第百三十話 弟子のお披露目~ミーア姫、希望を見出す~
オウラニア・ペルラ・ガヌドス。
ガヌドス港湾国における最も偉大なる女王として知られる彼女が、帝国の叡智こと、ミーア・ルーナ・ティアムーンの弟子であったということは広く知られたことであった。
そんな彼女が、王族として、初めて議会に登壇したのは、国王暗殺未遂、そして自身が誘拐されてから間もない日のことであった。
その日、ミーアはひょっこり元老議会に顔を出した。
帝国に帰る前の挨拶をするというのが表向きの理由ではあったが、その脳裏にはもう一つの狙いがあった。
国王の暗殺未遂から始まり、ヴァイサリアンによるクーデター未遂で終わる、この一連の事件の後始末で、議員たちは文字通り忙殺されていた。
そして……混乱もしていた。
この忙しい時、民心がただでさえ乱れる時に、国王が引きこもって何もしないためだ。
「やはり、国王陛下にご登壇いただき、お言葉を賜るべきではないか?」
という者がいる一方で、
「いや、その前に、あの暗殺未遂犯への扱いの是非を問うべきだ。サンクランド国王とまではいかずとも、王の公正は保たれなければ民が納得しない」
などと言う者もおり、議会は紛糾していた。
そのように、混沌とした議会への帝国の叡智ミーアの登場である。あの日、ヴァイサリアン族への非道の是正を訴えたミーアの鮮烈な印象、あるいは、彼女の家臣である少壮の文官、ルードヴィッヒの知恵の冴えも記憶に新しい。
はたして、彼女がなにを言うのか……。議員たちだけでなく、人々の期待は高まり、議場は聴衆で溢れかえっていた。
ミーアは、そんな議場を眺めて……。
――これは、千載一遇のチャンスかもしれませんわ。
一縷の望みを抱いていた。
一度は諦めかけたミーアであったが……本音を言えば、自分の形の灯台なんぞ見たくもないのである。ちょっとした恨みでも買えば、引きずり倒されるのが権力者の銅像のサガというもの。そうなったら、悲しいではないか。
まして、黄金の灯台なんてものに至っては、表面の黄金をはがされたうえで叩き壊されること請け合いである。さすがに灯台を倒そう! なぁんて無茶なことを考えるのは、蛇ぐらいのものだろうが……。
ということで、ミーアは最後のひとあがきのために、この議場に来たのだ。
自らの弟子、オウラニア姫を引き連れて!
「オウラニアさん、心の準備はできておりますかしら?」
ミーアの問いかけに、オウラニアは、のんびりした笑みを浮かべる。
「やっぱりちょっとー、緊張するかもー。ミーア師匠」
「大丈夫ですわ。わたくしが、しっかりとフォローしますし、胸を張って行けばよろしいですわ」
グッと拳を握って応援するミーアである。
ミーアの見た儚い希望……それは、父の前で堂々たる啖呵を切った、オウラニアの姿だった。
あの凛々しい姿、輝くような笑顔を見たミーアは反射的に思ったのだ。
――これ、オウラニアさんがカリスマ性を発揮すれば、わたくしの存在が薄れるのではないかしら……?
っと、そう思い、さらに……。
――わたくしの存在感が薄れれば、黄金の美しきミーア灯台などという物は、建たないのではないかしら?
余計な形容詞がついたような気がしないではないが……まぁ、それはともかく。
「それでは、ティアムーン帝国のミーア姫殿下がご到着されたようなので、お入りいただきます」
議長の声と同時に、ミーアは静かに、胸を張って議場に歩み入った。
発言者の立つべき台に乗ると、小さくスカートの裾をつかみ、
「ガヌドス港湾国、元老議会のみなさま。並びに、聴衆のみなさま。ご機嫌麗しゅう。ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ」
そっと頭を下げる。それから静かに瞳を開け、あたりを見回して……。
「先日は、ぶしつけなことを色々と申してしまったにもかかわらず、みなさまが、わたくしの提案を受け入れてくださったこと、ホッとしておりますわ。みなさまの決定が、選択が、この国をより発展させ、豊かにしていくことと、わたくし、確信しておりますわ」
「しかし、不安です。ミーア姫殿下。あなたさまが帰ってしまった後、この国がどうなってしまうのか……。どうか、その叡智でこの国をもお治めください!」
そんな声が飛んでくるも、ミーアは涼しい笑みで受け流す。
「心配には及びませんわ。この国を導く人が、きちんとここに用意されていますわ。あなたたちを、さながら灯台のように導く方が……」
そうして、ミーアは議場の入口に目を向ける。
そこに立っていたオウラニアに一声かけて……。
「あなたたちの姫、我が友にして我が弟子、オウラニア・ペルラ・ガヌドスが」
議場に現れたオウラニアの姿を見て、人々の間に動揺が走る。
彼女は、無能な……釣りにしか興味がない王女として知られていたためである。
にもかかわらず。
「実は、オウラニアさんは、わたくしに師事しておりましたの」
ミーアは、そう太鼓判を押す。
あなたたちが信用する帝国の叡智の弟子ですよぅ! っとお墨付きを与えたのである。そのうえで……。
「もっとも、まだまだ出会ってから間もないので、まだ、なにが教えられたとも思いませんけれど……」
オウラニアが失敗した際の予防線もしっかりはっておく。師とは言っても、時間がなかったから、あんまり教えられなかったのよ、と、言い訳ができるようにである。
そして……。
「ここで言うことではないのかもしれませんけれど、あえて言わせていただくならば、オウラニアさんには、すでに教えることなどなにもない、とも思っておりますわ! オウラニアさんに任せておけば、大抵のことは大丈夫だと、わたくし、信じておりますわ」
ひたすらに、オウラニアを持ち上げるミーア。そのあまりのヨイショっぷりに、オウラニアは困ったように微笑んだ。




