第百二十四話 ミーアの懸念。休みながら働けばいいじゃない!
カルテリアが幽閉されている部屋から出て、ミーアは小さくため息を吐いた。
――さて、上手くいったのなら、良いのですけど……。
そうして、ミーアは、黙りこくっているパティのほうに目を向けた。
「言いたいことは、言えたかしら?」
パティはうつむいたまま、小さく頷く。が、その表情は晴れない。どうやら、あまり、納得はできていないらしい。
「ふぅむ……」
「ミーア姫殿下、少しよろしいでしょうか?」
ふと、話しかけられて、ミーアはそちらに視線を向ける。っと、ディオンが、興味深げな顔で、こちらを見ていた。。
「ディオンさん、なにかしら?」
「先ほどの話なんですが、ミーア姫殿下は、あの男にも改心をお求めてになっているってことですかね?」
「改心……ああ……まぁ、そのほうが話は聞きやすくはなるでしょうね。敵のこともいろいろ聞き出せそうではありますし、そうできるに越したことはないのでしょうけれど……それはなかなかに難しいのではないかしら……?」
先ほどの、カルテリアの様子を思い出しながら、ミーアは言った。
あの様子では、味方になれと言って納得するとは思えないし、蛇の情報を明かせと言っても承諾はしないだろう。
「では、なぜ、あのようなことを……?」
訝しげに眉をひそめるディオン。その横で、ルードヴィッヒが頷き、
「私も少し気になっていました。あれは、なんらかの布石ということでしょうか?」
眼鏡の位置をクイッと直す。ガッツリ傾聴のスタンスだ。
よくよく見ると、ディオンのほうも相変わらず興味津々で、ミーアの答えを待っている様子……。
ぶっちゃけ、ただの勢いでした! とは、言い難い空気を敏感に察し、ミーアは思考しつつ、口を開く。
「まぁ、そういった考えもないではなかった感じ……かしら?」
極上のケーキを彩るクリームぐらいふわっとした答えを返しながら、考えをまとめていく。
「先ほど言ったことで、彼の信念が少しでも揺らげば……、彼が自分の信念に疑念を抱いてくれれば、とは思いますわ。固い信念を持った暗殺者など、恐ろしいにもほどがございますし……でも」
っと、一応の論理を口にした後、
「ただまぁ、先ほどのは、あまり意味があることではありませんわ。彼も被害者だ、というのは半ば勢いで、半ばは本心で言ったこと。彼の母が被害者だというのも、ただの思い付きで言っただけですわ」
ミーアは、さっさとその論理を放棄する。
なにしろ、即興で考えたものである。どこに穴があるかわかったものではない。
ゆえに「一応、ちょっとは考えて言ったけど、ほとんど勢いだけで言ったよ!」と表明しておいたのだ。
最初からノリと勢いで、考えなしに口出ししちゃったの! と言うよりはマシだろう、と判断するミーアである。
それから、ミーアは、パティの頭にポンっと手を置いた。
「パティ、一応、言っておきますけど、あなたとあの方のお母さまは別人ですわよ」
先ほど、カルテリアに言ったことは、半ば勢い、半ば本心で、ほとんど計算はなかった、というミーアの言葉に偽りはなかった。
ただ、唯一、ミーアが気になっていたのは、パティのことだった。
カルテリアの母親、ゼナイダを加害者だとしたパティ。それは、悪に染まった未来の自分を、ゼナイダという人に重ねたパティの、自罰的な考え方と言えた。
パティは、カルテリアに「自分の罪の犠牲になった息子」という姿を見て、同情したのだ。
それ自体は、悪いことではないのかもしれない。パティが蛇を嫌い、警戒することは、ミーアにとっても望ましいことではある。が、問題は過去に戻ったパティが、蛇を嫌いすぎるゆえに、無茶をし過ぎることだった。
蛇に表立って敵対した結果、パティが殺されてしまったりしたら、ミーアの存在自体が消滅してしまう。それは、まずい。まずすぎる。
いつだって自分ファーストかつパティファーストなミーアなのである。
ということで、ミーアはきっちり言っておく。
「あなたは、ゼナイダさんのようにはなりませんわ。だから、無茶なことは禁物。無理せず、時には休み、なんだったら休みをメインにしつつ、時々、働くぐらいがちょうど……」
「……大丈夫。ハンネスのためにも、無茶は絶対にしないから……」
パティは小さく首を振ってから、ミーアのほうを真っ直ぐに見上げて、
「私は、私がすべきことをするから……」
「そう、ですの? まぁ、あなたがそういうのであれば……」
これ以上は心配しても仕方ないか……と頭を切り替えにかかるミーアであったが……ふと、その目が、廊下を歩いて来る人物のほうを向く。
「あら……? オウラニアさん?」
思わず、ミーアは驚きの声を上げた。
なにしろ、王宮に戻ってきてから、ずっと部屋に引きこもっていたオウラニアが、普通に歩いていたのだ。驚きもするだろう。
「ああー、ミーア師匠―。ご機嫌ようー」
スカートの裾をちょこん、と持ち上げるオウラニア。その身にまとうドレスは、きちんと手入れのされたものだったし、その髪も、どうやら櫛を通して整えられているようだった。
――ああ、よかった。立ち直ったようですわね……。
っと、思わずホッと安堵の息を吐くが……。
「どこに行きますの?」
「ええーっと、これから、ちょっとー、お父さまをぶん殴りに行こうと思って……」
その答えを聞いて、ミーア、思わずギョッとする。
「ちょっ、お、オウラニアさん、そのようなことを口にしてはいけませんわ」
ぶん殴るだなんて、品がない言葉を使ってはいけません! と。
姫には、保つべき品格があるのだ! と。
そう主張するのは、先日「くそったれ!」などと口走った帝国の姫、ミーア・ルーナ・ティアムーン女史である。
まぁ、それはさておき……。ミーアは素早く、オウラニアの手元を見た。幸い、鈍器のようなものは、持っていないように見える。
――ということは、ガツンと頭をやっちまおう、という感じではなさそうですわね。それはいいのですけど……。
それでも、やはり心配になってしまうミーアである。
「あの、オウラニアさん、よろしければ、わたくしも、ご一緒しても……?」
恐る恐る聞いてみる。
――万が一、オウラニアさんが国王陛下を弑するようなことがあれば、極めて厄介……。何としても、防ぐ必要がございますわ!
今、ガヌドスから王族がいなくなったら、間違いなく頼られるのはミーアである。
そんな面倒事は真っ平ごめんなミーアなのであった。
「わかりましたー。ミーア師匠にも、聞いてもらえたら嬉しいですー」
どこか覚悟のキマった顔で頷くオウラニアに、そこはかとなく不安を覚えるミーアであった。