第百二十話 ミーア姫、まともなお土産を選んでしまう
ガヌドスの王宮。その客室にて……。窓際に、一人の少女が座っていた。
憂いを帯びた顔で、ほふーう、とため息を吐くのは、我らが帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンであった。
「ああ……これからのことを考えると、頭が痛いですわ……」
なぁんて、ひどく憂鬱そうな顔をするミーア。そのテーブルの上にはお茶菓子であるガヌドス名物、海カモメのタマゴクッキーが載せられたお皿と、ホカホカの紅茶があった。
楽しい楽しいティータイム。ミーアにとっての至福の時であっても、ミーアの気持ちを明るくするには至っていない。
それほど、問題は山積しているのだ。
エメラルドスター号に引き上げられた者たちから、事件のあらましを聞いたミーアは、もう一度、おおう、っと深い嘆きの吐息を吐いた。
ガヌドス港湾国での一連の騒動は、こうして、幕を閉じた……などと、そうそうスムーズにいくはずもなく。
ミーアの戦いは、むしろ、ここからスタートすると言っても過言ではなかった。
――ヴァイサリアンのことは、なんとかなりそうですわ。議会の合意形成は順調にいっているようですし、幸いなことに、国王陛下の妨害がありませんわ。スムーズに決めることができそうですわ。
その辺りの事務的なことは、ガヌドスの元老議会に丸投げである。
――問題はオウラニアさんですわ。音頭を取ってもらわなければならないこの時に、あの様子では……。ううむ、なんとか立ち直ってもらわないといけませんわ。
無事に救い出されたオウラニア。国王暗殺の容疑も解かれ、晴れて潔白の身となったわけだが……。
「やっぱり、ショックですわよね……」
誘拐されて、どんなことがあったのか……。パティから聞かされたミーアは、思わず天を仰いだ。
父が、自分を愛していなかったこと、自分のことになんか、なんの興味もなかったこと……それを知らされることは、やっぱりショックだろう。
ミーアのように、ちょっぴり、てきとーなところがあっても、そんなことを言われたらショックを受けるはずで。まして、オウラニアは、ミーアが見たところ、割と真面目なところがある。
――やっぱり、ショックだと思いますわ。いえ、それ以前に……。
傷つくだけで終わるだろうか? 悲嘆に暮れるだけで、済むものだろうか?
「恨んだり、憎んだりもしそうですわね。うう、そうなると、蛇が心配ですわ」
ガヌドス国王に恨みを持つ男、カルテリアは無事に捕縛できた。それはいいのだが、彼の代わりに今度はオウラニアが、本当に父親を殺してしまう、などということになれば、目も当てられないわけで……。
――うう、気が重いですわ。けれど、オウラニアさんには、これからのガヌドスのための旗振りをぜひやっていただかなければなりませんし……。
ミーアや、ミーアの臣下にやらせるわけにはいかないのだ。ミーアの功績を讃える黄金の灯台を建てられないために、ここはなんとしても、オウラニアに前面に立ってもらわなければ……。
山積みの問題に、ミーアのお腹がキリキリ痛む。
こんなことでは、食欲も失せて、クッキーを食べることもできないことだろう。
ほーふーう、とため息を吐きながら、ミーアは頬杖を突く。それから、何気ない調子で、クッキーのお皿に手を伸ばし……伸ばし……その手が空を切った。
「あら……?」
不思議に思い、目を向ければ、お皿の上、クッキーはすでに消えていた!
「なっ!」
ミーア、驚愕のあまり固まる。それから、恐る恐る口の周りをペロリ……甘い!
「これは……っ!」
そうして、ミーアは悟る!
気付かぬうちに、クッキーをペロリしていたことに……!
そうなのだ。失せたのは食欲ではない。クッキーのほうだったのだ!
ついでに、口直しとばかりに、紅茶のほうも失せていた!
……つまり、おおむね、平常運転のミーアなのであった。
「とっ、ともかく、考え込んでばかりもいられませんわ。一に行動、二に行動ですわ。ガヌドスのことを片づけて、それで、帝都に帰還して誕生祭を楽しむ。これですわ!」
ミーアは、パンパン、っと自らの頬を叩いて、立ち上がる。
「あ、そうですわ。ラフィーナさまにも、ガヌドスのことでは大いにお骨折りいただきますし、お土産をしっかり買って行きませんといけませんわね……万が一、干物が気に入らないというケースも考えられますし……なにか……」
そう、小心者の戦略眼を持つミーアは、食べ物がダメだった時のこともきっちりと考えているのだ。今のミーアに、ぬかりはないのだ!
「アクセサリーみたいなものがいいかしら……と言って、あまりお金をかけたものだと、ラフィーナさまの場合には、あまり喜ばないかもしれませんわ。ガヌドスならではのアクセサリーをお土産に買って行けば……」
そうして、ミーアが選んだのは、貝殻を使った髪飾りだった。
とても、まともなチョイスだった!
そうなのだ。ミーアはこう見えても、一応は帝国の皇女殿下なのである。
そのセンスは一応は、お姫さまに相応しく、一応はまともなものなのだ。一応は……。
さて、後日、それをプレゼントされたラフィーナはたいそう喜んで、毎日のようにつけていたという。その結果……ラフィーナの肖像画担当の絵描きの中で人魚熱が再燃してしまうわけだが。
そうして、情熱がほとばしり過ぎた怪作を見たラフィーナが、思わず、はぇ……? などとどこかのミーアのような声を上げることになるのだが……、まぁ、割とどうでもいいことなのであった。
今年もよろしくお願いいたします!