったことでしょう」
「なれば! 灯台というのは、我が国にとって極めて大切なものですし、その形を大恩あるミーア姫殿下の形にし、感謝の想いを忘れぬようにするというのはどうでしょう? 材質も黄金かなにかにして、派手目に……」
「おっ、黄金? 灯台を黄金にしようというのですか?」
驚きの声を上げる議員が一人。されど、何人かの議員は、それはいい考えだ! などと声を上げている。
――むっ、これは……。
ミーアは、その光景を見て違和感を覚え……次の瞬間に察する。
これが、仕組まれたことである、と……。
――なるほど。つまり彼は……わたくしに止めさせたいということですわね? わたくしに賢明で堅実な判断をさせたうえで、やはり、この国を指導してください、などと言い出すつもりなのではないかしら?
あえて、自らが愚かな俗物を演じても、ミーアとの繋がりを強く保とうという意思があるのではないか……。というか、そういう意思もなく、ただ単に黄金の灯台とか言い出してるんなら、ちょっとヤバイ人ということになってしまうし、ビガスという男は、そこまで愚かではないだろう、と、ミーアは考えて。
――これから先、なにかと頼られるのも大変ですし、属領などもってのほか。できれば自分たちで解決してもらいたいですわ。ここは、あえて……。
ミーアは、パンッと手を叩き、
「あら、それは素晴らしいですわ。黄金の……その、わたくしの形の……灯台? それは、もう、ぜひやるべきですわね! 完成が楽しみですわ!」
自らも愚か者っぽく演じてみせる。
やれるもんなら、やってみやがれ! というスタンスである。自身が決して叡智ではなく、むしろわがまま姫である、ということも、きっちりとアピールもしておかなければならない。
そうして、ミーアがお墨付きを与えたところ、
「おお。ミーア姫殿下もこう言っておられることですし、では、議員のみなさま、今回の意見にご異議のある方は……」
などと、ビガスは特に焦った様子もなく、穏やかな笑みすら浮かべて言いやがった!
――あ、あら……? この方、まさか、本気でなんの狙いもなく、黄金の灯台とか言ってましたの?
いや、ちょっ、まっ! などと慌てるミーア。けれど、口を開く前に……。
「ふふふー、ちょっと待ってもらえるかしらー?」
そこで声を上げたのは、ミーアの頼れる弟子、オウラニアだった。度重なる苦境を乗り越えた今の彼女は、一味違うに違いない、と、ミーアは弟子の成長を頼もしく思いつつ、状況を見守ることにする。
「もしも、セントノエル学園と聖ミーア学園の研究施設を国内に作るのだとすればー、お金はかなりかかるでしょうー? 灯台にそんなにお金をかけることはできないわー」
幸いにして、彼女は至極まっとうなことを言ってくれた!
――そうですわ。灯台に余計なお金なんかかけている場合ではありませんわ。ああ、よかった、オウラニアさんがしっかりとした方で……。
「それにー、昔ながらの形状でないと、灯台守の方が働きづらいのではないー? きちんと機能する物じゃないと、漁師さんたちも困るでしょうー?」
オウラニアに話を振られ、漁師ギルド長が、慌てた様子で頷いた。
「まさしく、オウラニア姫殿下のおっしゃるとおり」
その声に、目が覚めたように、他の議員たちも同調する。それを満足げに眺めたうえで、オウラニアはミーアのほうに目を向けて、
「ミーア師匠のお言葉はー、表面だけ聞いていては決して理解できない、深みを持ったものなのよー。だからー、みんなもきちんと考えないとダメだわー。灯台とはなにかをー」
さながら、ミーアの言葉解釈の第一人者のような顔で、オウラニアは言った。
「師匠はー、私を灯台のように国を導く姫だ、と言ってくださったわー。その言葉通り、ご自身も私をここまで導いてくれたわー。灯台とは導となるもの。そして、偉大なるミーア師匠を象った灯台だというのであればー、それは、船だけを導くものではないはずだわー」
ふと……ミーアは気づく。
おや? なにやら、流れが変わってきたような……っと。
「ミーア師匠を象った灯台は、国を、人々を導く光だわー。それは、国の中心に置くべきなんじゃないかしらー?」
歌うように軽やかに、ニコニコと楽しげにオウラニアは言う。
「では、オウラニア姫殿下がおっしゃるのは……」
「そう……。この元老議会の議場前に黄金の灯台を建てるのがいいのではないかしら?」
とんでもないことを言い出した!
「今の元老議会は、ヴァイサリアンの人たちにとって、敵でしかない。あの壊れた灯台と同じで、自分たちを苦しめた権威にしか見えないんじゃないかしらー? けれど、ミーア師匠を象った灯台像を立てたらどうかしらー? 隔離島から自分たちを出すために尽力してくれた、ミーア師匠のことを思い出してくれるのではないかしらー?」
そこで、オウラニアはそっと瞳を閉じた。
「私は、ヴァイサリアンの民に謝りたいって思ってる。だけど、謝り、謝られで終わらずに、共に未来を築きたいって思ってるのー。そのために、ミーア師匠のお力を借りれたらいいなって思っててー」
とても……とぉっても、まっとうなことを言っていた。
ヴァイサリアン族との融和のために、帝国の叡智の権威を使いたい……などと言われれば、ミーアとしても断りがたくはあり……。けれど。
――ああ、こ、これは、恐れていた事態ですわ。
ミーアは、話の流れにヤバイものを感じていた。
なにしろ、これは、黄金のミーア像が議会に立つという悪夢だ。
人々はきっと、その像を、議事進行を守る知恵の女神とか、そんな扱いにして、下手をすると拝みだしたりするに違いない。金の像とは、それだけで、人々が伏し拝みたくなるような、魔性の魅力をもったものなのだ。
そんな中央正教会に喧嘩を売るような事態、何としてでも阻止しなければならなくって……。ということで、ミーアはすぐに軌道修正に入る。入……る?
口を開こうとして、そこで改めて、ミーアは思う。
――オウラニアさんの意見を真っ向から否定してしまっては、そんなに言うならお任せします! などと言われかねませんわ。
さらに、なまじっか、オウラニアがまともで、理にかなったことを言っているがゆえに、真っ向から否定することは危険だった。これ以上のご意見があるなら、ぜひ伺いたい! などと言われかねないからだ。
――ぐ、ぬぬ……。こっ、これは、どうすれば……。
ミーア、しばし頭を悩ませた末……微妙なる軌道修正をかけることとする。それは……。
「オウラニアさんのお考え、とても素晴らしいものと思いますわ。けれど少しだけ、わたくしのほうでも意見を言いたいところがございますわ」
「あらー、なんですかー?」
こくん、っと可愛らしく首を傾げるオウラニア。そんな弟子にミーアは一つ頷いてから、
「まず、灯台はこの国の、ガヌドスの権威の象徴なのでしょう? この元老議会もまたしかり。その象徴として、わたくしが前面に出すぎてしまっては、ガヌドス港湾国が帝国の属国のようになってしまいますわ」
「私はー、それでもいいと思いますけどー」
などとつぶやくオウラニアと、うんうん、と同意を見せる何人かの議員たち。
……怖いので、あえて無視して、ミーアは言う。
「わたくしは、属国を求めておりませんわ。わたくしが求めるのは、あくまでも共に歩む友。ガヌドスにも、帝国の友として一緒に歩いてもらいたい。ゆえに、灯台をこの議会に建てるというのであれば、わたくしとオウラニア姫殿下が、こう……手を取り合って周囲を照らす的な……? そんな感じの形にしたほうがいいのではないかしら?」
自分だけが偶像化されることを回避するべく、積極的にオウラニアを巻き込みに行くミーアである。
「つまり……ミーア姫殿下がオウラニア姫殿下を全面的に支持するということを、黄金の像の形で目に見えるようにしようと、そういうことですな」
訳知り顔で解説するビガスにひきつった笑みを浮かべつつ、ミーアは言った。
「ええ、まぁ、そんな感じですわ……。それと、もう一つ、訂正を求めたいですわ。わたくしは最初に黄金と言いましたけれど、それはあくまでも比喩のようなもの……本物の黄金のことではございませんわ」
ミーア、さらに修正をかける。金の像というのは、やはり危険だ。神格化されやすいものになりそうなので……。
「わたくしが黄金と言ったものは、オウラニアさんが言ったのと同じ、ヴァイサリアンとガヌドスの民が向かうべき……黄金の未来、といったような意味ですわ。黄金の未来への道筋を照らす灯台。ゆえに、今はまだ、黄金は手に入っていない。それはこれから手に入るもの、いずれ、必ず手中に収めるもの。我々は、それに向かって歩いていく……。そういったことを表現する灯台になればいいな、と思っておりますわ」
ミーアの言葉を聞いて、議員たちは、それぞれに感じ入った様子で頷いた。
「なるほど。黄金の灯台など無茶だと思ったが、そういう意味でしたか」
「我らを導く上での権威の象徴というのは、なるほど灯台のようなものですな」
「では、ミーア姫殿下とオウラニア姫殿下が手を携えて民を導いていく。そのような意味を持つ像を作るということで……」
「おいおい、灯台ということを忘れるんじゃないぞ? しっかりと、両腕を頭上に掲げさせて、その手の部分が光るように……」
「全体に、その光を反射させる仕組みを作って……」
「いや、いっそのこと目が光るように……」
喧々諤々、議論を始める議員たちを見て、ミーアは、ふーぅ、っと疲れたため息を吐く。
「まぁ……うん。結局のところ、このぐらいが妥協点……ですわね、たぶん。これで良かったのですわよね……うん」
かくて、ガヌドス港湾国の元老議会の議場前には、大きな灯台が建てられることになった。
それは二人の姫が、両腕を空高く掲げる形をしていた。その腕の先に上っていけるようになっていて、そこが明かりを灯せる構造になっていた。
そして、なにか大きな行事の時には夜通し、町を照らし続けるようにするのが、この国の新しい伝統になった。
その灯台には、このような名前が付けられていた。
『黄金の未来を照らす海と月の灯台』と。
第七部 輝け! 黄金の海月の灯台 Fin
本日で、第七部終了となります。
活動報告更新します。