第九十七話 彼は剣にあらず
始まりは、とても順調だった。
「お初にお目にかかりますわ。わたくしは、ミーア・ルーナ・ティアムーン。ティアムーン帝国の皇女ですわ」
堂々たるミーアの名乗り、それに対して元老議員たちからは……。
「噂に名高き、ミーア姫殿下を、こうして元老議会にお招きできたこと、心からお喜び申し上げます」
歓迎の言葉とともに、大きな拍手が巻き起こる。それにつられて、見学の一般聴衆の中からも拍手が聞こえる。
おおよそ、ミーアは好意的な歓迎ムードをもって迎えられたのだった。
「本日は、このように、元老議会での発言を許可いただき感謝いたしますわ」
そうして、ミーアは話し出した。
先日、王と造船ギルド長ビガスに話した内容……。ヴァイサリアン族への不当な扱いを是正する要求と、セントノエル・ミーア学園共同の研究施設をこの国に建てようと考えているということ。
国王の暗殺未遂事件とオウラニアのことは、あえて口にはしなかった。いろいろと面倒なことになりそうだったので……。
おおよそのことを話し終えたところで、ミーアは改めて議員たちを見回した。
特に、ヴァイサリアンの扱いという反対されそうな案件についても、文句は出なかった。何人かの議員は困惑した様子で辺りをキョロキョロしているが……大部分はミーアの発言に賛同の意を示していた。
――あら、拍子抜けですわね。これは楽勝なのではないかしら?
などと気を良くしていたミーアであったが……その脳内に突如、警鐘が鳴り響いた。
ミーアの言葉の一つ一つに湧き上がる拍手、歓声。歓迎するような笑顔。満面の笑顔。そして、崇拝するような視線……崇拝?
そこで、ミーアは気が付いた! この状況の危険性にっ!
慌ててそちらに目を向ければ、造船ギルド長ビガスの得意げな顔が見えた。彼は議会全体を見渡し、満足げに頷いている。
――くぅっ、あの男……なるほど。確かに優秀ですわ。優秀なんですけど……やり過ぎですわ!
議場内は、ミーアを歓迎し、それを通り越して礼賛する空気感が支配している。それは、まるで、新たな支配者を迎え入れるがごとき雰囲気だった。
――ビガスの多数派工作が……効きすぎておりますわ!
無論、彼の心理は理解できる。
国王と袂を分かつ以上、ミーアに媚を売らなければならないのは理の当然。そして、自分たちの側が多数派として、ミーアを支持しなければならないことも。
それは、まぁ、いい。理解できないわけではない、のだが……。
――あまり、わたくしに期待されても困りますわ。
それこそがミーアの本音だった。
ミーアは別に、自身を統治者として崇めてほしいわけではないのだ。
面倒事は、きちんと自分たちで解決してもらいたいし、こちらに余計な仕事を振ってほしくないだけなのだ。だというのに……。
彼らの目に見えるのは「ぜーんぶミーアに任せときゃいいやー!」という、服従の色だった。
おそらく彼らの中には不満があるだろう。不安だってあるだろう。
もしかしたら「余計なことを言うな! 今のままでなにが悪いのか?」という憤りすらあるかもしれない。
けれど、それを飲み込み、問題はすべてミーアが解決してくれるだろうから、まぁいいかー、っと思考停止に陥っているのだ。
ヴァイサリアンを迫害することが、道義的に間違っているだとか、ヴァイサリアン族を町に戻すにあたって生じるであろう問題とか、そういうものを一切把握していない。
すべてをミーアにぶん投げてしまおうという態度である。
否、ミーアなら、それらもなんとかしてくれるに違いない、と期待しているのだ。
その期待の重さに、ミーアは早くも胃もたれを感じ始めていた。
このままでは、海鳥のプティングとやらも、二つ、三つを食べるのが精一杯になってしまうだろう……うんっ?
まぁ、それはともかく……。
さらに、悪いことにはこの場には、王がいなかった。本来、責任を取るべき立場であり、なおかつ、ミーアに反対する勢力の旗振り役である国王が、この場にはいないのだ。
元老議員の中には、ミーアに反対の者だっているだろうに、王の不在で彼らは統一した動きが取れていない。
つまり……この場は、ミーアを礼賛する勢力の独擅場。ミーアの評価は文字通り波に乗り、天高く舞い上がっているのだ。それこそ、問題をたった一人で、すべて解決してくれる、すごい人というほどにまで……。
ひしひしと感じる、自らへの期待感……っ!
そもそも、人というものは、責任は負いたくないものなのだ。
ベッドの上で、ほげーっとしている間にすべてが解決していることこそが理想。それは、ミーアであっても、他の人であっても変わりはないわけで。つまり……。
――もろもろの問題を、こちらに押し付けようって腹ですわね! その手には乗りませんわ。
自身に向けられた期待の視線に、ミーアはぐぬっと唸る。
――我が弟子オウラニアさんに後で押し付けるために、できる限り、わたくしから注目を外しておきたいところですわね。なにか、アイデアは……。
っと考え込むミーア。その時だった。
「さすがは帝国の叡智。ミーア姫殿下の仰るとおりにしていれば、すべて間違いはない、と改めて感じます。時に、同行されているそちらの方が、名高き、ミーア姫殿下の剣殿ですか」
どこか、演技がかった声が飛んでくる。人々の視線が、ルードヴィッヒの隣に座る、ディオン・アライアのほうに向いた。
「さすがは、帝国の叡智の剣。実に剽悍な騎士殿でございますな」
あからさまに媚を売るようなその言葉に、当のディオンは呆れた苦笑いを浮かべている。ミーアも、思わず舌打ちしそうになるが……。
「ええ、彼はわたくしの剣……否、違いますわね」
言葉の途中で、ミーアは気付く。
なんとか、この流れを変えるための論理。その糸口に……。
その思いつきに身を任せ、ミーアは口を開く。
「彼は、わたくしの剣ではありませんわ。彼は、わたくしの腕ですわ」




