第九十五話 ミーア姫、元老議会に向かう
さて、ガヌドス王暗殺未遂事件から五日が経った日のこと。
造船ギルド長の手配で、緊急議会が招集される運びとなった。
ミーアの期待に反して、オウラニアたちは見つけ出すことができなかった。ルードヴィッヒが呼び寄せた皇女専属近衛隊も捜索に加わったものの、慣れない土地でのこと。他国の兵士ということもあり、あまり突っ込んだ捜索はできなかったらしい。
――ううむ……塩梅がとても難しいところですわ。あまり完璧なことを口にしては、わたくしの功績となってしまう。けれど、ガヌドス王の前で披露した時から、すでに日が経っておりますわ。あちらはあちらで、反対する論理を練っているはず……。オウラニアさんが助け出せなかったのが悔やまれますわ。
悔やまれるというか、さすがに心配になってくるミーアである。
「ねぇ、リーナさん、蛇に捕らえられているオウラニアさんたちは、本当に大丈夫かしら……?」
ついつい、蛇に囚われた経験のあるシュトリナに聞いてみれば……。
「んー、そうですね」
頬に指を当て、首を傾げるシュトリナであったが……。
「いろいろ嫌がらせは受けると思いますけど……。基本的には大丈夫……じゃないかと思います。その場で殺されなかったわけですから……」
ちょっぴり心ここにあらずな答えが返ってくるのみだった。
――まぁ、リーナさんもベルのことが心配なんでしょうし……。ううむ……。しかし、アベルも一緒にいるはずなのに連絡がないというのは、やっぱり気になりますわね。
唸るミーアであったが、実のところ、これにはいささかの事情があった。
下手にオウラニアと合流してしまったがゆえに、アベルは逆に動きが取れなくなっていたのだ。なにしろ、オウラニアは今回の事件の明らかなキーマンだ。一度、蛇に襲われた以上、襲撃が再びあることは予想できるわけで……。
さらに、王宮に行き、ミーアたちに連絡を取れば、その後を尾行されるかもしれない。エメラルダのところにいるならばともかく、オウラニアがそばにいる以上、むしろ、動かず、身を潜めるのがベスト、と、そう判断したのだ。
ちなみに……エメラルダから連絡がないのは、エシャールとシオン、キースウッドのイケメンたちとともに行動するのが……こう、楽しすぎて、ほわぁっ! っとなっちゃってるから、とか、そんなことは、もちろん決してないのである。
父であるグリーンムーン公の目から王子たちを隠しつつ、諜報活動っぽいことをするのが、なんだか、すごぅく楽しくって連絡を忘れてたとか、そんなことは決してないのである。
ともかく……そのような裏事情など露知らぬミーアであったが、とりあえず、目の前の仕事を終えることだけに集中することにする。
――まずは元老議会を納得させる。そして、ヴァイサリアン族を納得させる。地を這うモノの書が、踏みつけにされた弱者の心に寄生するモノだと言うならば、弱き者たちを救いだすことこそ、蛇に対する攻撃となる。騒動を起こされる前に、状況を解決してやりますわ。
よし! と気合を入れるミーアであった。
さて、ガヌドス港湾国の元老議会の議場は、王宮のほど近くに建てられた大きな建物であった。立派な石造りの門を潜り抜ければ、王宮にも決して負けない大きさの議会が現れる。
アーチ状の入口には、二十のエンブレムが刻まれている。
「あら、見たことのない紋章ですわね。貴族の家紋ではないのかしら?」
なにげに、家紋の知識に関しては、いささか精通しているミーアであるが……刻まれた紋章は、まるで見たことのないものだった。
「あれは、組合の紋章ですね」
「組合……? ああ、そういえば、ガヌドスでは、組合の発言権が強いのでしたわね」
各職人たちによって作られた組合、その長によって構成されるのが、この元老議会である。
「ふむ、貴族は領地を治める者……対して、ギルド長というのは、その職を領地として治める者、という感じなのかしら?」
「選ばれ方にも違いがありますね。ギルド長は、職人たちによって選び出された者で、世襲ではありませんから。職人としての腕前のみならず、同業者からの信用なども、おそらくは選考基準になるのではないかと……」
「ふーむ、その方たちで話し合って、国の行方を決めるわけですわね。なかなか、面白い制度ですわ」
色々な専門知識を持った者たちが集まった話し合いである。仕切り役が上手く回していけば、色々と良い意見も得られるかもしれない。
なにより、自分たちの選んだ組合長が話し合いに参加している以上、国が傾いたとしても文句は言えないわけで……。
――あら? これは、もしかして、責任を押し付けられない良いシステムなのではないかしら……?
などと思うミーアであったが……。
「反面、なかなか話し合いで決まらないということもありそうですね。それぞれの利益を追求していては、まとまるものもまとまらなくなる」
「なるほど……。急ぎ動かねばならない時には、むしろ、皇帝の一存で事を進めてしまったほうが良いということですわね……。良し悪しですわね」
国が傾いた時、断頭台とダンスを踊らずに済むのは良いのだが、逆に国が傾きやすくなる体制というのも、どうなのか……。
――近衛たちが守ってくれるのは、わたくしが皇女の重責を担うものだからでしょうし……。もし誰も守ってくれない状態で国が傾くと、やっぱり命の危険がございますわ。わたくしがディオンさんぐらい強ければ、国が傾いても生きていけそうですけど……。なかなか、ままならないものですわね。
やれやれ、と小さくため息を零しながら、ミーアは議場に足を踏み入れた。
この時のミーアは知らなかった。
この裏で、どのようなことが起きているのか……。
事態は、ミーアの把握していないところで、大きく動き出していた。




