第百十九話 崩れ落ちるは灯台か、ミーアか……
ミーアたちを乗せたエメラルドスター号は、一路、ガヌドスの王都を目ざして進んでいた。
帰りの旅は、実に順調に推移していった。
行きは船酔いに悩まされたミーアであったが、帰りは、それどころではなく……。
その目は、ただただ不安げに、ガヌドスの港を見つめるのみ。否、港の、わずかに左側。海に突き出すような土地に建てられた、古びた灯台のほうで……。
――もしも、あそこに、黄金の灯台が建ったりしたら、どんなことになるか……。
ぶるり、と背筋を震わせながら、ミーアはルードヴィッヒのほうを見て。
「ルードヴィッヒ、一つ試みに問いたいのですけれど……。あの古びた灯台、建て直すとして、黄金で作ることというのは可能なのかしら?」
「黄金……でございますか?」
ルードヴィッヒは、一瞬、驚愕の表情を浮かべるも……。
「なるほど。黄金であれば、潮によって錆びることもなく……。理にかなっているか。だが、金銭的には……表面に塗るだけだったら……?」
ぶつぶつ、つぶやき始める。が、すぐにその表情が非常に真面目なものに変わってきて……それはすなわち、実現の可能性が、普通にあるということを意味していて……。
「もっ、もう結構ですわ。大体わかりましたわ」
ミーア、慌てて止めつつも、背筋につめたぁい物を感じる。
――ルードヴィッヒが即座に否定しないということは……やはり、実現してしまうということかしら? 黄金の灯台が……。
なにやら、イケナイ着想をルードヴィッヒに与えてしまったのではないか、と慌てるミーアであったが、もはや後の祭りである。口は災いのもとなのである。
――い、いえ、しかし、まだですわ。黄金の、わたくしの姿を模した灯台でなければ、なんの問題もないはずですわ。ただの黄金の灯台だったら普通の無駄遣い。否、ルードヴィッヒが理に適っているというのであれば、無駄遣いにすらならない。形、形が大事ですわ。いや、そもそも、あの灯台が壊れなければ……。中の施設とかも、そのまま使える状態であれば、あえて、あそこに資金を投入しようなどと言う話にはならないはず。
ミーアは、キリリッと顔を上げ、
「急ぎますわよ!」
すべては、灯台すら守り切る勝利のために。それをするために、今為すべきことをしよう、と、ミーアは気持ちを切り替える。今、すべきことはなにか? 今すべきことは、そう……。
――ううむ……特にやることはなさそうですわね……。
「パティさまとオウラニア姫殿下、ご無事でしょうか?」
ふと、アンヌの声が聞こえる。視線を向ければ、アンヌが胸の前でキュッと拳を握って、心配そうな顔をしていた。
ミーアは小さく頷いて……。
「ディオンさんが行っておりますし、おそらくは問題ないと思いますわ」
そもそも、パティになにかあれば、自分の存在が消えてしまうわけで……だから、おそらく、パティのほうは大丈夫だろう、とミーアは考える。
一方で、オウラニアについては、心配ではあるものの、その無事を確かめる術はなく。
「そうですわ。今は、ただ信じるしかありませんわ。ともかく、あそこまで行きつかなければ、なんの手も打てませんし……。急がなければ……」
っと、つぶやいた、まさにその瞬間だった!
ずん、ずずんっと! 突如として、腹に響くような音が聞こえてきた。
「なっ! なんですの、今の音は!?」
音は、遥か前方、そびえ立つ灯台のほうから聞こえてきていた。
なにやら、よく見ると、もくもくもくっと、黒い煙が灯台を渦巻いていて……。
「なっ、なな、なんですの? あれは。なぜ、あのように煙が出ているんですの? いったいなにが……うん?」
ふと、視界の外れに、キラキラと、なにかが瞬いた。そちらに目を向けると、ちょうど、海に浮かぶ、人の姿が見えて……。
「あれは……」
目を凝らしたミーアは、すぐに気付く。それが、探している人たちであると。
「オウラニアさんにパティ、無事でしたのね。それに、ガヌドス国王陛下、ディオンさんにアベルにベル……ハンネス大叔父さまも。ふふふ、どうやら、全員そろっているみたいですわね」
こちらに気付いたのか、アベルが大きく手を振っていた。
「引き上げを急ぎなさい」
後ろで、エメラルダの指示する声が聞こえる。それに従い、船員たちは手早く、小型船を出そうと走り回っていた。それを横目に、ミーアは、ふーうと深々とため息を吐く。
どうやら、なんとか無事に終わりそうだぞぅ……っと、安堵しかけた、その時だった。
再び、灯台からずずぅん、っと、何やらおもたーい音が聞こえて……。
「あっ……そうでしたわ。灯台が燃えていたんでしたわ。早く火を消しませんと……あ!」
次の瞬間、ミーアは、ぽっかーんと口を開けて、固まる。
目の前の灯台、その下のほうで赤い光が瞬いたかと思うと……盛大な煙を上げて、灯台の上部が崩れ落ちていくのが見えて……。
「どうやら、灯台が崩れたようですね……」
ルードヴィッヒの、淡々とした、冷静極まる指摘に、ミーアは、お、おおぅ、っと呻き声を漏らし、膝から崩れ落ちるのだった。
やはり、年の最後にはミーアかな、と思いまして。登場してもらいました。
では、よいお年を!