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第百九話 ミーア姫、演出もぬかりなく

「なるほど、ここがヴァイサリアンの民が閉じ込められている島ですのね……」

 隔離島に渡ったミーアは、揺れない足場にホッと一息。ちょっぴり酸っぱい息を呑み込んでから、改めて辺りを見回す。

 ――しかし、ずいぶんと殺風景なところですわ。とても暮らしづらそうな場所で……。ふむ、これならば問題ないかしら……?

 ミーアは自分の中で懸念が一つ消えたことを感じる。

 そう、島に渡る前、ミーアは少し心配していたのだ。

 もしも……島が、割とまともなところだったらどうしよう……と。

 なにしろ、この島には、食料が届けられている。船を作っているというのなら、船の材料も届いているのだから、それを住居に当てることもできるかもしれない。

 服なども送られてきているとするなら、衣食住が揃ってしまう。

 いかに島に閉じこめられているとはいえ、衣食住が揃い、それなりの環境だったとしたら、助けに来たミーアたちがバカみたいではないか。

 ――閉じこめられるのは辛いものでしょうが、それは外の世界を知っているからそう思うだけのこと。この島で生まれた世代にとっては、ここは紛れもなく故郷のはず。別に普通に暮らしてますが、なにか……? などと言われたらどうしようかと思いましたわ。

 幸せの押し付けはミーアの望むところではない。その意味では、一安心であるのだが……。

 ――しかし、このような場所では甘い物も満足に食べられないでしょうし、それは、とても可哀想なことですわ。

 思わず、憐みの視線を向けてしまうミーアである。っと、その目に、岩に溶け込むようにして立つ男の姿が見えた。その手には長い槍がある。恐らく、今日、ガヌドスを攻めようとしていた戦士なのだろう。

 思わず踵を返して逃げそうになるミーアであったが、ヴァイサリアンの戦士たちが襲ってくることはなかった。

 ただ、黙って、ミーアたちのほうを見つめていた。

「ふむ、これは……」

「彼らは、ミーア姫殿下のお言葉を待っているのです」

 先に船を降り、周囲を警戒していたオイゲンが、恭しく報告する。

「我々は敵ではないと伝えはしましたが、その言葉を真に受けることは難しいのでしょう。ゆえに、ミーアさまご自身のお言葉により、それをお示しいただきたく……」

「今は、わたくしたちが敵か味方かわからないから、とりあえず戦わないようにしている、そんな状況ということかしら……」

 小さくミーアが首を傾げれば、そのそばでシオンが納得の頷きを見せる。

「なるほど。彼らを組織し、戦えるよう訓練したのは、サンクランドの諜報部「白鴉」だ。連中の建前が『サンクランド国王による公正な統治を、全地に広めること』だとするなら、その作戦は自ずと、サンクランドの援軍を頼りにしたものになる」

 すなわち、ヴァイサリアンは外からの援軍を頼りに内乱を起こそうとしているわけで……ガヌドス以外の国をないがしろにはできないのだ。

 まして、大国にして隣国、ティアムーン帝国の皇女ミーアの存在を無視できるはずもなし。

「それはよくやってくださいましたわ。よく戦わずに、この状況を作り上げてくれましたわね、オイゲンさん」

 ミーアは、目の前の状況に満足して、オイゲンを労う。

 議会の話さえすれば、すべてが解決する状況において、一番の懸念点は、大人しく話を聞いてもらうことだった。それを最初からクリアできたことは、ミーアにとって朗報だった。

 不安は微塵もなかった。すでに言うべきことは決まっている。船の中で確認したとおりである。

 ――境遇が改善され、解放されるということをお話しすればいいだけのこと。どうやって聞いてもらおうかと思っておりましたけれど、こうも状況が整っているというのなら、言うことなしですわ。

 ミーアは自らに集まる視線を感じつつ、ヤナとキリルに目を向ける。

「ヤナ、キリル、二人ともわたくしのそばへ」

 せっかく一緒に来てくれたのだ。遠慮せず、二人に協力を求める。

 見られているというのであれば、ここはアピールチャンスである。自分がヴァイサリアンの子どもたちと友好関係を築いていることをアピールするのだ。

 それから、ミーアは穏やかな顔で声をかけた。

「それでは参りましょうか。話すのにちょうど良い場所はあるのかしら?」

「はい。調べてあります。どうぞ、こちらです」

 オイゲンはそう言うと、胸を張り、声を張り上げる。

「皇女専属近衛隊、これよりミーアさまを護衛しつつ前進。無用な戦闘は避けるように。されど、もし、ミーアさまに害を為さんとする者がいれば、ただちに制圧せよ」

 その指示に応えて、ミーアたちの周りに、陣形が作り上げられていく。一糸の乱れなく、自らの周りを固める兵士たち。忠義の兵エルンストや、元ディオン隊の手練れ、元レッドムーン家の腕利きの女性兵たちなど、バラエティに富んだ皇女専属近衛隊にミーアは改めて心強さを覚えつつ、ゆっくりと歩き出した。

 まるで、ミーアの身体の一部のごとく、その歩みに合わせて動き出す兵たちに、シオンらが感嘆した様子で、ため息を吐いた。

「さすがに練度が高いな……」

「そうですね。よく訓練されています」

 自分が褒められたわけではないのだが、満更でもないミーアである。偉そうに、ふっふーん、と鼻を鳴らしつつ、ミーアは海岸線に沿って歩いた。

 進むにつれて、次々と、人々が姿を現わしていく。彼らは、みな、兵たちに怯えた顔を見せていたが、その中央を歩くミーアを見、さらに、ミーアが親しげにヴァイサリアンの子どもたちと話すのを見て、わずかばかり表情を和らげていた。

 やがて見えてきたのは、無数の船だった。どの船の前にも丸太が並べられていて、どうやら、その船を駆って、彼らは本土に渡ろうとしていたらしい。

 おそらく、もともと造船をする場所だったのだろう。現場監督が乗るのであろう、木製の台が据え付けられた場所だった。

 そこに登ったミーアは、静かに息を吐き、声を張り上げる。

「ヴァイサリアン族のみなさん、わたくしは、ミーア・ルーナ・ティアムーン。ガヌドス港湾国の隣国、ティアムーン帝国の皇女ですわ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず耳を傾けてくれるくらいには落ち着いていてよかった。 それにシオンとエシャールがいて、さらにヤナとキリルがこの場にいるのは大きいですね。
[良い点] 今回の感想は「ミーアと近衛隊が格好良い!」 これに尽きます。 これもまた後世に語り継がれそうなシーンですね [一言] ミーアの叡智が頑張ってますね! 甘い物が切れてる上に、口の中が酸っぱい…
[一言] これから行われる演説も絶対後世になんかいい感じに尾ひれ背びれFNYが付いて語られるんだろうなぁ
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