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第九十一話 ズルい弟……

 ティオーナ・ルドルフォン。

 革命軍の聖女と言われた彼女が、その名声を得た一番の要因は、民に食料を分け与えたことにあった。激しい飢饉に苦しんでいた民衆は搾取するだけの帝室を見限り、ティオーナが率いる革命軍を支持した。

 そんな様子を、ミーアは苦々しく見つめていた。

「どういうことですの!? ルードヴィッヒ、どうして、あの女は、あんなにも食べ物を持っておりますの?」

 ミーアには不思議でならなかった。

 いかにルドルフォン辺土伯が広い土地を持ち、領地に数多の農民を抱えているとはいえ、帝国全土を襲った飢饉から影響を受けないはずがない。

 小麦をため込んでいたにしても、多くの民に分け与えるほどになるとも思えなかった。

 そんなミーアの疑問に、今や唯一となってしまった従者は呆れの混じった顔で言った。

「帝室の一員なのに、不勉強ですね、姫殿下。新型の小麦が開発されたこと、ご存じないんですか?」

「新型の小麦、ですの?」

「そうです。ティオーナ嬢の弟、セロ・ルドルフォンが開発した、寒さに強い麦です。天候不順の時にでも、ほとんど通常と変わらない出荷量を得られるらしいですよ」

「聞いてませんわ、そんなのっ!」

「……まぁ、セロ殿は、ラフィーナ公爵令嬢の庇護のもと、ヴェールガ公国の研究機関にいましたから、ご存じなくても仕方ないかもしれませんがね。やれやれ、しかし、ラフィーナ公爵令嬢も先見の明がありますね。どっかの誰かとは大違いだ」

「ぐ、ぐぬぬ……。ズルいですわ、シオン王子のみならず、弟まで優秀なんて、ズルすぎですわ! わたくしも欲しいですわ、優秀な弟が!」

 ギリギリ、と歯ぎしりしつつ、天を恨むミーアであった。



 そんな記憶が……、ミーアの脳裏によみがえってきた。

「天才児、セロ・ルドルフォン……ズルい弟……」

「ミーアさま? どうかされましたか?」

 手紙から顔を上げたミーアは、

「すぐに返事を書きますわ。アンヌ、準備をお願いできるかしら?」

 キリリとした顔で、そう言った。

 その帝国の叡智に相応しい鋭い顔に、アンヌは嬉しげに頷いた。

「ああ、それとルードヴィッヒに連絡を。少しお金が必要になりそうですわ」

「はい、かしこまりました」

 ミーアの指示を受け、アンヌはすぐに動き出した。ルードヴィッヒに知らせを走らせてから羊皮紙と墨と羽ペンを用意する。

 そうして部屋に戻ると、ミーアがベッドに腰かけてニマニマしているのが見えた。

「なんだか、ご機嫌ですね、ミーアさま。お手紙に何か良いことでも書かれていたのですか?」

「んー、そうですわね……」

ミーアは足をパタパタ、楽しそうに動かしながら言った。

「ティオーナさんの弟、セロ君という子のことなんですけど……とても優秀らしいのですが、どうやら、財政難で学校にいけないらしいんですの」

「まぁ……」

 ミーアの話を聞いて、アンヌは小さく首を傾げた。

 ――とてもお可哀想な話なのに、ミーアさま、すごく嬉しそうね。

 話を続けるミーアは、今にも鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌だ。他人の不幸を喜ぶようなミーアではないと信じているアンヌは、そこから推理を働かせた。

 ――もしかして、ミーアさま、お友達のお役に立てるのが嬉しいのかしら?

 慈悲深いミーアは、誰かのためになることを喜びとする聖女の中の聖女だ。

 きっとティオーナさまのために、なにかしてあげるんだろうな! などと思っていたアンヌはすぐに自分の推理が当たったことを知る。

「それで、わたくしにラフィーナ公爵令嬢への執り成しをお願いしてきたんですの」

「ラフィーナさま……、ということは、ヴェールガ公国に留学できるよう、ミーアさまのお力添えをお願いするお手紙だったんですね」

 ミーアは、ラフィーナとも親しい友人だ。それに、ヴェールガ公国は最先端の知識の集まる場所でもある。留学し、知識を得るには良い場所だ。

 きっと、ラフィーナに手紙を書くのだろうな、と予想するアンヌだったのだが……。

「もちろん、そんなことさせませんわ」

 次のミーアの一言で驚いてしまう。

「どうして、ですか? ミーアさま」

「この帝国で勉学に励んでいただくためですわ。わたくしがきちんと責任を持って、手配をいたしますわ」

 ミーアは、鼻息荒く言った。

 なるほど、それも一つの手ではあるとは思う。帝国だとて公国には負けていない。勉学の水準もかなり高いと聞いている。

 けれど、アンヌは疑問だった。

 どうして、素直にヴェールガ公国に行かせないのか、と。

 ティオーナの弟のセロという子どもが優秀なのであれば、ヴェールガのような知識の集まる国に行き、育てた方が良いのではないか? と。

 ミーアは、自分の手でティオーナを助けてあげたいあまりに、判断を誤っているのではないか、と。

 そんなアンヌの疑問だが……、ルードヴィッヒに会って、すぐに氷解してしまう。

 アンヌは、改めてミーアの配慮の深さに感嘆することになるのだが……。


 妄想と妄想の掛け算がどのような答えを生み出すのか……、今はまだ、誰も知らない。


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